第5話 良いこと

 昼休みが終わり午後の授業が始まる少し前に蓮夜は教室に帰って来て机に座り、午前と同じように授業の準備だけ終わらせて寝始めた。

 午後は特に何も起きずに終わり、終礼が終わると蓮夜は鞄を持ってすぐに帰ってしまった。

 美咲はいつも通りに悠斗と愛奈の二人と一緒に家に帰り、自分の部屋へ入って今日出された宿題を始めた。


「ただいま」


 美咲が宿題を終わらせた時に、玄関の扉が開く音とあまり大きくない透き通るようで平坦な声が聞こえてきた。

 美咲は階段を上がって来る足音を聞きながら宿題を片付け、部屋の前に足音が来る辺りで美咲は部屋の扉を開けた。


「おかえり、美里」

「ただいま、姉さん」


 微笑んで挨拶する美咲に対して、美里の一つしたの妹の美咲は無表情で返した。

 美里は美咲ほどではないが、普通であれば学校一の美少女と言われるほど顔が整っていて、美咲よりも少し長い黒髪の一部をうしろ結んでいる。髪を結んでいる白いリボンは蝶のような形になっている。

 美里は美咲に挨拶を返すと美咲の向かいの部屋である自分の部屋にすぐに入った。

 美咲は自分の部屋から美里の部屋の扉を開けて話しかけた。


「夕飯の買い物に行くけど、一緒に行かない?」

「分かった。準備するからリビングで待ってて」

「はーい」


 美里の返事を確認した美咲は言われた通りにリビングのソファーに座って時間を潰していると、美里がリビングに入って来た。


「準備できたわ」

「じゃあ、行こうか」


 美咲はマイバックに財布を入れて美里と一緒にリビングを出た。

 美咲は家を出てすぐに無表情のまま隣を歩く美里に微笑んで話しかけた。


「夕飯何がいい?」

「何でもいい。姉さんは何か食べたいものあるの?」

「ん~、パスタかな」

「なら、パスタと適当なおかずで良いんじゃない」

「美里はそれでいいの?」

「私は何でもいいから」

「そう」


 表情が良く変わる美咲に対して美里はまるで表情が変わらず無表情のまま平坦な声で美咲の問いに返し続けた。

 美咲はあまり自分の意見を言わない美里に少し不満そうに呟いて美里から視線を外し前を向いて問いかけた。


「美里、中学入ってから何かいいことでもあった?」

「どうして?」


 ずっと無表情だった美里は美咲の問いに少し驚き、目を一瞬だけ少し見開いて無表情で問い返した。


「美里が中学に入ってからこうやって買い物とか一緒に行ってくれること増えたから、いいことあったのかなって」

「そうかな?」

「そうよ。小学校の頃は何か買ってあげないと一緒に買い物に来てくれなかったもの」

「中学に入って成長したってことよ」

「本当にそれだけ?」


 美咲は美里の顔を見て首を傾げて問いかけると、無表情だった美里は薄っすらと微笑んだ。


「それだけ」


 簡素に返してすぐに無表情に戻って少し歩く速度を上げて美咲より前に出た。

 美咲は美里が珍しく微笑んだことに驚き一瞬だけ止まり、慌てて駆け足で追いかけ美里の微笑みを見れたことが嬉しくなり微笑んで問いかけ続けた。


「本当に?本当に何もないの?」

「本当に」


 美里は嬉しそうに微笑んで問いかけてくる美咲に鬱陶しそうに少し強い口調で返した。


「ええ、教えてくれもいいじゃない」

「そういう姉さんこそ、今日は何か良いことあったの?」

「え?私?」


 美里に同じ質問を返された美咲は少し驚いて問い返した。


「今日はいつもより明るいし、普段はしない質問をしてきたから、何か良いことがあったのかなと」

「私、そんなに分かりやすい?」

「そんなことはないですけど、私や愛奈さん達なら気づくと思いますよ。いつも笑ってはいますけど、どこか退屈そうですから」

「あはは、バレてたんだ。うん、今日良いことあったんだ」


 美里の言葉に苦笑して美咲は美里の問いを肯定で返した。


「宇宙人や超能力者でも見つけましたか?」

「ちょっと違うけど、まあ、そんな感じかな」

「え?」


 美咲は蓮夜のことを思い浮かべながら悠斗と愛奈から聞いた話など考え、宇宙人や超能力者と同じくらい非常識な存在だろうと決めつけた。

 美里は否定されることを前提で言った適当なことを肯定で返されて無表情のまま美咲の顔を見つめて固まった。

 美咲は美里の反応に慌てて自分の言葉を訂正した。


「えっと、それと似たような体験をしただけで、宇宙人や超能力者に合ったわけじゃないわよ」

「はあ、安心しました。姉さんがついに壊れてしまったのかと」

「それは流石に酷くない!?」


 安堵のため息をついて言う美里に美咲は少し大きな声で返した。


「そんなことより、何があったんですか?」

「そんなことって……」


 何か言いたげな顔で美里を見る美咲に対して、美里は無表情のまま美咲の目を見て答えを黙って待ち続けた。


「はあ、今日席替えがあったんだけど、隣の席になった人が私のことを知らなかったのよ」

「!?」

「その上、私にまるで興味を持たなかったのよ」

「なるほど、人外ですね」


 美咲の言葉に美里は納得したように数回頷いて無表情で美咲に向かって告げた。


「それは流石に失礼じゃない?」

「姉さんの同類ですよ。姉さんが喜ぶのに納得しただけですよ?」

「酷くない!?私も人外なの?」


 美里の言葉に少し大きな声で聞き返すと、美里は当たり前のことを話すように話し始めた。


「まず、老若男女に関わらず、必ず魅了し魂を抜く姉さんは人外です。そんな姉さんを見て無事でいる人は人外以外ありえないです」

「別に魂は抜いてないから……」

「比喩です」

「私に対して辛辣過ぎない?」


 美里の簡潔な言葉に美咲は肩を落として少し疲れた声で問いかけた。

 美咲の態度を見た美里はまた薄っすらと微笑んで問いに返した。


「私は事実を話しているだけですよ」

「……もうこの話やめようか」

「いいですよ」


 美咲は美里の言葉を否定できずに肩を落としてため息をついた。

 美里は美咲が話し始めるのを無表情で歩きながら待っていた。


「美里は高校どこにするか決めてるの?」

「はい、姉さんと同じ高校に入る予定です」

「同じ高校ねー、姉としては嬉しいけど、美里は何かやりたいこと無いの?」


 心配そうに言う美咲の問いに美里は呆れたような顔で目を少し細めて返した。


「私はやりたいことが無い姉さんとは違ってやりたいことがあるから入るんです」

「え、えっと、ごめんなさい」

「別に怒ってはいません」


 美里の迫力に押されて謝った美咲に美里は無表情で歩きながら返した。

 美咲を見ずにひとりで先に進んで行く美里の後を美咲は少し早めに歩いて追いついた。


「美里のやりたいことって何なの?」

「姉さんには教えません」

「ええー、教えてよー」


 まるで姉に甘える妹のように言う美咲に美里は呆れてため息をついた。


(傍から見たら、どっちが妹なのか分かりませんね)


 未だに教えてと甘えてくる美咲に美里は一言だけ返した。


「初恋もしたことのない姉さんには教えません」

「!?美里、初恋したことあるの!?」

「当たり前じゃないですか、初恋くらいしたことがありますよ」


 始めて聞く妹の恋愛の話に驚いて聞き返す美咲に対して美里は当たり前だと冷静に返した。


「じゃあ、誰かと付き合ったことあるの?」

「秘密です」

「……もしかして、付き合ったことないな」

「!?」


 美咲の問いに無表情の平坦な声で返したはずの美里は、美咲に事実を言い当てられて目を見開いた。


「お姉ちゃんが相談に乗ってあげようか?」

「結構です。恋愛のれの字も、恋のこの字もしらない姉さんに相談しても無意味なので!」

「そんなこと言わずに、物は試しって言うじゃない」


 先ほどまでの平坦な声ではなく拒絶するように言う美里に美咲は諦めずに言うが、美里は美咲に目を細めて少し睨みながら返した。


「姉さんに何とか出来るような簡単な話ではないです。あんまりしつこいと怒りますよ」

「ご、ごめんなさい」

「分かればいいんです」


 美里に睨まれて固まった美咲は謝ることしか出来なかった。

 美咲の謝罪を聞いた美里は無表情に戻りいつの間にか着いた目的の店に入って行った。

 正気に戻った美咲も美里の後を追って店の中に入って行った。

 店に遅れて入って来た美咲にいつも通りに接する美里の態度に怒ってないと判断して美咲は安心した。

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