(4)猛攻

「おお、いいねぇ。殺気がビリビリ伝わって来るぜ。流石は俺が見込んだ女だ」

「……それ、他の女にも言ってるでしょ?」

「お、嫉妬か?」

「死ね」


 金色の瞳を、真正面から睨み付ける。

 浮ついた感情など要らない。私には、あゆむさえ居ればそれで良い。ショウ、アンタは邪魔だ。

 全力で、排除する。


「悪いな。簡単に死んでやる訳にはいかねぇんだわ」


 そう答えて、持ち駒の角を手にするショウ。早速使って来る気だ。どこにって、決まってる。現状最も効果的な角の打ち所は、65のマス。

 83と43の歩を同時に狙う一手だ。両方を受ける手は、残念ながら無い。一歩を取られた上に、馬を作られる。


「さ、どうする?」


 楽しそうに笑うショウ。

 私の応手に期待している。鬼殺し向かい飛車の定跡をどこまで知っているのか、試している。


「受けの手は意味が無い。だったら、攻め合う」

「ほう。すると、やはりあの手か」


 そうだ。何故この戦法が鬼殺しと呼ばれるのか、見せてやる。

 馬を作りたければ作ってみるがいい。


 今この瞬間だからこそ。

 相手に筋違いに角を『打たせた』今だからこそ、成立する手が存在する。

 飛車のコビンを気にする必要は無くなった。


 桂馬を、更に跳ねる。


 これで43に馬を作られたとしても、次に桂馬を取られる心配は無い。

 43角成なら、57桂『不成』で踏み込み、金の両取りがかかって優勢。

 もちろん、そのことはショウも知っている。必ず受けて来るはず。

 でも、受けてもなお、こちらの攻めは続くことになる。

 後手でありながら、手番を握り続けることができる。それがこの戦法、鬼殺し向かい飛車の真価だ。


 それなのに、ショウの笑顔は崩れない。彼の余裕は、一体どこから来るのだろう?


「いやあ、参ったなあ。困った困ったの何とか姉妹ってか」


 意味のわからない軽口を叩き、ショウは銀を上げて桂馬の入場を防ぐ。

 口では困ったと言いながらも、汗一つかいていない。


 ならば、これをくらえ。

 銀を上げた手を咎める、55角を打ち込む。

 飛車の横利きが遮断された今、受けにくいだろう。


 香車を取りつつ角を成る狙い。

 これに対し43角成では、香車を得た分こちらが有利となる。


「うん。良い角打ちだな」


 ぽつりと呟き、ショウは香車を上げて逃した。

 さあ、どうするか。香車は取れないが馬を作るか、それとも他の有効な手を探すか。

 少し考える。


「来な。己の直感を、信じろ」


 誘われている──いや、導かれている?

 この男の言葉に乗るのは癪だが、私の直感は角のタダ成りが良いと告げている。駒は取れないけど。

 ええい、ままよ。

 香車があった場所に成り込み、馬を作る。放っておけば、次の手で香車か桂馬、どちらかを取れる訳だけど。

 当然、それでは困ると、ショウは銀を上げた。


 桂馬を助けたか。

 なら、遠慮なく香車を取らせてもら──。


「……いいのか、それで?」


 伸ばしかけていた手を止める。

 違う。そうじゃない。

 香車はいつでも取れる。それより先に、指しておくべき手があった。


 43角成を防ぐ一手。42飛車。


 攻めたいのは山々だけど、玉飛に近い位置に馬を作られたくはない。


「いいぞ。極限まで殺意を研ぎ澄ませ。俺を殺したいんならな」


 ショウは43ではなく、83の位置に馬を作る。

 よし。これなら、次に狙われる駒は無い。安心して、香車を殺せる。


 取った瞬間、指先が紅い炎に包まれた。

 炎は右手を伝って肩口まで燃え移り。私自身の脂を燃料にして、轟々と燃え上がる。

 痛みは無い。ただ、熱気を感じた。

 私の中の『鬼』が応えている。その手が正解であると。


 対話をせずに攻め潰すと言っても、簡単に攻めが通る相手ではない。自分自身の直感を頼りに、敵の弱点を突く。少しずつ、けれど着実に命を削り取っていく。

 弱らせた所で、無抵抗になったその首を狩り取ってやる。


「せっかく馬を作れても、働きが悪いんじゃ勝負にならない。おまけに駒損と来たもんだ。こいつはいよいよ、腹を括る時が来たようだな」


 炎に包まれてもなお、取った香車の駒は燃え尽きない。私の掌の中で、一際強い輝きを放ち続けている。

 駒得した意味の大きさを理解し、この先どう役立てるか考える。


 ショウは馬を退き、次に跳ねた桂馬を取ろうと試みる。駒損を解消しつつ、馬を好位置まで移動させようとしている。更に、桂馬を取ることで、受けに使っていた銀を自由に使うことができるようにもなる。

 そうなると、鬼殺しの効果が弱まってしまう。うかうかしてはいられない。


 香車を、早速打ち込む。


 打つ場所は、香車を取る前に予め決めていた。ただ、その後をどう繋げるかが、十分に考えられていなかった。

 熟考した今ならわかる。この攻めは、まだ止まらない。


「84香打。次に香成で銀を狙うか。単純だが、受けにくい手だな」

「どう、少しは見直した? これでもまだ、鬼の紛い物と嘲笑うのか?」

「嘲笑う? とんでもない、賞賛しているのさ。人の身でありながら、よくぞここまで鬼に近づけた、ってな」


 香打ちに構わず、ショウは馬で桂馬を取って来た。

 これで鬼殺しの第一の狙い、桂馬による両金取りは叶わなくなった。だけど、代わりに香車で攻め込む。

 桂馬を取ったことを、後悔させてやる。


「ま。あわよくば、更なる成長を期待しているがね」


 呟いた声に、またしても心が乱されそうになる。

 くそっ、時折真顔になって言うな。だから対話なんてしたくないんだ、取り込まれそうになるから……!


 香成りに対し、同銀同馬と進行し、依然としてペースは私が握っている。

 流れは掴んでいる、そのはずなのに。

 この流れの先に、ショウが網を持って待ち構えている気がした。


「う、うるさい。さっさと指しなさいよ!」

「おっと失礼。それじゃあ、こんな手はどうだ?」

「えっ……!?」


 そう告げて指した彼の一手に、私は目を丸くする。

 今まで守りに使っていた右銀を──元の位置に、戻した?

 え、何? そんな、二手損みたいな手。

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