人狼たちの戦場(4)

「シシルは今どこにいる?」

 ブレアリウスが思い出したように尋ねる。

『ここですか? 軍本部ビルの地下研究施設のようですわ』


 メイリーたちに冷やかされていたデードリッテも傾注する。大事な話だ。


『以前よりも縛りは緩くてよ。諦めたのでしょうね』

 彼女の二頭身アバターは駆け寄ってきた仔狼を撫でながら口に手を当てて笑う。

『街の様子は眺められますわ。エリアネットに乗るくらいの情報は手に入ります。軍関連は独立系のようで無理ですけれど』

「あー、そっちはね。どこの国も独立系にしてあるわ。ハッキングとプロテクト、暗号化と解読の時代なんてとうの昔だもの。有線ネットと変動周波数超空間フレニオン通信に頼ってる」

『見えるのは人の動きだけですけれど、それでも混乱ぶりは丸分かりかしら』


 軍を掌握したスレイオス・スルド。彼の思想に傾倒して参集する者。統治体制の崩壊を懸念して軍から離脱する者。各支族長の下に集って批判の声をあげる者。首都ディルギアは混沌とした状況に陥り、制御が利いていない様子だとシシルが語る。


「もう完全に暴走状態じゃない。あの人、統治もできないのに強引に政治に手を出したんだ」

 余計に苛立つ。

「まあまあ、落ち着いて、ディディーちゃん。あいつだったら最初から自己評価高すぎだったじゃん」

「そうだけど!」

「進歩的な思想家にありがちな人物像よね」

 メイリーはさもありなんという感じ。

「理想ばかり追いかけて足元なんて全然見てない。根回しなんて考えず、自分の頭の中だけで完結する。他人の言葉に耳を傾けず、思い通りにならないと悪人を探しはじめる」

「うわ~、ぴったり」

「不幸なのはその下についた連中よ」


 紛争地帯を渡り歩いた女戦士は、内乱を引き起こすような人間は古今東西似たり寄ったりだと教えてくれる。経験に基づいた分かりやすい論理だった。


「無理をした挙げ句に嘆きながら死んでいくのがオチ」

「ひゃ~、悲惨~」

「問題は、そんな奴が強力な兵器を手にしているというところだ」

 狼は危惧している。

「止めねばならん」

「うん。みんなで力を合わせてね」

 手を重ね合わせる。


 微笑むシシルに見守られながらデードリッテは全力を尽くすと心に誓った。


   ◇      ◇      ◇


 自室に戻ったアシーム・ハイライドは大きく息を吐いた。ゴート遺跡を今の場所に取り戻してからは少し楽になったと思う。制限の多かったテネルメア邸の隔離ドームと違って電波機器が使える。


(刺激を与えながらサーモで活動領域のチェックとかもできるようになったからな)

 解析方法の幅が広がった。


 しかし、進展があったわけではない。今のところめぼしい成果はない。


(こちらからの刺激に反応して深層域の活性が上がっているのは解った。出力するために表層域に置いている技術を都度深層域に格納しているな)

 つまり深層域にアクセスする手段を講じれば情報は抜き放題という意味。


 物理的なアクセスなど問題外である。肝心の情報を破壊してしまう可能性がある。やはり電気的、つまりは深い領域への直接的なアクセスが不可欠。


(できなくはない。が、方法の検討は必要だね。無作為に拾いだしても仕方ない)

 逆に受けとる器の問題が出てくる。


 要はこれまでは会話から意識させて表層域に呼び出し、そこを掬いとっていたわけだ。しかし、情報に満ちた深層域に繋げると、必要不要を問わず情報が流れだしてくると予想できる。取捨選択をしないとすぐにメモリーが溢れると思われた。


「どうしたもんかね」

 独り言ちていると呼び出し音。訪問者だ。

「なんだよ。せっかくオーバーワーク気味の頭を休める時間なのにさ。誰?」

「私だ」

「あんたか」

 スライドしたドアの向こうにはスレイオスの姿。

「なんの用? アレイグの制御系なら問題なく動いたんだろ?」

「そっちはもういい。さっさと次を出せ」

「言うほど簡単じゃない」


(あれは自動調理器オートシェフじゃないんだ。「出せ」と言ったら「はい、どうぞ」と出してくれるとでも思ってんのか?)

 解らせるよう渋い顔をしてみせる。


「設備も時間も無限ではない。与えた分だけ成果をよこせと言っている」

 金眼が剣呑な光を帯びる。

「研究開発ってのはそれを浪費するもんだってのはあんただって知ってるだろ?」

「無理をしろ。今、必要だ。GPF艦隊を粉砕してみせないとアゼルナはまとまらない。それだけの兵器が必ずある」

「そんなの……」


 耳が寝て攻撃的ににらんだかと思うと、スレイオスが彼の髪を掴んで仰け反らせる。マズルがめくれて牙が露わになり、それがアシームの喉へと向かってきた。


「貴様の存在価値など成果を出すことだけでしかないと解らんか? 価値がないというのなら、せめて肉となって私の食卓を賑わわせろ。それが嫌なら遊んでないで結果を出せ」

「ひ!」


 生暖かい息が喉元の敏感な肌を撫でていく。抵抗など無駄だと思える暴力が突如として襲ってきて身体が縮こまった。本能的な恐怖だけが彼を支配する。


「嫌だ……。食われる」

「最後の警告だ。今度、私に足を運ばせるようであれば処分の時だと思え」

「わ、分かりました。噛み殺さないでくれぇ」


 無造作に放りだされる。もう力が入るような状態ではなかった。物を見るような視線が突き刺さる。スレイオスは間違いなく自分を人間扱いする気がない。


 スライドドアが閉じてもアシームは目を見開いたまま床に倒れて震えていた。

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