第十四話
名の誇り(1)
彼は銀眼に憂いの色を乗せて床を見つめている。
掛けた椅子からはあの
(これは俺の迷いが生みだした事態。つまりはそういうことなんだろう)
身近な親族を全て喪ったものの、ホイシャが生んだ娘が残っているので地位回復も難しくはない。
(が、もう誰も認めんな。アゼルナを窮地に陥れているのも俺の血を持つ者だ)
娘たちから案ずる声が聞こえてきたのはその所為。フェルドナンの行動如何でアーフの家は終わるだろう。
(スレイオスも沈む船とばかりに逃げていったしな)
白狼を連れた男はアルディウスの戦死を聞くとテネルメアになびいていった。彼が危険視しているのを察しているのだろう。
(何もかもの歯車が狂った。
やりきれない思いが募って酒を手にする。酔いで感情の鎧が外れると、自然と足がここに向いていた。
『どうしました、フェルドナン?』
柔らかい声が耳に届いてくる。
管理卓の明かりだけが横顔を映す深夜、横には3D映像の女が静かに立っている。
「お前にはお見通しではないのか?」
『人の心の中までは見えませんわ』
穏やかな笑みが胸の帳を溶かしていく。
「酔っぱらいの愚痴に付き合ってくれるのか?」
『迷子みたいな顔をしていれば心配にもなります』
「俺はそんな顔をしているか」
思わず自嘲が口端に浮かぶ。ロロンストの件に打ちのめされて心が弱っているのだろう。
「俺はどこで間違った?」
シシルなら答えを持っているような気がした。
『あなた個人がどうというのではなくてよ。アゼルナン全てが世界の歩き方を間違えたのですわ』
「そう言われても分かれ道などとうに過ぎている。選べる道は、管理局と共存できるほどの広い道か、並走する違う道しかない」
『そうかしら? わたくしは袖触れ合うほどの道でも共に歩けると思っておりますわ』
それは首輪をはめられて歩く道だ。屈辱に耐えろなどと口が裂けても言えない。
「俺はその道の歩き方を知らん」
『あなたの息子は知っていましてよ?』
たしかに実際に歩いている。
『話してみてはどうかしら』
「ふむ……。いや、やめておこう」
『今さら心苦しいとでも思っているのですか?』
痛いところを突いてくる。
「違う。俺たちには別の語りあい方しかない」
『その枷は重たくないですか?』
「そうだな。だが、アーフという名の枷は明確な答えも出してくれる」
フェルドナン自身にも、他の同族全てにも分かりやすい答えの出し方。勝利者の正義という論理。
(踏ん切りがついた。助言者としてこんなに頼りになる者はいないか)
なにか懐かしさを覚えている。
「お前はイーヴに似ている。ブレアリウスが懐くはずだ」
不思議と素直になれた。
『そう?』
「あれが生きていれば道を踏み外さんですんだのか? 言っても詮無いことだな」
『それは分かりません』
運命の化身のような彼女にも分からないことがあるらしい。
『あなたの妻にはなれませんわ。でも、あの子の母親にならなれそうです』
「羨ましいな」
正直な気持ちだった。シシルは一つ瞬きをし、慈しむように頬に触れてきた。
「あれに伝えてくれ。会いにいく、とな」
『必ず』
立ち上がったフェルドナンの銀眼はどこまでも透きとおっていた。
◇ ◇ ◇
(危うかったな。こうも脆いか)
アルディウスの戦死はスレイオスにとっても誤算だった。
拠り所としてはほどよい存在だったのだ。武門のアーフの名があれば軍事に関しては自由が利く。だからといって家長のフェルドナンは敬遠すべきだ。
改革を完遂する意思が感じられなかった。彼にはどこか妥協点を模索している節がある。目指す先に完璧な勝利を求めなければ革新などあり得ない。
(だが、ここも座りが悪い)
仕方なくテネルメアを頼った。しかし、本音をいえば政治屋は拠り所としては不向き。打算が働く人種は芯が通らないし、彼の制御が利かない面を持つ。
ただ、打開点となるゴート遺跡に近いという利点のみを選んだのだ。アシームという人間種を上手にコントロールできればまだ見通しがつく。
「失敗した」
ベハルタムは尻尾を下げて反省の弁を紡ぐ。
「案ずるな。どうあろうと不確定な要素はついてくる。ある程度は遊びも含めてある。なんとか想定範囲内だ」
「次は間違わない」
「うむ、頼むぞ」
(心配せずともそこまで期待はしていない。お前の働きの良し悪しも含めた遊びを設定しているのだよ、ベハルタム)
覚らせないよう心の中でつぶやく。
「もう少し時間が必要だ。稼いでこい」
「ああ」
戦力の消耗が思ったよりも激しい。あの青い瞳の狼が具体的な脅威と感じられるようになってきた。
内部工作ができる立場にいたうちなら不和の種も蒔けたが、今となってはもう無理。敵という立ち位置で対抗していくしかない。
(
スレイオスは難しい局面を切り抜けて光明を見出す算段に頭を割いていた。
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