錯綜する策謀(13)

 ロロンストはすぐに発見された。軍警の捜査が迅速だったのもあるが、彼自身逃亡しようというつもりはなかったようだ。首都ディルギアの街角で包囲されている。


「銃を捨てて投降しろ!」


 呼び掛けが聞こえた。ハンドガンを所持しているという報告をフェルドナンも聞いている。


「今投降すれば正規の軍事裁判にかけられる。釈明の場は保証されるぞ」

 まだ確保に至ってないらしい。

「どうせ極刑です。どうして撃たないんです?」

「く、それは……」

「俺が殺すなと言ったからだ」

 包囲の列を割って前に出る。

「危険です! お下がりください!」

「閣下、あなたですか」

「そうだ」


 ひとつ溜息をついて苦笑する。「何となくそうではないかと思っていました」と自嘲の笑み。ありふれた琥珀色の瞳が彼を見てくる。


「どうしたのだ?」

「お分かりでしょう?」

 苦悩が眉根へと表れる。

「今のお前はロロンスト・ハキムだということか?」

「そうです。ただのイーヴ・ハキムの弟です」

「復讐、か……」


 動機はそれ以外にない。彼はフェルドナンの三人目の妻であるイーヴの弟である。つまりブレアリウスの叔父にあたる。


「ずっと機を窺っていたのか?」

 だとすれば自分の目は曇っている。

「いいえ。そんなつもりは欠片もなかったといえば嘘になりますが」

「燻ぶっていたのか」

「分からなかっただけです」


 フェルドナンはもちろん彼がイーヴの弟だと知っていた。その立場で会ったこともある。妻の密葬のときに頭を下げた相手でもあるのだ。


 その後もロロンストを気にしていた。幾度となく連絡を取り、彼が入隊の意思を示したときは、ようやく償いができると思った。だから偽名を与えて入隊させ、自分の近くに置いていたのである。


「姉を死なせたアーフ家を恨んでいたのではないのか?」

「知りたかったんです、閣下のことを」

 含みはないと示すように右手のハンドガンは下げたまま。

「美しく聡明な姉が、あのイーヴがとても喜んでいたんですよ。あなたに選ばれたことを。『とても素敵な殿方に見初められて幸せ』だと言っていました」

「…………」

「その姉が五年としないうちに灰になって突き返されてしまいました。その時はやり切れない思いにさいなまれたものです」

 ロロンストは首を振る。


 自死したイーヴは荼毘に付されたが、アーフ家の墓には収められずハキムの家に送り返されている。家の名誉のための措置だった。


「それでか」

「恨みはありません。イーヴは望んで閣下の妻になったんです。ただ、どうしてそんなことになったのか? 閣下が姉の死をどうお考えになっているのか知りたかった」

 言葉に熱はない。

「篤く遇してくださったのには感謝しています。閣下ならば深く愛してくださったのだろうと信じられました。短いながらも姉は幸せだったんだろうと思えたんです。あんなことがなければその幸せが続いたはずだと」

「俺はイーヴを愛していた」

「ただ、ロセイル様やホイシャ様は姉に冷たかったようです。ハキム家の人間としての自分とは会いもしませんでしたからね」


 二人はハキム家と距離を置いていた。ライバル視していたのは間違いない。


「それで、なんとなく何が起こったのか察しましたよ」

 苛立ちに尻尾を後ろへと立てている。

を産んでしまった姉は二人の標的になってしまったんですね? 責められ、精神的に追い詰められて耐えきれなくなり自害した。そんなところでしょう」

「すまん」

「閣下が謝罪なさる必要はありません。十分にご恩を受けたので、復讐しようなんて気持ちはほとんど無くなっていましたから」


 たしかにロロンストの表情は晴れやかだ。それは復讐を遂げて昏い心情を胸の内に押しこめた男のそれではない。フェルドナンに対する敵意は微塵も感じられなかった。


「許せなかったんですよ」

 語調に毒が混じる。

「ホイシャ様を死へと追い詰めたのはロセイル様でしょう? きっと同じようにイーヴも追い詰めたんでしょうね。あまつさえ、それが自然なことのように振る舞っていた。アルディウス様を後継に仕立てあげるのに邪魔だとおっしゃっていましたから。そして、自分がいるのにもかかわらず姉を死なせたのを誇っていらした」

「それは!」

「ロセイル様の毒牙はブレアリウスにまで向かっていたんです。そのまま見過ごせば姉に顔向けできません」


ロセイルあいつはロロンストまでも追いこんでしまったのか)

 動機としては十分だと思えてしまった。


「だから仕組ませていただきました」

 義弟は確信犯のようだ。

「ロセイル様も、その血を受け継ぐアルディウス様もアーフの名誉に害をなすものでしかありません。消えていただこうと」

「すまなかった。全ては俺が片付けなくてはならんことだった。ロセイルを諫めるのも。イーヴを宥めるのも」

「お忙しい閣下には無理ですよ」

 諦念が漂う。

「だが、俺にしかできんことだ。責める気持ちがないとは言わせんぞ」

「そうですね。全くないといえば嘘以外の何でもありません」


 ロロンストが右手の銃を上げる。その銃口はフェルドナンのほうを向いていた。


「ですが、自分には閣下を撃つのは無理なようです」

「償わせろ。必ず助命嘆願をする」

「だから諦めます」

 聞こえないかのように振る舞う。

「閣下の責を問うのはご子息に任せますよ。ブレアリウスにね」


 彼は銃口を自分の頭に向けた。


「では、おさらばです、閣下」

「やめろ!」


 躊躇いもなくトリガーが引かれる。音もなくレーザーがロロンストの頭を貫いた。糸が切れたようにくずおれる。


 伸ばした手が力なく落ち、フェルドナンは両膝を路面に突いて震えていた。

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