探究と生命(5)

 学術会議の発表は別の場所でも閲覧されていた。もっともらしい理屈を唱えるスポークスマンの論調をアルディウスは冷淡な視線で眺めている。


「乗ってきたね」

「当然だろう。以前の伝手を使って老体に渡りを付けた」

 通話の相手はアシームである。

「いくつか引き出した技術を手付に渡してもいる。あのあたりの老害連中は、はした金では本腰を入れないが、権威を高める材料には速攻で食いつくからな」

「で、そいつらが働きかけた結果がこれだね?」

「放りこんだのは火種だけだ。それで十分。協会の幹部なんか、自分たちが銀河一賢いと思いあがっているような奴ばかり。自分たち権威に繋がる研究材料から遠ざけられるかもしれないと思ったら絶対に黙ってない」

 同類だけに性質をとことん理解しているようだ。

「思う存分騒ぎたててくれる、と」

「一般人の目にどれだけ滑稽に映るか自覚できないほどな」


 彼にしてみれば、学術協会の幹部の権威がどうなろうが知ったことではない。要はGPF艦隊が動きにくくしてくれるだけでいい。


「僕はちゃんと管理局サイドの足留めをした。そっちはそっちで結果を出してくれるかい?」

「結果とはなんだ?」

 空とぼけている。

「スレイオスと組んで、何やらやっているだろう?」

「む……」

「時間は稼いでやるから、対抗できるだけの兵器を準備してくれないと困るね」


(知らないとでも? 何のためにスレイオスを泳がせてると思ってる)


 相手方には超文明の遺跡がついた。生半可な方法では戦局をひっくり返せない。


「解った。が、時間はかかるぞ」

「せいぜい頑張ってくれ。君だって新しい青いアームドスキンの性能は見ただろう?」


(ブレアリウスを無視できなくなってきたね。状況という鎖を絡めつけておかないと厄介だ)


 アルディウスは今回の鎖の効果のほどを見定めなければならないと思う。


   ◇      ◇      ◇


 ブレアリウスの暴走を懸念したデードリッテとユーリンだったが、実際にはそうはならなかった。狼は自室のベッドの上で壁に背をもたれさせて沈思している。


 苦笑いで肩を竦めるエンリコに目で合図を送ると近寄る。気付いているのだろうが反応はしてくれなかった。


「怒ってる?」

 目顔で尋ねると視線だけ送ってきた。

「面白くない」

「そだよね。でも、あの人たちが言ってた通りになんかならないから」

「絶対とは言えん」


(怒ってるというより、いじけてる? 自分が抱いているゼムナの遺志へのイメージと世間のそれが乖離してるって思って)

 理解されないのが苦しいのだろう。


「今はね、抽象的なイメージが先行してるから解ってもらえないと思うの。少しずつ浸透していけば変わっていくはず」

「…………」


 耳が垂れている。デードリッテの言いたいことは理解できるも、それで納得したくないと思っていそうだ。仔狼のアバターも両脚を鼻の上に乗せて伏せている。


『デードリッテの言う通りですよ。好奇の目で見られるのは当然のことでしょう』

 シシルも言い添えてくる。

『それはゴート宙区でも大差ないんですの。崇拝の対象として特別視されるか、研究材料として重要視されるか。わたくしにしてみれば距離感を感じてしまうものですのよ』

「大事なのはブルーがどう感じてるかってことだもん」

『パートナーに選ばれた子はわたくしたちを友人や親兄弟のように言ってきたりしますの。ブレアリウスも同じに思ってくれるのは嬉しくてよ?』

 耳が徐々に立ってきた。

「俺でも貴女のパートナー、協定者だって言っていいのか?」

『ええ、もちろん』

「ね? シシルのこと、一番理解してるのはブルーでしょ?」


 機嫌は持ちなおしたのでホッとする。空気も穏やかになってきた。


「命じられれば戦う」

 ぽつりと言う。

「だが、何を守ればいいのか分からなくなってきた。GPFパイロットとしては、連中の学問の自由とやらも守ってやらねばならんのか?」

「そこまで考えなくても問題なし。GPFの管轄は星間法に定められた範囲だけ」

「そーそー、そのあたりは上がちゃんと把握してるって」

 ユーリンとエンリコもフォローする。


(機嫌は治ってもモチベーションは急降下しちゃった。これは管理局サイドがしっかりとしてくれないと厳しいかな)


 そこまでの発言力はないが進言くらいはしておいたほうがいいかもしれない。管理局がゴート関連情勢を重視しているのなら。


「待っててね。協会に反論したいけど、どうして急にそんなこと言いだしたのか、なんで妙に無理筋な論調を貫こうとしてるのか解んないから」

 唐突に過ぎる。

「解んないよね。星間管理局に正面切って喧嘩吹っかけてくる? 学者先生とかって権利関係とかナイーブだけど、そんなに好戦的とはいえない人種なのに」

「情報収集、大事だよー」


 まだ問題提起されたばかり。学術協会の出方もはっきりしないかと思う。

 ところがニュースショーは早々に特集を組んでいるようだった。どうやら事前にメディアにも働きかけてあった様子。

 配信されている中でも話題をさらっているタイトルを選ぶ。転送すると部屋の3Dプラットフォームは再生をはじめた。


『今日は話題のゴート遺跡隠蔽問題に関してお話をうかがいたいと思います』

 キャスターが口火を切る。

『本日のゲストは学術協会より、銀河薬学会の重鎮であられるメネ・カイスチンファーゲン教授にお越しいただいています。他に、星間管理局広報部ともお繋ぎする予定です。お楽しみに』

 画角には老婦人が自信にみなぎった様子で一人掛けのソファーに着いている。


(うへ!)


 見慣れた顔にデードリッテは辟易した。

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