探究と生命(3)

 機動ドック『メルゲンス』のカフェテリアのテーブルには三人娘がかけている。話題のスイーツに舌鼓を打ったあとは爽やかなハーブティーにする。続いてテーブルの中央に置かれているのはシナモンの香るクッキー。


「これ、ユーリンのお手製?」

「なにか変だとでも?」


 絶妙な甘みを感じたあと、鼻腔の奥底までを撫であげるシナモンの香り。舌触りも滑らかで、ほどよく柔らかい。


「ちょっとびっくり。女子力高い」

 料理もお菓子作りも苦手なデードリッテは羨望の眼差しで見る。

「ふふーん、どんなもんよ」

「ちょっと意外だわ。こういうとこ普段から発揮してればモテるのに」

「そ~そ~」


 ちょっときつめの雰囲気を持つユーリンは可愛らしい容姿にもかかわらず、とりわけモテるわけではない。元から肝の座ったパイロットには人気があるが、艦内の大多数を占める整備保守要員は二の足を踏んでいる。


「甘いあまい」

 彼女は「ちっちっち」と舌を鳴らす。

「普通は雑な感じのイメージを植え付けておいて、好きな相手にだけこんなとこを見せるの。ギャップで簡単に落ちるから」

「う~わ~、策略家!」

「理解はできるし実際に上手くいくんでしょうけど、私には真似できないかな。ゲームみたいな駆け引きのある恋愛」

 ユーリンは何度も頷いている。

「ごめんなさい、批判するようなこと」

「いいの。そういうふうに正直に言ってくれるほうが付き合いやすい。長く友達でいられるから。それに……」

「なに?」

 タデーラは恐るおそる訊き返している。

「タディみたいなタイプの人にはちゃんと真面目な人が寄ってくるし。わたしとは被りにくいから男関係で変なことになんない」

「なるほどねぇ。考え様だわ」

「そっか~」


 デードリッテも納得する。ユーリンの指摘は非常に的を得ていると思った。


「そういうディディーはどうなの? 気持ちを確かめあったし、切羽詰まった状況じゃないんだから、そろそろ一歩進んだ仲になってもいいんじゃないの」

 二人に注目される。

「無理むり~」

「どうしてよ」

「だってぇ~」

 気持ちの問題ではないのだ。

「今のブルーのσシグマ・ルーンってずっとレギ・ソードと繋がってるんだもん」

「それがどうしたの?」

「解んない? シシルのインターフェースになってるの」


 艦内回線を利用して常にアームドスキンと接続されている。シシルはレギ・ソードのセンサーを利用できると同時にブレアリウスのσ・ルーンからも情報を収集している。


「ずっと見られてるってこと?」

「あー、母親の監視下みたいなもんかぁ。それはちょっときっついなー」

 つまりはそういうこと。

「仲を深めるどころか、いい雰囲気になってもキスだって躊躇っちゃうんだから」

「たしかにね」

「叱られちゃう?」

 ユーリンは露骨に面白がっている。

「シシルは気にしないでって言ってくれるの。覗いたりしないからって。でも、どうしたって気になっちゃうでしょ?」

「見られてるかどうかなんてわからないものね」

「それじゃあ当分プラトニックかー」


 実はそうでもない。狼は彼女の言を信じて遠慮しないのだ。他者との関係性に自信を持てないブレアリウスは確かめるように彼女の唇を奪う。思い出すと赤面してしまう。


「あれ、違うみたい?」

 覚られた。

「ブルーはお構いなしなんだもん」

「あら、そうなのね」

「見たまんま肉食ぅー」

 タデーラにまで面白がられる。

「嬉しいんでしょ?」

「うん」


 普通の男のように欲望のままにデードリッテを求めてくるなら引いたかもしれない。しかし、人狼は気持ちを前面に出して求めてくる。嬉しくないはずがない。

 爪の手入れも以前よりまめになったし、しっかりと全身シャンプーをしているのか獣臭は薄くなったように感じる。触れてくるときの力加減も憶えて自然な感じになってきた。


「割と惚気られてる?」

「ええ、羨ましくなってきちゃったわ」

 二人の様子が冷めてきた。

「も~! そんなの言うなら彼氏作って問い詰めさせなさいよ~」

「そう言われてもねぇ。前線じゃあね」

「なかなか時間作ってあげられなくて可哀想よね」


 自分が恵まれた環境であると気付く。二人はそれぞれに任務に縛られるのだ。仮に身近で恋愛関係になったとしても、会う時間を作りだすのは難しい。


(わたしみたいに時間が自由にならないと厳しいんだ)

 申しわけなくなってきた。


「でも、いざとなったら一直線!」

「そうそう! 遠慮してたら婚期を逃してしまうわ!」


 思ったより逞しかった。憐れんでしまうのは失礼にあたる。応援したいとデードリッテは思った。


「今いい?」

 端末がコール音を響かせたので応答すると、投影されたのはメイリーだった。

「どうしたの?」

「ちょっと面白くない話。でも、ディディーの耳に入れとかなきゃって思ってね。学術協会の発表、観た?」

「ううん。ちょっと待って」


 コンソールスティックを腰のポーチから取り出す。検索をかけると、大見出しの部分に学術協会の名前が挙がっていた。発表内容をオンデマンド再生させる。


『我々が糾弾したいのは星間管理局の姿勢です』

 回りくどい前段のあとにそんなことを主張しはじめた。

『ゴート遺跡のことに関し、アゼルナ紛争の中心にありながら、ここまで隠蔽してきたのです。そこにどんな思惑があるのか考えてみてください。公にせざるを得ない事情が発生しない限り、彼らは内密に取り込もうとしていたのではありませんか?』


(はぁ!?)


 的外れな主張に、デードリッテの頭の中は疑問符に占められた。

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