第十一話

さすらう意思(1)

「戦闘光が確認されたのはここですね?」

「で、ありますな」


 機動ドック『メルゲンス』の情報部がアゼルナ軍の出撃命令をキャッチしたのはもう四時間前。その情報を元にサムエル率いる星間G平和維P持軍F艦隊は周回軌道を移動した。


 到着してから情報を収集、つまり監視衛星へ電子戦を仕掛けて過去映像の引き出しをしたところ戦闘光を認める。しかし、当然ながら戦闘は終了済み。


「偶発的な戦闘でしょうか? 彼らが発見されたとか」

 コーネフ副司令が分析する。

「それにしては動いた戦力規模が大きく直行しています」

「何らかの根拠があって編成された部隊の出撃ですよね?」

「しかも都市近郊です」


 参謀のタデーラの問いにもサムエルは明確な答えを返す。彼の中ではすでに推測が立てられているのだ。


「ホールデン博士が接触の手段を講じたと?」

 彼女がたどり着いた結論に頷く。

「そのはずです。そして、その連絡は届かなかった。つまり彼らの移動経路が前回の戦闘から分析されていたのでしょう」

「それだと、今回の戦闘を切り抜けていても手詰まりかと? もうこちらからのアクションがないと動けなくなるくらい困窮しているのでは?」

「たしかに。そのためにはせめて逃走方向だけでも判明すればいいのですが」


 救出策の立てようもある。その時、入手情報の分析をしていたシステムナビが『報告があります』と割りこんできた。


「これ!」

 タデーラはその映像に目を丸くする。

「レギ・ファングが大気圏離脱していますね。いかんせん損傷が激しい」

「速やかな救助を。早く収容しないと」

「どこへ向かったのでしょう? あちらからは艦隊の動きが掴めてないはず。現状を打破すべく強引な賭けに出ましたか?」

 彼にはあまり良い選択とは思えない。

「違いますでしょうな。ブレアリウス操機長補ほどゲリラ戦慣れしていればランデブー計画もなく上昇するのは下策だと分かっております」

「なにか方策があって大気圏を離脱してきたと?」

「根拠までは分かりかねますが」


 映像には衛星軌道へと遷移していく青いアームドスキンの姿が映っている。その後、画角から外れていった。


「システム、レーダー情報は?」

 サムエルは詳細な行方を求める。

『ターナミストが滞留していて信憑性のある情報はありません』

「捜索部隊を出しましょう」

「静止軌道にですか?」

 タデーラの提案は許可できない。

「危険すぎます。迎撃部隊が上がってきて捜索どころではなくなりますよ」

「そう……ですよね」


 気持ちが先走ったとしても、彼女も状況を正確に分析できている。


「二人を信じましょう」

 彼は諭す。

「連絡が来てから動いても遅くはないと思いますよ」

「はい……」

「我らも不用意には動けませんからな」


 後方が騒がしい。星間G平和維P持軍Fのザザ宙区支部に多数の意見が寄せられているという。そのほとんどがホールデン博士の消息を問うもの。どこからか情報が知れわたっている。


(アゼルナ側の工作とみるべきでしょうね。博士が消息不明という情報を流して艦隊を釘付けにしてやろうという)

 そこまでは読めている。だが無視もできない。


「博士が戦闘行方不明者リスト入りしているという情報の真偽を問われております」

 司令官に説明を求める声。

「支部からも一度メルゲンスに戻るよう要請が来ておりますな」

「聞けません。彼らを救出するまでは」

「もっともです」


 意見は一致している。ただ放置すれば声は大きくなる一方だろう。結果を出さなくてはならない。


「機械工学会に薬学会、考古学会もですか? あの連中、ディディーを邪魔扱いしているくせに」

 タデーラが苦々しげに言う。

「殉職したことにしたいんでしょうね。そうはまいりませんよ。絶対に救出してみせます」

「はい、司令!」

 相手が民間組織だけあって無視しつづけるにも限界がある。

「引き続き情報分析を。目にもの見せてさしあげます」


 旗艦エントラルデンの艦橋ブリッジの士気は落ちていなかった。


   ◇      ◇      ◇


 スライドハッチの中はそれほど明るくない。所どころで何かの機能を示す明かりが灯っている。デードリッテが透かし見るとレギ・ファングが入るスペースくらいはあるように思えた。


「入る?」

 少し怖い気もする。

「入るしかあるまい。贅沢をいえば修理をしたい。最低でも補給できる物資があるはずだ。そうでなくてはシシルが呼んだりはしない」

「なるほど。そうだよね」

超空間フレニオン通信設備があれば全てが解消する」


 艦隊にこの場所を告げて救助を待てばいい。その時点で苦難の逃走行が終わる。


「そのために来たんだもんね。あぅ、ハッチが閉まっちゃう」

 ブレアリウスが躊躇なく乗り入れるとハッチが再びスライドする。

「怖いのか? 大丈夫だ。これが何かは分からんがシシルの導きに従ったんだから悪いことにはならない」

「絶対的信頼だね」

「俺にとっては女神だ」


(シシルは破格の存在なんだ。それだったらわたしのほうが近いもん。大丈夫~)

 妙な対抗心を燃やす。


「注気された。呼吸できる空気だ」

 コンソールに『呼吸可能』の表示が出ている。

「降りるぞ」

「う、うん」

「とりあえず休む。疲れてるだろう?」

 バイザーを跳ね上げた人狼はすでに身を乗り出している。

「ベッドまで期待するのは贅沢だよね?」

「願うのは無料ただだ」

「柔らかい寝床がありますように」

 ブレアリウスは軽口を言う余裕がある。委ねるべきだと思ってその手を取った。


 低重力が働いていて二人は床面へと降りたつ。


『よくここまで頑張りましたね』


 振り返ると金髪碧眼の美女が彼らを迎えてくれていた。

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