陥穽の檻(11)

 新たに降りてきたシュトロンの一団に、メイリー編隊を始めとしたGPFアームドスキン隊は戦闘態勢に入る。攻撃許可は下りていた。


 あからさまに作戦を妨害したハルゼト軍は敵性判定が為されている。現実に艦隊もアゼルナ回線で交信しつつ所定軌道から離れるのが確認されていた。どこかのシャフトに接触するものと思われる。


 報告を受けたザザ宙区GPFは正式にハルゼト政府に抗議しているはずだが、それを現場が知る術はない。ここは敵地。目前の脅威を排除せねば生還も危うい状況なのだ。


「機体番号確認できるか?」

 ブレアリウスはデードリッテに訊く。

「うん、8番機。スレイオスと一緒にいた人」

「あの白い狼だな。戦闘になる」

「やっちゃえ。ただでさえ衰弱していた人たちをあんな目に遭わせたんだもん。許せない」


 少女は義憤に鼻息を荒くしている。直接に触れて同情心が湧いているのだろう。


(全員生きていただけ朗報だと思ったんだがな)


 彼女にしてみれば、政治的意味合いを含めば人質とはいえ待遇を考慮するのが常識。精神面を除けば、健康状態が悪くなるとは考えない。

 しかし、彼はアゼルナンが人間種サピエンテクスをどう感じているかを知っている。無下に扱わなかっただけましだと思った。おそらく殺害すれば管理局との関係は破綻し、交渉の余地も無くなると支族会議も考えたのだろう。


「分かっているか?」

 ブレアリウスは一応呼びかけてみる。

「交戦すれば終わりだぞ? アゼルナン全般が思っているより管理局の決断は重い」

「スレイオス様には勝利の目算がある」


 レーザー通信機は相手の意志を明瞭に伝えてきた。彼らは本国への帰属を最初から意識して行動を起こしたらしい。


(ほとんどが民族統一派か。優先して構成員にアームドスキンを与えていたとすればかなり上の人物も思想に毒されていたと見える)

 ハルゼトは自由主義勢力側だと見せかけて民族全体主義的思想に染まっていると見て間違いない。

(厳しい処断があると思えなかったか。閉鎖的ゆえに国際感覚が育まれなかったんだろうな)


 彼が逃亡して生活していたランナという国は陽気であけっぴろげな気風が目立った。自由主義を絵に描いたような国だ。

 それだけに歯に衣着せず容姿を揶揄されることも少なくなかったが、わだかまりが生ずることもほとんど無かった。良くも悪くも皆が自由とそれに伴う責任を自覚している。


(アゼルナンは星間銀河に向いてないのかもしれないな。精神文化の順応は普通より時間がかかってしまうのかもしれない)

 もしくは大きな転機がなければ変われないかもしれない。

(これがその機なのか? 俺にはどんな役割がある?)


 以前ならそんなことは考えもしなかっただろう。しかし、同族との戦いや星間銀河圏の思想を代弁するような人物たちとの交流の中で、人狼社会の在り方まで自分に問いかけるようになってきていた。


(俺たちが真に社会に溶け込もうとするならば、肉食獣の矜持・・・・・・という心の中の獣を飼い馴らさねばならない)


 人間種サピエンテクスを餌と認識して襲う欲求に耐えられるだけでは駄目なのだ。精神的にも同じ人間・・・・にならなければ、このような葛藤は繰り返されてしまうと考える。


「ならば敗北を味わうのも必要だ!」

「できるものならやってみせろ」

 ベハルタムの応えは誤解に基づく。


 ジーレスの上昇をさまたげようとするハルゼト軍機の前に立ちふさがる。白い狼の駆るシュトロンと対峙した。

 機体に対する推力の比率では比較にならない戦闘艇の加速は緩やかだ。背負うアームドスキン隊は降りそそぐビームをリフレクタで受けきらないといけない。


 隙を与えないよう一気に加速して飛びこむ。ベハルタム機の放ったブレードの突きを正面で払い、そのまま右肩を入れて体当たり。突き放すと、反応の遅れた横のハルゼト機にビームランチャーを向ける。

 胸部を貫かれた相手が力無く墜落していくのから視線を切り、再加速して突進してくるベハルタムにも牽制の一射。横っ飛びして躱した重装のシュトロンは機体を振りまわして薙ぎ払ってくる。前かがみでやり過ごし、懐からの突き。ぎりぎりで躱すがヒップガードを半ばから斬り裂いていた。


(やはり重いな)

 瞬間的な動きに刹那の遅滞を感じる。

(これがベースとなったシュトロンの能力を軽視した報いか。あのスレイオスという男、口ほどでもないな)

 デードリッテに比べれば数段落ちると感じた。


 レギ・ファングのブレードはヒップガード内の弾液リキッドマガジンも貫いていたようだ。力場に励起され急激な反応をして大爆発を起こす。


「きゃっ!」

 目の前で広がる爆炎に悲鳴があがった。

「目をつむっていればいい」

「いや、ちゃんと見るもん! 自分で造ったものを!」

「そうか」


 彼女は強い。自らが生みだしたのが破壊でも直視する覚悟がある。それが革新的発想の原動力なのだろうとブレアリウスは思った。


(どうなろうと何があろうとディディーだけは守らなければならない。でなければ本当に人類の損失になる)

 自分に覚悟を問う。

(俺にそれができるのか? やって見せるしかない。彼女の未来への飛翔の礎になれるならこの命にも価値があったと思える)

 この紛争には全てを賭ける意味がある。


 背後をジーレスが抜けて上昇していく。加速のあがった戦闘艇の底部は見る間に遠ざかっていっている。ただ、それを追うようにアゼルナ軍アームドスキン隊が迫ってきていた。


「そこにいたか、ブレアリウス!」

「エルデニアンか!」


 ブレアリウスは前後に敵を抱えることになった。

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