陥穽の檻(10)
珍しく晴天だった空に黒い蛇がのたくっている。視界を圧するように大きく太く感じるようになってくる光景は恐怖そのものでしかなかった。
軌道エレベータのケーブルシャフトは途中で切断されスペースアンカーを失うと落下する。遠心力で南側へと偏って降ってくる様は遠目にはゆっくりと見える。が、実際にはすさまじい速度で大地を殴打した。
衝撃した瞬間膨大な土煙が上がり、反動で跳ねまわっている。しばらくすると耳をつんざく地響きとともに激しい衝撃波が襲ってきた。
「ジーレスを降下させなさい!」
極力冷静にと思うが、さすがのサムエルも声がうわずる。
「救出者を収容します」
「了解! 砲撃を行ったハルゼト軍を艦隊に確保させますか!?」
「駄目です!」
それより、しなくてはならないことがある。
「軍事ステーションが軌道を外れて飛び去ってしまう前に配置した要員をアームドスキン隊で保護させてください。人を置いていない民間ステーションは放置します」
「ああっ! 忘れてました!」
「早急に指示を」
そうしているうちにランディングギアを出したジーレス二機は着陸する。スロープを降ろすと、救出した管理局員を誘導すべく機甲隊員が一斉に駆けだした。
「ジーレスのカーゴスペースに全員収容してください」
そこで彼は一瞬だけ迷う。
「……隊員は誘導終了後にアームドスキンのコクピットに同乗させます」
「危険です、司令!」
「ジーレスのカーゴは狭いんです。百二十人ずつ乗せて身体を固定したらいっぱいなんです」
タデーラは悲痛な面持ちになりながらも理解は示す。
「機甲隊員には……、アームドスキンに分乗するよう指示します」
「お願いします」
(なんという無様な。でも、これしか皆で離脱する方法がありません)
サムエルは眉根に皺を寄せながら状況を見守っていた。
◇ ◇ ◇
デードリッテは勢いで機甲隊員と一緒に駆けだしている。散々たる状況に、今は一人でも多くの手が必要だと思ったからだ。
「頑張って走ってください! ここは危険です!」
声をからして叫ぶ。
「あの戦闘艇は大気圏離脱ができます! 乗りこめば助かりますから!」
憔悴した救出者は、それでも精一杯の速度で走る。次々とスロープを上がってカーゴスペースへと入ると、クルーの手で身体を固定されていった。
「博士も搭乗してください。もう少しで誘導も終わります」
「まだ! 全員乗ってません!」
(みんな、すごく痩せてる。やつれてるって言うの? こんな人を置いて、わたしだけ先に乗ったりできない)
声の限りに誘導に励んだ。
「あと一人です!」
「博士、早く!」
「でも、あの人が!」
他の人を助けていた男性局員が最後の力を振り絞ってスロープを登ろうとしている。二人の会話に振り返った。
「君が乗りなさい」
「ううん、乗ってください! わたしは大丈夫だから!」
「すまない」
会釈して乗りこんでいった。デードリッテは安堵の息を漏らす。
「お人よしが過ぎますよ、博士。貴女は銀河の宝なのに」
隊長は苦笑い。
「本当に大丈夫なんです。ほら来てくれた」
「ああ、なるほど」
青いアームドスキンがするりと近寄るとほとんど音もたてずに着地する。彼女は満面の笑みで手を伸ばした。
「乗せて、ブルー」
片膝をつくと手を差しだしてくる。
「よく頑張ったな」
「うん、すごくスッキリした」
レギ・ファングの手の平に乗って持ちあげられるとハッチが開く。人狼が手を貸してくれてコクピットに乗りこんだ。
「はいはーい、女性隊員限定で先着二名様ご案内ー!」
エンリコのゼクトロンも着地している。
「馬鹿言ってないの! でも、冗談抜きでそっちの隊長さんは重そうだからあたしの機に乗って」
「助かる」
「遠慮なしよ。気兼ねするなら今度一杯奢りなさい」
メイリーも二人を乗せている。
パイロットシートの後ろのノブを引いてサブ―シートを展開させた。座ってしっかりとベルトを締める。
「準備完了~」
狼と視線を合わせる。
「まだ戦闘がある。覚悟してくれ」
「仕方ないよね」
「極力ゆっくり動かす」
耳が前に寝ている。自信がないのだろう。
「無理しなくていいよ~。命が大事。失神しても放っといていいから」
「すまん」
ブレアリウスはレギ・ファングを飛びたたせると、発進したジーレス一番艇の前方へと出た。そこで
「まさかそこですか、ホールデン博士?」
サムエルが息を飲んでいる。
「探させていたんですよ?」
「大丈夫です。比較的安全なとこですから」
「そうとは思えないんですけどね」
困り眉になる司令官に手を振ってみせた。
「先に行ってください。早く局員さんを休ませてあげて」
「分かりました。ブレアリウス操機士、頼みますよ?」
「無論だ」
ジーレスは二機同時に上昇していく。直掩に百機ほどは続くようだ。
「来るぞ。離脱するまで援護する」
一度後退していたアゼルナ軍もラウネルズシャフトが落ちてしまっては何に遠慮することもない。
「お兄さん、来てる?」
「ああ。だが、あっちも来るだろうな」
「あ、ハルゼトの部隊も?」
人狼の視線は上を向いている。数百の機影が青空に点々と浮かんできた。
「割と大変?」
「やってみせる」
妙に自信ありげな狼をデードリッテは頼もしく感じて見つめた。
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