憎悪の鎖(4)

 今日はデードリッテが新型機の引き渡しと慣熟訓練立会いに行く日だったので、ブレアリウスは旗艦まで送っていった。一緒に見学しろと駄々をこねられたが、手持ち無沙汰になるのは見えみえだったので辞退する。


 なので午前中はみっちりとレギ・ファングで実機シミュレータに没頭していた。アゼルナが本格的な高機動アームドスキンを投入してきたのが気掛かり。いくら高性能専用機を預かっていても彼の腕が伴わなければ本来の能力を発揮できない。


(どれだけ訓練しても過剰ということはない。午後は素振りに専念しよう)

 素振りといっても仮想敵を設定して行うもの。イメージトレーニングも兼ねている。


 自室でフィットスキンを脱いで吸湿ウェアに着替えた。メルゲンスの広いトレーニングルームを使おうとダイレクトパスウェイを抜ける。


(死を望まれた俺がこうして生き残って、なんの咎もない母は自死するしかなかったのか? どれだけ世を呪いながら逝ったのだろう?)

 無重力のパスウェイの壁を蹴りながら考えていた。

(思う存分身体を酷使して雑念を払いたい)


 過ぎたことを思い悩んでも詮無いだけ。そう思わないとどこにもいけない。

 自分には命を賭してでもやり遂げたいことがある。一意専心で挑まねば叶わないほど難しい願いなのだ。


(なんだ?)

 重力エリアに足を付けるとアゼルナンの姿が見える。

(しまったか)


 ハルゼト艦艇も入港していたらしい。当然予想してしかるべきだったのに、想念にふり回されて周りが見えていなかったようだ。


(これだから俺は……)

 トラブルを避けようと回れ右する。


「待って!」

 予想外に引き留められた。

「君、ブレアリウス・アーフでしょ?」

「そうだが?」

「やっと会えた」


 相手は妙齢のアゼルナン女性である。

 金色の瞳が一直線にブレアリウスのほうを向いていて戸惑う。たいがいは汚い物でも見るように正対するのは避けられているから。

 金茶の毛並みは少々薄め。艶々と光沢を帯びて手入れが行き届いていた。5cmほどのマズルはツンと上を向いて整っている。

 耳はピンと立って興味ありげに彼のほうを向いたまま。パンツルックの背中では白い尾がゆったりと揺れて友好を示していた。


 端的にいえばかなりの美人だと思う。相当人気があるだろう。人間種サピエンテクスには認識できないかもしれないが。


「目が悪いのか?」

 アゼルナンではあり得ないのだが一応訊いてみる。

「どうして? 君の顔、ちゃんと見えてるわよ」

「だったら他のどこかがどうにかしている」

「俗に『』って呼ばれてる先祖返りだから?」

 歩み寄ってきた彼女は横に並んで覗き見てくる。

「私、ハルゼト生まれのハルゼト育ちよ。周りは人間種サピエンテクスがいっぱい住んでる地区だったの。つまらない迷信なんか信じてないわ」

「そんな簡単な話ではないだろう」

「そう? 確かにこだわっているほうが多数派かもしれないわ。でも、私くらいの世代だと風習なんて古臭いって思ってしまうの。せっかく自由を謳歌できるのに、くだらないものに縛られたくない」


 新世代といえばそうなのかもしれない。だが、ブレアリウスがこれまで接したことのない考え方である。


「私、チェルミ・エイホラ。よろしく」

 気軽に手を差しだしてくる。

「やめたほうがいい。嫌われるぞ」

「ここがメルゲンスだから? ええ、私も軍人だし、軍が慣習に捉われやすいところだってのも本当。でも個人的には君に興味があるのよ」

「忠告する。必ず後悔する」

 彼女のためにならないと再三の警告を与える。

「頑固ね。分かったわ。アゼルナンが近くにいるときは気を付けるから」

「近寄らないのが一番だ」

「そう言われてもね」


 強引に手を取られて握手する。柔らかい手の平にノスタルジックな感覚が呼び覚まされる。そうやって同種と触れあったのはいつの昔以来のことだろうか。


「自覚ないの?」

 茶目っ気を含んだ視線。

「あの『銀河の至宝』が君にはとことん気を許しているのよ? それだけ魅力を感じているってこと」

「…………」

「そのうえ『アーフ』なんだもの。普通の女ならちょっとは感じるものがあるんじゃない? どれだけ優秀な男なんだろうって」

 金眼が細められて彼を貫く。

「私からすると、色々問題があっても補って余りあるくらい興味を惹かれるの。そんなに変だと思う?」

「変だ。言われたことがない」

「だったら一歩リードね。一番にスタート地点に立ったんだもの」


 チェルミはハルゼト軍でソフトウェアエンジニアをしているという。アゼルナンで情報処理技術者もいるにはいるが希少価値が高いらしく重宝されているらしい。

 艦艇の制御系のメンテナンスからアームドスキンのソフト調整まで手広くできる彼女は、メルゲンス常駐でメンテナンスに従事している。なので、いつかブレアリウスにも会えるだろうとエントラルデン付近で張っていたとまで言った。


「これからも会ってくれるでしょ? 君のこと、もっと知りたいし、もっと知ってほしいもの」

「勝手にしろ。責任は取れん」

「言質は取ったわ。じゃあ、メッセージIDの交換ね。直接連絡取りあえないと、周りに同種がいるかいないかも確認できないでしょ?」

 至極もっともな理由を並べられてしまった。


(奇特な娘もいたもんだ。が、どうせすぐに後悔することになる。できるだけ傷付かないですむよう祈ってやるくらいしかできん)

 自己責任だと言ってしまえばそうなのだが、そこまで突き放せない。


 ブレアリウスは結果の見えたことだとばかり思っていた。

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