アゼルナの虜囚(10)
「急げよ、猿どもは待ってくれないぞ」
エルデニアンは軌道エレベータから次々に到着する貨物受け入れに奔走するクルーに発破をかける。
ハルゼト近傍に大規模な
(アームドスキンまで実戦投入したオレらにおののいて、慌てて増強したのかと思わせたが杞憂だったか)
さすがに大規模な増援が来ると厳しい。
(逆にいえば現有戦力で勝機があると思われているな。嘗めた真似をしてくれる。ならば叩きのめしてやるまで)
「エルデニアン戦機将、準備が完了しました。こちらをお使いください」
敬礼した
「ん? ボルゲンではないじゃないか」
「はい、建造に成功したばかりの『アルガス』でございます」
「新型だと? 試作機か?」
訝しげに見上げる。
灰色ベースに銀が所どころにあしらわれた機体は勇猛そうには見える。しかし、いかんせんコンパクトで彼には頼りなく思えた。
「小さくしてどうする」
「そう申されましても、我々には今のところマニュアル通りの整備しかできません。お繋ぎするよう申し遣っておりますので、直接お話しください」
そう言うと制御卓で通信パネルを立ち上げた。
「やあ、君が今回のアームドスキン隊の指揮官かい?」
「そうだ、アシーム・ハイライド」
プロフィールとしては見知った顔だった。そもそもアゼルナ国内で気軽に通信できる
「私を知っているのか。なら話は早い」
ひとつ肩を竦めると続ける。
「新型アームドスキン『アルガス』が完成したから預けるよ。まだ十機ばかりしか組み上がってないんだがね」
「急に言うな。だいたい、これは使えるのか? 弱々しく見える」
「失礼だな。それが本物のアームドスキンさ」
無知を嘲笑うような口振り。
(猿風情が。議長殿が重用するからとつけあがりやがって)
鼻面に皺が寄ってしまう。
「おっと怒ってくれるなよ。騙そうって言うんじゃない」
カメラに向けて立てた指を振って見せる。
「君たちが焦らせるから『ボルゲン』は何とか辻褄を合わせて最低限アームドスキンと呼べるものに仕上げた。でも、本物とは言えなかったんだ」
「確かにGPFのアームドスキンは小柄だな。あれはパワーに振り回されないようにというんじゃないのか?」
「はっきり言おう。その『アルガス』はパワーでもボルゲンを上まわる。それでいて軽量化で機動性は二倍以上」
「本当だろうな?」
「本当さ。正直なところ、ボルゲンなんてにわか造りを主力として使わせるとか恥ずかしいと思っているんだ。それを使って管理局の頭の固い連中にスーパーマルチエンジニアたる私の能力を証明してくれよ」
(いやに自信ありげだな。それだけの出来と言いたいのか)
横目で窺ってもそんな性能を内包しているようには見えない。
(軽薄な猿が造ったからって信用ならないとも限らないな。試してみるか)
「確認させてもらう。機体の評価はそれからだ。貴様の評価もな」
「どうぞご自由に。乗ってみないと違いが分からないだろうからさ」
馬鹿にする言い方に、エルデニアンは再び鼻面に皺を寄せてしまう。
◇ ◇ ◇
「まったく。ひと目見て理解できるほどのお
愚痴りながら入ってきた男をシシルは見る。
(それはお互い様ですわね。自分だって何をしでかそうとしているか理解してはいないのですもの)
彼女にしてみればアシームの評価も同等。
「低能の相手は疲れる。君だけが私を癒してくれるよ、シシル」
手を広げ、まるで彼女の本体を抱くような仕草。
『わたくしは貴方の相手のほうが疲れます。アゼルナンのほうがまだ可愛げがあるわ』
「おや、ずいぶんだね。そうか。君は犬のほうがペットとして好みかい?」
『いいえ、人としてみた時の横並びの評価ですわよ。自分をどれほど高評価しているか知らないけれど、飛び抜けて優れているとは思えません』
管理卓のデータから『アルガス』の外形図面とスペック表を投影させる。アシームに突き付けて知っているぞと匂わせた。
「そうかい?」
彼は記録メディアをポケットから取り出すと卓のスロットに飲ませる。
「君のこれより劣ると言いたいのかな?」
『何のことかしら?』
「しらばっくれても駄目さ。いくらデードリッテ君でもここまで一気に改良するのは無理。人の域を超えてる。何をしたのかな?」
新たなパネル内にはタイプ
(あら、フェルドナンは彼に話していないの? つまり、テネルメアにも? 本当に何を考えているのか解らないわ)
彼の銀眼の裏が全く読めない。
『そんなの不可能だって貴方が一番ご存じでしょう? ここは完璧に独立系にしてあるんですもの』
韜晦してみせる。
「私が何も勘付いてないと思っているのかな? 確かに通信機器は持ち込ませていない。表向きの通信機器はね。でも、
『気付いていたのですか。でしたらどうして禁じないの?』
「面白くないじゃないか。君の手足を全て奪ってしまったら誰と競えというんだい?」
(常軌を逸しているとしか思えませんわ)
さも当然のことみたいに言う男にシシルは呆れた。
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