アゼルナの虜囚(2)

 いま思っても不可解極まりない。とても偶発的な事故だとは思えないのだ。


(見つかるはずがなかったのに)

 シシルは思う。


 一年半以上前のこと、彼女はオノド星系第六惑星のリングの中にたゆたっていた。第五惑星ハルゼトの一つ外軌道の惑星リングからアゼルナの様子を眺めていたのである。


 不憫な環境にあるブレアリウスという子供を力付けていたのは過去の話。彼はもう旅立っていった。時々は気になって動向を探っていたが、きちんと生きているようで安心していた。


 そろそろ別の星系に移動するのも良いかと考えていた頃にそれは起こった。


 ある日、アゼルナの戦闘艦が接近してきたが、認識しているだけで気にも留めていない。高速艇の形状を成しているとはいえ全長100mに届かない機体である。リング外縁を形成する十数mの大量の氷塊の中に紛れてしまえばそう簡単に発見されるものではない。

 むしろ移動しようとすれば重力場検知に引っかかってしまう可能性もあるのでそのまま漂っているに限る。これまでのようにやり過ごすつもりであった。


 ところが、その戦闘艦は彼女がそこに居るのが分かっているかのように接近してくる。まさかと思いながらもぎりぎりまで移動しなかったのが誤りだった。逃げだすべく推進機関を作動させた時には機動兵器アストロウォーカーを発進させている。

 あれよあれよという間に包囲される。シシルたち個は独自判断で人間を攻撃できないよう設定されているので抵抗する術もない。高速艇の特殊技術が使われている機構をパージして爆破させるのが限界。


 確保されて戦闘艦内に運びこまれて係留される。すぐに外装は解体をはじめられたが、危機感という意味ではまだ希薄だった。何ができるかと思っている。

 実際に現在のドーム内に固定されてからも手の施しようは残っている。いくつかの通信手段は保持していたからだ。


(止めようとする皆の忠告を聞かずに飛び出してしまったのだから助けてとは言いにくいですわ。でもあまり長引くようでは助けを求めなければ)

 本当に切羽詰まるまでは努力する気だった。


 しかし、一年前に事態は急転する。それまで内部を解析すべく放射線を用いたり物理的にアクセスしようとしてきた方法がガラリと変わった。アシーム・ハイライドという人間種サピエンテクスの男が来てからだ。

 彼は残されていたセンサー類や通信機器を一目でそうと看破する。アゼルナンが解らずに放置していた外部接触手段を全て綺麗に剥ぎ取られてしまった。


 それからはアシームとの孤独な戦いが続く。攻防というよりはパズルゲームの様相。様々なところから侵入しようとする彼をいち早く察知してメモリを逃がす作業である。

 シシルにしてみれば気持ちが悪いだけなのだが、アシームは楽しいらしい。飽きもせず延々と繰り返す。稀に運悪く大事な情報を奪われてしまった。


 独立系のドームの中での虜囚の生活は彼女にとって苦しみ。だが、人工知能アテンドたるシシルに狂気というのは無縁。とにかく情報を奪い尽くされない手段を講じなくてはならない。


 そこでわずかに残されている通信手段の一つを用いる。その一つがσシグマ・ルーン。その技術を偶然を装って渡し製造させた。

 常に身に着けるのが常道の道具。アームドスキンを兵器として使用する人種なら帯びている。そして、警備要員としてドーム内に入って来るときもそのまま。

 σ・ルーンは通信機器の一種。携帯型の端末は通信機器という認識はあるが、その装具ギアの通信機能を軽視している。ドーム外への電波が繋がっているのでその回線を利用した。


 ある時、σ・ルーンの細い回線を利用して自己の断片とタイプ1の設計図を転送することに成功。そこにはあのブレアリウスがいるはずだった。

 彼に破壊を委託する。ゼムナの遺志の会議室に出入りできる通信手段まで奪われたシシルにはそれしか手がなかった。


(あとはあれ・・を残すのみ)


 機会があればそれも彼女の子に託そうと考えていた。


   ◇      ◇      ◇


 デードリッテはブレアリウスと一緒に招集された。場所は作戦室。艦内で最も機密に厳しい場所の一つ。おのずと内容は知れてくる。


「少し内幕が見えてきました」

 司令官サムエルが切り出す。

「うん? どのあたりがだい?」

「閉鎖的であったアゼルナに果たしてゼムナの遺跡を解析する技術があるのだろうかという疑問です」

「そう言えばそうだね」

 同席している戦隊長マーガレット・キーウェラの質問に答える。

「アームドスキン技術に関する情報源が予測できても手段が明確でないのが不可解だったんです。場合によってはアゼルナ単独でなく他国の関与も予想されるので」

「そうなると話はもっと面倒になりますな。どういった思惑でこの紛争に介入しているかも重要になってきます」

 副司令のウィーブも賛同する。

「作戦遂行上の目的が変化しかねませんからな。注意しておかなければならない点です」


 どうやら首をひねっている彼女に理解できるよう説明してくれたらしい。つまりは他国がアゼルナを焚きつけて戦線を拡大させ、その裏で兵器技術を横流しさせる目的があるかもしれないという意味。


「ザザ宙区内で暗躍の動きがあるなら警戒は必須。アゼルナは捨て駒に利用されている可能性も否定できなくなります」

 対処が変わるという。

「ですが杞憂であると結論づけました。一年前にアシーム・ハイライドなる人物が密入国していると判明したからです」


 デードリッテはその名に、背筋に悪寒が走るのを感じた。

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