第五話

戦場の徒花(1)

「取材班ですか」

 星間G平和維P持軍F司令官、サムエル・エイドリンは微妙な面持ちで応じる。

「状況は一時ほど乱れていないのだろう?」

「安定して撃退はできていますよ」

「世論もアゼルナ紛争の動向には注目しているのだ。管理局広報を見ろとばかり言ってられないと思ってくれ」


 通信相手は星間管理局ザザ管区局長。そう無下に断るわけにもいかない。


(気になって仕方ないのは世論じゃなくて各国の為政者でしょう? どうせ嘆願の量に押し負けて報道を入れるのを許可したんでしょうから)

 その金眼を細めて内心を読む。


 艦隊強襲から一ヶ月。二度ほど数隻のアゼルナ艦隊による侵犯行為があったものの、即座に部隊を派遣して排除している。本格的な戦闘にならないところを見ると相手方も消耗しているらしい。GPF艦隊の対処を見る威力偵察行動だろう。


「受け入れるのはやむを得ないとしても、機密報告書通り本件はゼムナ案件です。そこに立ち入ろうとするようであれば退場願うことになりますよ」

 線引きを示す。

「無論だ。そんなことがつまびらかになったらパニックが起きても変ではない。新宙区の排斥運動など起きれば元の木阿弥だ」

「ええ、ゴートは再び独立独歩の道を選ぶでしょうね。我らはまたアームドスキン技術で追随を許されなくなる」

「外にフィールドドライブ技術を有する敵を作るだけになる。怯える各宙区にGFの駐屯をさせなくてはならなくなるだろうな」


 そうなればGF現戦力の拡充は余儀なくされる。保安予算は膨張し、中道的で開かれた管理局のイメージは失われる。首脳陣が右傾化の方向に舵切りをしてしまうかもしれない。


「ご理解いただけているなら結構。何かの時はそちらで対処願いますね」

 責任逃れではない。彼の権限を逸脱する。

「監督官をつける。GPFも担当官がつくだろう」

「事務方が動いてくれるでしょう」

「注意は与えておく。軍事機密の名目でな」


(それでも脇が甘いですよ)

 通信画面の向こうに消える管区局長に敬礼を送りつつ思う。

(余計なファクターなど極力排除したいと考えている僕はじめ現場の努力が解ってません)


 サムエルは軍帽を脱いで金髪を掻き上げながら溜息をついた。


   ◇      ◇      ◇


 一週間後、研究室から格納庫ハンガーに向かっていたデードリッテは旧知の人物に会う。


「あ、ポール。ひさしぶり」

「ホールデン博士、ご無沙汰です。お元気そうですね」


 彼はポール・ステッドリー。ハルゼト入りしたときに彼女の担当官をしていた男だ。旗艦に居場所を確保したあとは地上勤務の彼と縁が切れていた。


「うん、元気してる。割と居心地いいよ」

 えくぼを見せる。

「私には想像つかなかったんですけどね。博士が前線まで赴くなんて」

「わたし? そうかな、案外実践派でフィールドワーク向きだと思ってるんだけど」

「フィールドはフィールドでも、バトルフィールドは意味が違うでしょう?」

 眉を下げている。

「えー、気が楽だよぉ? ここには腹に一もつ二もつって抱えている人少ないもん」

「そうですか? エイドリン司令官なんて食えない方だと思いますけど」

「あはは、頭の回転速いから追いつけなくて尻込みしてるんじゃない?」


 世間話に花が咲く。が、彼にも任務があるようだ。


「今回はどうして? そちらの人たちの案内?」

 ポールの後ろには一団の人々。

「はい、取材班の方々です」

「あ、聞いてる」

「ですよね? こちらは監督官のマルセル・タフィーゲル管区広報部長です」

 手を差しだす鼻髭の紳士と握手する。

「少し騒がしく感じられるとは思いますが、どうかご協力お願いします」

「いえ、取材されたいのはアームドスキンと戦況でしょう? 素人の方でも分かる解説ならきっとポールのほうが上手ですよ」

「ええ。ですが、貴女も興味の対象だと思われますので」


 自重しているようだが取材班の面々はざわつきを見せている。無遠慮に視線を向けてくるのはウェアラブルカメラの視線誘導のためであろう。デードリッテには慣れた仕草である。


「お目にかかれて光栄です、デードリッテ・ホールデン博士」

 うち一人が進みでてきた。

「わたくしはZBCのエレンシア・テミトリーと申します。記者をしておりますの」

「そうなんですか。女だてらに戦場へと取材に来られるなんて度胸がおありなんですね?」

「博士ほどではありませんわ」


(わたしの場合はどれほどの場所か知らなかっただけ。興味が先に立って飛びこんじゃったんだもん)

 後悔はない。居心地がいいのは本当だ。

(ZBC? ザザブロードキャストカンパニーよね。宙区でも最大手の民放局。報道部署も充実しているから、わざわざ美人記者を送りこんでこなくても、戦場を専門に扱っている事情通の記者がいるんじゃない? 見栄え狙いするような話題とは思えない)

 奇妙に感じてしまう。


 エレンシアは二十代後半くらいと思える女性美人記者。今はアストロジャケット宇宙服を纏っているが、普段はスーツにスカートといった出で立ちだろう。

 長いプラチナブロンドをひるがえし、ぱっちりとした琥珀の瞳で見つめてくる。真っ赤な口紅ルージュから蠱惑的な響きの言葉が紡がれている。


「博士にもお聞きしたいことはたくさんあります。そのうちお時間をいただけませんか?」

「割と忙しいんですけど、調整してもらえるんなら」

「もちろんですわ」


(変わり映えしない。どこの記者も獲物を狙う狩人みたいな目で見てくるんだもん)


 デードリッテは辟易するが、内心に留めて笑顔で応じた。

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