戦場の徒花(2)

(これが銀河の至宝?)

 エレンシアは目の前の亜麻色の髪の娘を見下ろす。


 彼女とて実験動画には目を通している。が、実際に会ってみれば身長は150cmに届かないかもしれない。見た目も少女といって差し支えないだろう。とても叡智の泉などと噂される人物には見えない。


(見かけによらないものね)

 心掛けておかねばならないだろう。

(簡単に手玉に取れそうに見えても天才は天才。不用意に飛びこめば手の内を読まれてしまいそう。しっかりと準備しないとね)


 現実に博士の瞳には警戒の色が見てとれる。嘗めては掛かれない。


(外堀から埋めていこうかしら)

 視線を移す。

星間G平和維P持軍Fのポールとかいう案内役。彼と親しそう。狙い目だわ)


 エレンシアは気付かれないよう舌なめずりをした。


   ◇      ◇      ◇


 デードリッテは格納庫ハンガーに着くと早速人狼の姿を探す。レギ・ファングの前でヘルメットを脱いだ彼は整備士メカニックのミードと話しているところだった。

 低重力下を跳ねるようにして近付くと正面に分け入る。ねだるように両手をあげると抱きあげてくれた。


「ありゃりゃ、甘えん坊モード?」

 ミードがからかってくる。

「いいの。ね、ブルー?」

「好きにしろ」

「ほらー」


 首を抱くと襟元のふわふわの毛の中に鼻を突っこんだ。獣臭が鼻腔をくすぐる。思う存分狼を吸った。


「どうかしたか?」

 満足したころに訊いてくる。

「落ち着いた~。ちょっとストレス」

「んー? なにごと?」

「あれよ、あれ、ミード。取材班が来るって話あったでしょ?」

 周知されているはず。

「あー、例の件」

「さっき鉢合わせちゃって囲まれちゃった」

「そいつは災難だったね」


 慣れているつもりだったが、歩いているうちに苛々が募ってきたのだ。


「それでか」

 ブレアリウスが鼻を鳴らす。

「化粧の匂いがする。君からは嗅いだことのない匂いだ」

「ディディーちゃんは化粧っ気ないもんね」

「若いから大丈夫なんだもん。ちゃんとお肌ケアはしてるけど匂わないやつだし」

 飾り立てる気はないがオシャレにも配慮している。

「匂わないのか? 俺にはすぐに分かるが」

「だって」

「ひゃ! もしかして体臭!?」

 デリケートな問題。


 人狼の頭上の仔狼のアバターがマズルを上げてくんくんと嗅ぐ動作をしている。思わず肩を押して身体を遠ざけた。


「いや、薬品っぽい匂いだな。これも化粧品の一種じゃないか?」

 肌ケアの化粧水でも狼の鼻は嗅ぎ当てるらしい。

「はぁ~、びっくりした」

「あとは甘い感じの香りだ。癖はあるが人間種サピエンテクスの女性はたいがい漂わせている」

「残念ながら体臭みたいだよ?」

 ミードがとどめを刺してくる。

「いやー!」


 両手で焦げ茶色の鼻をふさぐ。仔狼が尻尾をブワッと逆立てた。嫌がっている時のモーションだ。


「も~、香水つけちゃおうかな」

 可愛そうなので手は放す。

「勘弁してくれ。つらい」

「嫌い?」

「強すぎる。俺たちから匂いを切り離すのは無理だ」

 鼻腔の大きい彼は特に難しいかもしれない。

「仕方ないよね。個体識別の基準にもなるもんね」

「視力が上がるとともに嗅覚は退化したんだろうが人間種の比ではないからな」

「いいんじゃない? 狼くんはディディーちゃんの匂いが嫌いじゃないんだろうし」


 尋ねるように首を傾げると青空色の目が細められる。静かに頷いた。


「じゃ、一緒。わたしもブルーの匂いで落ち着くから」

「ああ」


 鼻先が顔に寄せられ、長い舌が頬を優しく撫でる。ざりりとした感触がくすぐったい。


 デードリッテはまた狼の首に鼻を埋めた。


   ◇      ◇      ◇


「ようこそ、アゼルナ紛争対策艦隊へ」

 ブリーフィングルームの一つに入った取材班の前に金髪の美男子が現れる。

「私が本艦隊の司令官、サムエル・エイドリンです。誓約書にサインされた皆様は重々心得ていらっしゃるとは存じますが、どうぞご自由にとはまいりません」

 彼は後ろ手に組んでかぶりを振る。

「作戦中の艦隊です。危険な場所は各所ありますし、軍事機密に関わる事柄も多々あります。どうかご自重くださって、気になる点は係員に尋ねるようになさってください」


(勝手はするなって意味ね)

 エレンシアは無遠慮な意見を心中に留める。


 顔に浮かんでいるのはにこやかな笑みだがそこに温度は乏しいように見える。あからさまではないが邪魔に感じているようだ。


(軍っていうのは少なからずそういう性質なのよね。気にしても仕方ない)

 自身を納得させる。


「案内されていない所も申請すれば取材の許可が下りると考えていいですか?」

 一人の記者が挙手する。

「検討はさせていただきます。申しわけありませんが一部のみの許可や不許可は当然のものとお考えください」

「視聴者は皆期待しているのです。可能な限りの情報開示を求めます」

「作戦や技術など、流出が利敵行為になるのでお控え願います」

 反論を許さないもっともな理由が提示される。


(攻め口が甘いわよ)


「では要員へのインタビューなどは許可していただけますでしょうか?」

 挙手して拒みにくい部分を攻める。

「構いませんが、各部署の要員は守秘義務を帯びております。ご満足はいただけないかと?」

「自由で良いと解しても?」

「もし金品の授受を伴う不正取材が発覚すれば厳正な対処をさせてもらいますよ」


(そう来るわけね)

 暗に制限をかけられる。

(まあ、いいわ。どう思っているかは関係ないもの。まさか司令官ご自身に利用価値を見出しているなんて想像もしてないでしょうから)


 エレンシアはこの美形司令官がどう反応するか想像すると面白くて仕方なかった。

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