闘神の牙(4)

 シシルより預かった設計図による新型アームドスキンの建造は急ピッチで進んでいる。旗艦エントラルデンの格納庫ハンガー、一番奥まった一角は活気に満ちていた。


「シリンダがフレームに干渉する? そんなはずはありません。型番チェックしてください」

「間違えてました! すんません!」

 そんなやりとりが続いている。


 デードリッテの前には常時九面以上の投影パネルが浮いており、それぞれに作業風景が映しだされていた。

 問題点が発生した作業箇所からの質問が直接彼女に寄せられる仕組み。序盤は段階ごとのチェックだけで済んだが、中盤からは現場での対応が不可欠になってきた。


「そこのケーブルクランプ緩いです。しっかりと締めないと稼動中に外れますよ」

「ごめん、ディディーちゃん! 次の作業のこと考えてた」


 作業をひと通り流し見しながら確認も欠かさない。改良したσシグマ・ルーンはきちんと思考スイッチが機能し負荷を軽減してくれる。ブレアリウスはいい顔しないがもう手放せない。


「はい、時間です。休憩しましょう」

 全体送信に切り替えて呼び掛けた。

「君も休憩しろ」

「あ、ブルー」

「腹にいれるもんも持ってきた」

 飲み物にお菓子まで添えて狼が差しだす。

「ありがとう! いつ来たの?」

「夢中だったからな。キリの良いところまで待ってた」


 後ろから観察されていたらしい。ちょっと恥ずかしくなる。


「声掛けてくれればよかったのに。いじわる」

「邪魔はせん。俺は役に立たんからな」

 そう言いつつ鼻を掻いている。

「結構形になってきたでしょ?」

「ああ、まさに機械の塊だな。普段はなかなか感じられん」

「これでもシンプルなほう。アームドスキンってすごくよくできてる。部品交換やメンテナンスがしやすい構造なのに、高い機能性も実現してる。こうしてみると綺麗って思えちゃうくらい」


 彼女は機能美にうっとりとする。隣の人狼は怪訝な顔をしているので理解できないのだろう。


「ちょっとよろしいでしょうか?」

 振り向いた彼に釣られると、アウルドがやってきていた。

「こちらはハルゼト軍の技術研究部の方々とパイロットたちです。見学させてもらっても?」

「構わないですけど」

「機体には触れないよう注意してありますので見せてあげてください。参考までに」


 連合していても彼らにシュトロン本体は渡していない。それは星間G平和維P持軍Fの方針である。

 ただし、新宙区製品と違って星間管理局に申請だけすれば設計図は閲覧可能となっている。製造技術があれば組み立てるのも可能。


(無闇な支援をする気はなくとも、アームドスキンそのものを拡散させる意図はあるんだよね、監理局は。たぶんゴート宙区への警戒感から)

 技術者としては匙加減をまだるっこしいと感じてしまうが理解はできる。


 メンバー構成はアゼルナンが八名に人間種サピエンテクスが二人。ハルゼトの人口比に比例している。説明では半数がパイロットで半数が技術者らしい。

 ただ、この新型は早すぎる。見ただけでは何も解らないままだろう。シュトロンの実機見学にすませておいたほうが無難だと感じる。デードリッテでさえ引きだされるスペックを想像しかねている機体を見学してどうすると思ってしまう。


「素晴らしい!」

 一人のアゼルナン技術者が賛美の声を立てている。

「さすがは銀河の至宝、デードリッテ・ホールデン博士。量産化に成功したばかりだというのに、もう新型を建造中ですか」

「いえ、これはちょっと訳ありですので」

「謙遜なさらないでいただきたい。どう見てもシュトロンを超えるアームドスキンではありませんか」

 一々大げさなジェスチャーが交えられている。

「シュトロンを上回るのは間違いないでしょうけど、どれほどかはテストしてみないと分からないんです」

「博士の英知の結晶、さぞや高性能な機体になるでしょう」


 彼が促すと一同が拍手する。どうにも芝居がかって気持ち悪い。


「失礼しました。僕はスレイオス・スルド。技術者です」

 胸に手を当て自己紹介してくる。

「つい興奮してしまいました。これほどのアームドスキン、我が軍が誇るパイロットが乗ればどれほどの戦果が挙げられることでしょう。それこそアゼルナ軍はひとたまりもないでしょう。そうは思いませんか?」

「はあ?」

 スレイオスと名乗った男に肩を抱かれる。

「どうか博士のお力をハルゼトにもお貸しいただけないでしょうか?」


 獣臭はない。香水だろうか、甘い香りが鼻に届く。耳元で囁かれても吐息が匂ったりしなかった。


「星間管理局に貢献するほどの名誉は保証できません」

 残念だと言わんばかりに首を振る。

「ですが辺境の紛争とはいえ、ホールデン博士お一人の力が終結に導いたとなれば人類全てが賞賛するはずです。銀河の至宝が平和の女神へと変わるときです。歴史に刻まれる瞬間となることでしょう」

「あんまり興味ないんですけど?」

「そうおっしゃらずに。人々は希望を込めて貴女の一挙手一投足に注目しているのですよ?」


(この人、本当に技術者なのかな? まずシュトロンを建造、メンテナンスして運用できるくらいの技能がないと、この新型の運用なんて夢のまた夢なんだけど)

 馬鹿にされているような気がして素っ気なくする。


 その後もしつこく誘ってきたが、見かねたアウルドが制止して引き離した。それで見学は打ち切られる。結局、そのアゼルナンは連絡先を渡して去っていく。


 デードリッテは怪訝な表情で見送った。

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