闘神の牙(5)

(なんか感じ悪い~)

 スレイオスは、そこにいるブレアリウスを一顧だにしなかった。


 元は戦場稼ぎの傭兵ソルジャーズとして下に見られがちでも、今は星間G平和維P持軍F正規パイロットになっている。同族としては誉れといっていいはず。それをまるで居ないかのごとく振る舞っていた。


(それなのにブルーったら!)

 そんな扱いを受けても怒っているふうがない。それに助けてもくれなかった。


「むー! どうして引き剥がしてくれなかったの!」

 人狼に向き直ると上目遣いで睨む。

「嫌ではないと思った」

「嫌。あんなに馴れ馴れしく近付いてこられたら」

「あれほど男前でもか?」

 思わぬ台詞が返ってきた。

「男前?」

「…………?」

「…………?」


 二人の間に沈黙が流れる。互いの言っていることが解らない。


「美男子なの?」

 そういう意味だろうと思う。

「うーむ」

「なによー!」

「君がアゼルナンをあまり見分けられていないのを理解した」


 反論できない。見分けられてないとまではいわないが美醜の区別までは怪しい。


「違うもん! 好みじゃなかっただけだもん!」

 膨れてみせる。

「そんなこと言って、嫉妬したんでしょ?」

「よく分からん」

「ほらー、誤魔化してるー」

 ブレアリウスの胸に人差し指を当ててぐりぐりする。

「あー、上手く飼い馴らせばあいつのほうが忠犬になるかもしれん」

「忠犬って」

「俺は飼い犬向きじゃないからな」


(ペット感覚で接してると思ってる! この鈍感狼はー!)

 余計に膨れる。


「もー!」

 苛立ちをそのままぶつけた。

「なんだ?」

「ちゃんと見ろー!」


 デードリッテは両手で人狼の顎の下にある豊かな毛をぐいぐいと引っぱった。


   ◇      ◇      ◇


 エントラルデンで行われた作戦会議は実りある結果を残せない。時間を与えればアゼルナの軍備は充実するというのは誰もが肯定する。では、早急に攻め入るべきかと問えば皆が言葉を濁す。


 主戦力であるアームドスキンの機能改善はなされたものの、パイロットの練度が十分ではないのが各指揮官の総意であるらしい。実際に白兵戦での機体の損傷は無視できないレベル。

 上層部も現場のパイロットも切断武器の運用を見誤っていたのが実情。今はスポーツ剣術用のウレタンソードを取り寄せて身体の使い方から学んでいる。


(練度が低いのは否めませんが、損傷なんてのはこんなものだと思うんですけどね)

 サムエルは司令官の立場でそう考える。


 砲撃戦であれば中破から大破、撃墜が損害程度として当たり前。なので損害数そのものが指揮官の成績に直結すると考えるきらいがある。

 しかし、力場剣ブレードを持って接近戦をするとなれば擦過の溶解痕や装甲だけのえぐれ痕などの小破は当然。それも損害と見なして避けているようでは消極的な戦術に偏ることになりかねない。


(常識というのは簡単に拭えないものなんでしょうね)

 美形の青年指揮官は溜息を漏らす。


「今はご容赦ください」

 副司令のウィーブは溜息を誤解しているようだ。

「補強もままならない状態に各部隊長も慣れておりません」

「天下のGPFが出動したっていうのに、こんなに苦戦するとは想定外だとでも?」

「そのうえ画期的な新機軸機まで導入されたのにハルゼト防衛が精一杯では、と恥じているのです」


 パイロット上がりの彼は現場の声に聡い。事実なのだろう。


「仕方ありませんか。彼らが思っているより事態は深刻だとも言えませんからね」

「バラしたらもっと尻込みするかもね」

 戦隊長のマーガレットが口を挟む。


 室内に残る最後の一人である彼女にも事態の全容を伝えてあった。遺跡知性のパートナー、協定者と思われる狼を指揮下に置くとなると事情を理解してないでは話が進まない。


「ハルゼトが急かしてこないだけでも良しとしないとね。優勢に転じたのになんでさっさと解決に動かないのかって」

 その予想ももっともである。

「色々とあるんでしょう。彼らにも」

あれ・・ですかな?」

「ええ、コーネフ副司令。どうやら政府もそれなりに浸食を受けているようです」

 サムエルも暗喩に応じる。

「あれってのは民族統一派のことかい?」

「明言を避けていたのに」


 さばさばした女性戦隊長は歯に衣着せない。らしいといえばらしいのだが。


「表向きは星間管理局の指導下で自由経済圏の一翼を担ってきたハルゼトですが、一定割合で存在しているようです。アゼルナンは民族として統一されているべきだと考えている人が」

 民族統一派と呼ばれている人々だ。

「三割ほどと見なされていたようですが、想定しているより影響力は大きいと思われます」

「もっと多いのかもしれません」

「面倒だねぇ」


 正面にも敵、背後も油断ならない。それが現状。軽々にシュトロンを分配できないのはそれも理由の一つ。


「例の件はよろしかったのですか?」

 ウィーブが心配げに腰を折って尋ねてくる。

「見学の件ですか? 断わる理由も見当たりませんしね。あの新型を見せたところで何も解らないでしょうし」

「探るにも相応の知識が不可欠とおっしゃる」

「策士だね。見せてるようで見せる気がない」

 マーガレットは半笑い。

「理解の範疇を外れているでしょう? あの機体も、それとホールデン博士の胸の内も」

「うちの人狼に入れ込んでるからねぇ。事情もあるけど、あれは乙女心さ」

「女性の保証を得られるのでしたら心強い」


(そんなものまで利用しないと現状打破は難しいんですよね。司令官なんてあこぎ・・・な商売ですよ)


 サムエルは胸中で自嘲した。

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