生きる意味(13)

 コクピット内部の曲面を描くモニターにひと筋のオレンジの染みが走る。センサーアラートだ。


 頭部にブレードが擦過したのを検知した機体が、そこのセンサー情報の信頼度が落ちていることを示す。黄色からオレンジ、赤のクラスがあり、薄くかかるフィルターの色でセンサーの精度に生じている問題の重度が一目で分かる。

 セルフチェックがすんで問題が認められなければすぐに復旧し、障害が発生していればフィルターは掛かりっぱなしになる。パイロットは精度が落ちているのを踏まえて判断すればいい。


(相打ち)

 ブレアリウスは確認している。


 正面の、兄ホルドレウスが駆るアームドスキン、ボルゲンのコクピットでも同じ現象が起きているはず。標準的なシステムをOSが搭載している限りは。


「逆らうか! できそこないのが!」

「自分の常識が世界の常識だと思うな。俺をそう呼ぶのはあんたらだけだ」


 ホルドレウス機は力場剣ブレードを振りあげ頭頂へと落としてくる。それを右半身で躱しながら、ブレアリウスは引いた剣をコクピットめがけて突きだした。

 ボルゲンは同じく右に開いて躱している。結果として互いに半身のままですれ違う形となった。


(自分の命だけが懸かっている場所でなければ同等に戦える)


 堪えるしかなかった幼い頃の自分とは違うのだ。もちろん子供の頃は年齢差による体格差で反抗が難しかったのは事実。それ以上に、兄に逆らえば今度こそ処分されるのではないかという恐怖がつきまとっていた。

 今は違う。互いに自由に刃を交える立場で、互いに同じアームドスキンという兵器を駆使して対峙している。差は埋められた。


「まずは腿だ」

 その声音が彼の心を凍らせる。


 過去、幼いホルドレウスはレーザーガンを手にすると宣言した。いたぶるために撃つ場所を宣告するのだ。何もできずに震えるブレアリウスを楽しむがごとく。


「ほら撃つぞ」

 ビームランチャーがシュトロンの大腿部へ向けられる。


 トラウマで固まった彼は一瞬棒立ちになっている。その一瞬が戦場では命取りになると、ずっと心掛けていたのに動いてくれない。

 渾身の力で意識を切り替え、機体を横ロールさせる。直撃寸前のビームをかろうじて躱した。


「よけるなよ。今度は肩だ」

 口調に混じる嘲りの色が増す。それがブレアリウスの心を縛る。


 砲口がぬるりと動いて右肩を指向する。シュトロンは枷がはめられたかのように動きが鈍い。


(なんで動けん。これがあいつのやり口だ。解っているのに)

 刷りこまれた恐怖が彼を磔にする。


 跳ねる心臓と早くなる呼吸を押さえつけてペダルを踏む足に力を込める。アームドスキンは何とか左へと跳ねて光芒に焼かれるのを免れた。


「まだ理解できないのか? お前では僕は斬れないと言ったぞ?」

「嫌だ。あんたというくびきから俺は逃れたはずなんだ」

「忘れたいの間違いだろう。あの時と変わっていないんだよ」


(俺は変われていないのか?)

 ブレアリウスの胸は疑念に染められる。

(あの地下室から一歩たりとて成長できていないというのか? 逃げまわっていただけなのか?)

 現実を直視せずに、安逸あんいつに過ごしていたといわれているようなもの。

(断じて違う!)

 奥歯を噛みしめる。


 外国での暮らしは、あからさまに容姿の違うブレアリウスに寛容だった。懸命に働く子供を優しく受け入れてくれる。「真面目で偉い」と褒めてくれた。

 ぬるま湯に浸かっていたわけではない。言葉に甘えず必死に溶け込もうとした。成長するにつれ初対面では怖がられることが多くなったが、真摯な彼を拒絶はしない。


 姿かたちが原因で客商売は難しい。体力と身体能力には自信があったので、向いた職業を選んでいくうちに傭兵協会ソルジャーズ・ユニオンにたどり着く。

 そこではブレアリウスの容姿はどうこう言われない。むしろ頼もしいとまで讃えられた。努力すれば成果も挙げられる。メイリーやエンリコのような気安く接してくれる仲間もできた。


(俺は変わった。自暴自棄でなく、誰かのために死にたいと思えるようになった)

 それさえも今は変じている。

(命の使い道は自分で決める。生きることを考えられるんだ。あんたの思い通りになんてならない)

 トラウマの化身に鋭い視線を向ける。


 四肢に力が甦ってくる。慈愛の笑みを浮かべたシシルが背中に寄り添い、好奇心と憐れみの色に瞳を染めたデードリッテが懐にいるように感じた。彼の生を願う存在は指折り数えるのが難しいほど。


(それならば!)


「次は腹だぞ」

「あんたの腹もがら空きだ」


 交差したビームはシュトロンの残像だけを貫く。ブレアリウスの放った一撃は紋章を掲げたボルゲンの脇を削る。溶解した装甲の雫が赤熱して宇宙を舞った。


「なにぃっ!」

「時は止まっていないのだと教えてやる」


 スラスターに唸りをあげさせた彼は兄に急接近する。光の帯を円弧に描くブレードは、ボルゲンの左肩から右脇へと両断する軌道をたどる。

 しかし、左腕をあげたホルドレウスによって、その軌道はリフレクタの縁を削るだけ。紫電の向こうから跳ねあがってきた光刃に、咄嗟に腕を引くと腕の甲を軽くこすられた。

 後退噴射を派手に瞬かせながら狙撃するも、ビームの通過する場所に敵機はいない。上からの気配にシュトロンを側転させつつ離脱すると光弾が足をかすめていった。


「手こずらせるな、恥さらしが!」

「あんたがそれを言う。自分たちが何をしようとしているのか知っているのか?」


 同族の無謀を知るブレアリウスは言葉を叩きつけた。

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