生きる意味(12)

 ターナミスト対応で導入されたリレーユニットからの映像は拮抗を示している。前回の戦闘のように一気に押しこまれるようなことはない。


(急な事態に浮き足だったりしてないから? それともOS改修のお陰?)

 デードリッテには判断つかない。もしかしたら両方かもしれない。


「全艦、牽制できる位置へ。ハルゼト軍が崩れて側面を突かれるのは面白くありません」

 司令官は座視せず、的確な判断を下している。

「しかし、艦隊があまり前進すれば抜かれたときに防げません」

「機動部隊が善戦してくれているのです。我らだけ安全な場所に下がっていればいいというものではないでしょう」

「了解いたしました」


 彼女の反対側の卓に着く主席参謀の意見も退ける。怜悧な印象が強いサムエルに反感が募らないのは自らも戦意を示すからだろう。


(前線のパイロットも艦隊の位置取りを見て安心して戦える)

 彼の掌握術だと思える。


 問題は相互の連動が途切れた状態にあること。電波攪乱のお陰でレーダーロックオンによる長距離狙撃はうけなくなったが、指揮に用いる電波通信も無効化されてしまった。


(リレーユニットを使っても、今みたいな高出力データ通信だけだとそのうち誤解が生じそう)

 機構的に解消できそうな問題だけに彼女も思い悩む。

(ん? あれ、もしかして?)


 シシルから預かった設計図に何なのか解らない装置がひとつ残っていた。反重力端子グラビノッツの反転構造である重力端子グラビッツを使用した装置である。


 デードリッテは閃きを確認するために慌てて見直しにかかった。


   ◇      ◇      ◇


 湾曲した剣の意匠はアーフ家のもの。そうなれば操縦者は知れている。


(くるか?)


 目立ってしまった自覚はある。敵将ならば、そして自身も戦士として力を示す立場にあるのならば狙ってくるだろう。


σシグマ・ルーンを着けていた。間違いないな)


 灰色のボルゲンの中に真紅の剣の紋章が際立つ。ホルドレウス・アーフ。兄の駆るアームドスキンが迫ってくる。


(時がくれば、そんなこともあると思っていたが早いな)

 因縁の文字が脳裏に浮かぶ。


「気をつけてくれ。おそらく厄介な敵だ」

 僚機に警告を発する。

「おやおや、知り合いかな?」

「だとすりゃ、あの吠えてたアゼルナン? 確かこいつもアーフだったね。親戚かなにか?」

「兄だ」

 エンリコが感嘆の口笛を吹く。

「それはそれは。歓迎してあげないとだねぇ」

「もてなしてやろうじゃない」


 メイリーも虐待を受けていたのは察しているだろう。口調が剣呑さを帯びる。


「やりにくかったら代わるよ。なんか良い感じだから後れはとらない」

「いや、いずれ相対さねばならん」

 ここを乗り越えねば彼女を救いだせない。

「そっか。じゃあ、任せるさ。周りは気にしなくていい」

「そうそう。ぼくも絶好調だからフォローはお任せ」

「頼む」


(恵まれている。が、今は戦友のためにも死ねない)

 自らも戦う目標を見出したのだ。


 敵編隊機から光の砲弾が襲いくる。力場盾リフレクタをかざして踏ん張った。

 曲剣の紋章を胸に刻んだ機体は、引き伸ばされた菱形の力場剣ブレードを発生させると斬りかかってくる。その切っ先も力場の表面で紫電を散らして逸らした。


(ぐ!)

 ブレアリウスの脳裏にフラッシュバックが甦る。


 殴っても蹴っても耐える彼に、鼻面に皺を寄せて苛立ちを示す兄ホルドレウス。嘲笑うように腰の後ろから短剣を抜いた。

 見せびらかすかのようにひらひらと振る。照明を反射して銀光が幼い狼の目を射抜く。その切っ先が肩へと向けられた。

 さして力を入れているふうがないのに繊維を裂くぷつぷつという音が妙に耳をつく。恐怖に食いしばった歯が小さく鳴った。

 チクリとした痛み。続くのは異物感。どんなに筋肉が抵抗しようが鋭い金属はブレアリウスの肉体を割り裂いて侵入してくる。限界を迎えて悲鳴をあげた。


「がああぁっ!」

 獣の雄叫びが人狼の口から漏れる。

「いつもあんたはっ!」

「なんだ?」

「立場の弱い者にだけ牙を剥く!」


 言葉を投げつける意思がスイッチとなってオープン回線に繋がっている。それに紋章付きが反応してきた。


「父上の目を盗んで使用人を嘲る! 暴力を振るう! 誰も知らないと思ったか!」

「お、お前!」


 食事を運んでくる娘でさえブレアリウスを見下した。汚いものでも見るような目で蔑む。

 そんな彼女でもホルドレウスを煙たがっていた。横暴に苦しめられても、使用人の中で一番下の娘は当たる先がない。結果として彼に愚痴を聞かせる。


「あんたみたいな人がアゼルナンの誇りを語るな!」

 刃が噛みあう。

「お前、まさかブレアリウスか!? どこぞで野垂れ死んだと思っていたが」

「だったらどうする」

「ちょうど良い。戦場ここでならお前をどれだけいたぶっても父上は咎めたりはしないだろうからな」


 引かれたブレードが脇腹へと刺しこまれようとする。彼はグリップエンドを上に、切っ先を下にして外に弾きだそうとした。

 しかし突きはフェイントで、流れた先端は受けを掻いくぐってコクピットを狙っている。感触でフェイントだと分かったブレアリウスはシュトロンを半身にして躱し、肩口に斬撃を落としていた。


「生意気に剣を使う!」

「あんただけが使えると思うな」


 斬り落としはリフレクタで払われ、引いたブレードは同時に互いの頭部へと向けられた。交差した突きが僅かに接触し、相互に頬を削る。


「お前なんぞに僕は斬れん!」

「そうとは限らん」


 兄弟相食あいはむ戦場は熱を帯びた。

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