さまよえる魂(13)

「艦載機の収容急げ!」

 艦長が吠えている。


(これが失態と評価されるか否かは微妙ですね)

 サムエルは自嘲する。

(こんな可能性を全く予期していなかったのは僕の落ち度でしょうが)

 アゼルナまでアームドスキンを持ちだすとは誰に予想しえたであろうか?


「早く戻らせろ!」

 通信士ナビオペたちは確認作業に必死である。

「司令、今しばらくお待ちを!」

「解っています。ですがあまり時間もなさそうです」

「待ってください! シュトロン127と508A、508B、まだ帰投していません!」

 懇願しているのはユーリンというナビオペ。

「ブルー……」

「彼が戻っていませんか」


 戦術参謀副卓のデードリッテの呟きに反応する。難しいところだ。


「きます! 損傷有り!」

 機影が望遠される。

「ああ、ぼろぼろ……」

「速やかに収容してください。すぐに時空界面突入ブレイクインします」

「了解!」

 デードリッテの声にもユーリンの声にも喜びが混じっている。


(ぎりぎりまで持ち堪えてくれたようです。彼らのほうがよほど貢献してくれていますね)

 撤退の決断が遅れた自分に不甲斐なさを感じている。


 第一次アゼルナ攻略戦は惨敗に終わった。


   ◇      ◇      ◇


(何が起きているのか早く解明しないと)

 デードリッテはその思いだけに駆られている。


 戦死者が二百名をゆうに超えていると聞いた。ゼロにできるなどと驕ってはいないが、この数字は彼女に衝撃を与える。思ってもみなかった結果。甘いと言われれば仕方ないのかもしれない。


(あれは本当にアームドスキンなの? アゼルナはどこからか技術を入手していて開発に成功していたの?)

 疑問が頭を駆けめぐる。


 薄暗い室内に一つ投影パネルを立ち上げ、戦闘映像を表示させる。各機から入手したガンカメラ映像である。画角は目まぐるしく変わっていくが、間違いなくアゼルナの新型はシュトロンと白兵戦闘を行っている。


(なぜ?)

 理解が及ばない。大型ではあれど、構造的にはアームドスキンにしか見えない。


 戦闘部分を細かく切りだしてスロー再生する。並行して分析をかける。導き出されるデータは同じアームドスキンであるとしか示してくれない。


(否定したい)

 材料を探す。

(わたしより優秀な人はいないなんて思いあがってない。でも、これを認めたらブルーやGPFの人が窮地に陥ってしまう)

 本音はそれ。


 少しずつ見えてきた。造りは粗い。構造を詰めこむために機体が大振りになっていると判明する。


(もっと! 弱点を見つけないと)


 処理が間に合わない。ハッと気付いて傍らのバックを探る。中には彼女が試乗用に作ったσシグマ・ルーンが入っていた。


(処理に思考スイッチまで動員すれば早くなるはず)

 頭に装着する。


 インカム用の送受信機に接続してスイッチ割り付けを始める。夢中になってタイピングしているデードリッテは横に小さなパネルが立ちあがって『強制アクセス』の文字が浮かんでいるのに気付かない。


(あっ!)


 急に大量の情報が流れ込んできて意識が闇に落ちていった。


   ◇      ◇      ◇


 疲れきっていたブレアリウスは帰投後に泥のように眠っていた。上の段ではエンリコがまだいびきをかいている。


(妙に静かだ)

 そう感じてしまった。

(あの娘が心配してきてくれると思っていたか。好奇心の的が変わってしまえばお前など見向きもされない)

 アゼルナがアームドスキンを保有しているとなればデードリッテは夢中になるだろう。


 それでも確認したいと思ってしまう自分をあさましいと感じる。縁が薄くなれば、期待をしないですめば変に意識しなくていい。


「ホールデン博士なら研究室に向かわれたそうですよ」

 呼びとめたナビオペの一人が調べて教えてくれた。


 やはり研究室らしい。そこは小会議室を改造した場所。彼女が乗艦するにあたり、急遽設けられたデードリッテ専用の部屋だ。


(邪魔なようならすぐに立ち去ればいい)


 知的財産保持のためにロックされているドアの前に立つ。呼び出そうと思ってタッチパネルに触れると『アンロック』の文字に変わった。


「なんだ?」

 妙な感じだ。

「ディディー、入るぞ」


 声をかけながら薄暗い室内を見まわす。モニター以外の光源がない部屋の真ん中に人影。亜麻色の髪の娘が佇んでいた。そして、ゆっくりと振り返る。


(様子が変だ)

 ブレアリウスは目を瞠る。


「どうした?」

 訝しんで尋ねるが反応は薄い。


 投影パネルの光が映りこんで瞳が内から光を放っているかのように見える。シルエットになった横顔が柔和に微笑む。その表情が彼の心の琴線に触れた。


「ああ、ブレアリウス。こんなに大きくなって」

 声はデードリッテのものだが口調が違う。

「よかった。あなたを探していたのよ」

「…………!」

 息を飲む。そんなふうに言ってくれる相手を他に知らない。

「シ……シル……?」

「ええ」

 彼女はにっこりと微笑む。

「時間がないの。このままでは星間銀河が大変なことになってしまう」

「大変なことだと?」

「そう。だから……」

 彼女は目を瞑って胸に手を置いた。


「わたくしを殺して。あなたならできるから」


 ブレアリウスは愕然とした面持ちで、糸の切れたように倒れるデードリッテを受けとめると抱きあげた。

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