さまよえる魂(12)
「まさか戦局がアゼルナ側に傾いたからって故郷に寝返るとか言うんじゃないだろうね?」
「アームドスキンのデータをあっちに流したのも君だとかはやめてくれよ」
青天の霹靂ともいえるこの事態、アゼルナンであるブレアリウスを疑いの目で見たくなるのも分からなくもない。
「その場合、シュトロンを持ち去るのだけは阻止しないといけなくなるね」
ビームランチャーがブレアリウス機に向けられそうになる。
「見ろ」
「ん?」
衛星軌道に沿うように無数の光点が見えてくる。恒星の光を反射しているのは遥か彼方の星でもなければ惑星でもない。
「投入されたアゼルナのアームドスキンは千機にも満たないだろう」
GPFの半分以下である。
「シュトロンは持ち堪えられる。だがハルゼトのアストロウォーカーはその程度ではすまない」
「う……、敵があれの支援を受けたらこっちはひとたまりもないか」
「部隊をまとめて撤退させろ。
彼の言には従えなくとも、皆の尊敬を集めるロレフになら可能だろう。
「立て直すどころじゃないって言うんだね? もっともだ」
ロレフ機は了解とばかりに腕を振って遠ざかっていった。
「……悪い」
狼の口は重くなる。
「分かってる分かってる。撤退支援しないといけないんだよね。これは命懸けになるなー」
「愚痴ってんじゃない。あたしらソルジャーズの仕事なんてそんなんばっかり」
「死なせない」
(そして死ねない)
あんな話を聞かせた後で彼が帰らなかったらデードリッテは自分を責めさいなむだろう。
自軍回線で後退を呼びかけあうシュトロンの戦列にアゼルナのアームドスキンが許すまじと追いすがる。そこへ横合いからブレアリウスの放ったビームが刺さった。
そんな派手なことをすれば目立つ。とどまって抗戦の意思を見せる機体に敵の目が集中した。
(落ち着け。精神統一だ)
深呼吸をひとつ。
(身体は動く。同じ要領でアームドスキンも動く。これはそんなマシンだ、あの娘が心血を注いで作った)
努力は無駄ではなかったと証明してやりたい。
降りそそぐビームの光芒を横っ飛びに回避。そのまま自機を流し、射線が追ってくると同時に転進する。背後に僚機がついているのをセンサーフィードバックで感じつつ続けた。
焦れた敵は接近を試みる。すでにそれが本領だと理解しているようだ。しかし、ブレアリウスも同じこと。
(時間つぶしの鍛錬がここで活きるか。皮肉なことだ)
正眼に構えた彼に袈裟懸けの斬撃。刃を立てて受け、身体に添うように流す。反動を殺すためにペダルを軽く踏みながら右へと上体を倒して抜けざまに胴を薙ぐ。
次なる敵からの迫る突きを手首を返して擦りあげ、そのまま天頂から鳩尾まで割る。そこで引く。決して振り抜かない。それは隙になるからだ。
(久しぶりだというのに振れるか。幼い頃の修練というのは身に染みついているものらしい)
爆炎の影になるブレアリウスのシュトロンをアゼルナ機が勘だけで狙撃する。しかし、そこにもう彼はいない。
代わりに射線を読んだメイリーとエンリコが応射している。閃光を突き抜けてくるビームに反応しきれなかった敵機が被弾した。
(引き付けられている。これなら追撃も緩くなっているはずだ)
大上段からの一閃が半身の横を通りぬける。この相手は完全に振り抜くのを基本にしている。いわゆる実践流派を学んだ者だろう。気迫が違う。
隙は多くともそこを突けないというのが旨。一撃必殺の剛剣は敵を寄せないという考え方である。
(解らなくもない。生半可な剣士なら怖れが先に立つ)
いかんせん相手はブレアリウス。ソルジャーズとして修羅場しか知らないような戦士である。少々では怯えたりしない。
振り下ろし際、一番力が抜けているところで切っ先同士を合わせて横へ弾く。それでブレードは横へと大きく泳いだ。斜め下から薙いで両断する。
(俺は書物から得た基本形しか知らん。独学のアレンジがどこまで通用する?)
考える時間は余りあるほどだった。仮想の対戦者にずっと振り続けてきた剣技がどれほどの効果があるか測れない。
いきなり実戦で試すようなものではないと思う。だが、実戦以外のどこで試すのかとも思えるのだ。
(死にたがりの考えることではないな。ディディーが俺を衝き動かしている)
敵の突きを撥ねのけるくらいの感覚だったのだろうか? 彼の放ったビームをブレードで弾こうとしたアームドスキンは直撃を受ける。意識が剣術に引っ張られているようだ。
ところが爆炎を抜けてきた敵機は尋常ならぬ相手だった。寸分の狂いもない横薙ぎがブレアリウスを襲う。跳ねあげた力場刃でぎりぎり受け止める。
(これが困る。受けた時の圧が今一つフィードバックで返ってこない。一撃にこめた意気が読めない)
次の対処に繋げられないのだ。身体の延長として完全に没頭するのを妨げてしまっている。
(しまった!)
抜きをかけられブレアリウスの刃は泳ぐ。脇腹を撫でられ背後にまわられる。瞬時に振りむくがその時には上段からの一撃。彼のシュトロンは胸に一文字を刻まれる。
(なんとか浅くとどめられた)
しかし、追撃は免れない。焦りを覚えつつグリップを握る右手を引き戻している間に敵機の胸から光刃が生える。メイリーが後ろから貫いていた。
「背中は気にしなくていいからさ」
「そうそう、お任せあれ」
心強い言葉がさらにブレアリウスを奮起させた。
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