青き狼(14)

 ブレアリウスに引っ張られるように格闘戦中心に移行していく星間G平和維P持軍Fのアームドスキン隊にアゼルナ軍は怯える様子を窺わせる。それはデードリッテを微妙な気分にさせた。


 それは成果なのだから誇ってもいい。軍備開発に従事したのだから死と破壊を振りまく所業に加担したと怯懦きょうだすることもあろう。

 しかし彼女が感じているのは別のもの。業の深いことをさせているという怖れから来ていた。


(本人は問題外と言っていたけど、ひどいことをさせてる)

 昨日の会話を思い出す。


「ブルー、わたし、自分の知的好奇心のためにあなたを裏切り者にしてる? 祖国の同胞へ仇なす方向に誘導してる? 無理してない?」

 胸にわだかまっていた思いを狼にさらした。

「問題ない」

「復讐心はないって言ってたけど掘りおこすような真似じゃない? 苦しんでいるんじゃないかって心配になるの」

「杞憂だ」

 論外といわんばかりに素っ気ない。

「割り切れるの?」

「考えるまでもない。問題を起こしているのはアゼルナであって俺じゃない。それは星間管理局が動くことで証明している」

「それは表だっての理屈でしょ?」

 彼はデードリッテを気遣うように言葉を費やしはじめる。

「侵略行為は明確な星間法違反。君が気兼ねすることはない。むしろ速やかな解決への貢献だと思う。俺も任せられた仕事はこなす。ずっとそうしてきた」

「負担になってなければいいけど」

「俺には故郷への思い入れがない。忘れたいと思っている。だからといって好機といっているんじゃない」

 あくまでフラットに考えているという。


(内心の深いところまでは分からない。でも、まったくの方便じゃないとも思う)


 恐るおそるといった感じで伸ばされた手がそっと肩に触れた。フィットスキン越しでもその温かさが伝わってきたように思ったのだ。


 精悍な面の向こうで息づく凍れる魂を抱きしめたいとデードリッテは願った。


   ◇      ◇      ◇


(やってくれる)

 ロレフは完全にお株を奪われた思い。


 すでに趨勢は決していると感じられる。近接戦闘を仕掛けてくるGPFのアームドスキンにアゼルナのアストロウォーカーは有効な対処ができていない。


 これまでの機動兵器戦闘の歴史は攻防の釣り合いで刻まれてきた。より強力な火器開発は阻止技術の革新をうながす。結果として『リフレクタ』というエネルギー兵器を無効化する力場シールドの誕生を見る。

 発生原理上、長辺にして10mほどの範囲しかカバーできないものの、どのようなビーム兵器も貫けない盾が完成した。戦術は、有用な戦列維持もしくはリフレクタの穴を突く機動力への特化へと舵を切る。


 そこへ白兵戦闘という概念が投入されたのだ。これまでの戦術は完全に破綻する。対処は容易ではないだろう。


(それこそ同じアームドスキンを導入するくらいしかあるまいね)

 皮肉にも感じる。


 しかしアゼルナは経済制裁も課せられている。一年半前から技術流入もストップしているのだから彼らは奪うしかない。そういう意味でロレフたちアームドスキンパイロットの背負う責務は重い。


(勝って見せるしかないということ。それをあの狼に先を越されるとはね。見極める目があるからこそ彼女は『銀河の至宝』とまで呼ばれているのかな?)

 今も背中を見せられている。


 アームドスキン独自の可動型スラスターがひるがえると機体は瞬時に旋回する。残像を生むかのような機動に追いつけなかったアゼルナのアストロウォーカー『オロムド』は転回すべくサイドスラスターを噴かすもその時には胴体を両断されている。随伴機のビームを受けて爆散する頃にはシュトロン127は次なる敵機を目指す。


(元からの三機編隊トリオとはいえ、アームドスキンで編隊を組んでるより撃破数が多いとか立つ瀬無いんだが)

 失笑を禁じえない。


「負けてらんないって!」

「おお!」


 同じ感慨を抱いていたであろう僚機からも声があがった。


   ◇      ◇      ◇


 思いもかけない反撃を受けたアゼルナ軍は速やかな撤退を見せる。するすると機動兵器を収容すると艦隊は一斉に後退し、時空界面突入ブレイクインしていった。

 練度はさすがというしかない。あれに苦戦させられていたのだ。


「シュトロン127格納良し! お疲れさん!」

 エアドームを抜けて気密エリアに入るとスピーカーが怒鳴ってくる。

「帰投した。点検頼む」

「任せとけ!」

 ブレアリウスはいつもの文言を口にする。


 格納庫内はいつもより活気に満ちている気がする。一方的な勝利だったのだから無理もないだろうか。苦しんでいたのはパイロットだけではない。


 スイッチ操作をするとバイザーが前にスライドしながら圧搾空気の音を立てる。はねあげてひと息つくとヘルメットを脱いだ。


「ブルー!」

 視界に亜麻色の髪が広がる。

「すごかった。一番活躍してたよ」

「君のお陰で少し大きな顔ができそうだ」

「ぷ、こんなに大きな頭をしているのに?」

 抱きついた娘の手は首の後ろでようやく付くくらい。


 口の端のほうで柔らかな感触。唇を離したデードリッテが悪戯げな瞳で見上げてきていた。


 この日、星間銀河圏はアームドスキン戦闘という新たな歴史に足を踏み出した。

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