鼻血探偵~告白されると鼻血を出して気絶してしまうイケメン人気作家の事件簿~

蒼山皆水

プロローグ

プロローグ


 夜の二十三時。駅から少し離れた、立地が決して良いとはいえない場所に位置する、とあるファミレス。

 ドリンクバーのグラスだけが置かれたテーブルに、二人は座っていた。


「で、新作は書けたのか?」

 一人は、黒いスーツをびしっと着こなした、大手出版社に勤める、いかにも真面目そうな編集者。


「ああ。なかなか傑作になったと思うぞ」

 もう一人が誇らしげに答える。こちらはTシャツにチノパンという適当な格好をした男だった。


 非常に整った顔立ちをしており、芸能人と言われても納得してしまうようなオーラが出ている。


 店内にいた女子大生の集団が、二人の方をチラチラ見ていた。

 やっば。どちゃくそイケメンなんですけど。顔面偏差値五億かよ。何あれ。モデル? それともアイドル? いや、もはやCGじゃね?

 小声でそんな会話をしている。


 女子大生の会話は二人にも聞こえていたが、いつものことだったので無視をして話を続ける。


「自信があるようだな。珍しくこっちに内容の相談もせずに、全部書き終わってから見せたいなんて言い出して。没になる可能性だってあるんだぞ。わかっているのか?」


「いや、きっと大丈夫だ。今までとは一味も二味も違う作品になってるはずだ」

「ほう。では、そろそろ教えてもらおうか。お前が最高傑作と豪語する、その小説の内容を」

 この二人は、作家とその担当編集という関係だった。


「ふふふ。それはだな――。いや、説明するよりも読んでもらった方が早い」

 作家であるたちばなカイトは、ノートパソコンを取り出してテーブルの上に置いた。


「今、データを送るからちょっと待っててくれ」

「わかった」

 担当編集はタブレット端末を取り出した。


「……うわ。アップデートが始まりやがった。こんなときに限って」

 パソコンを立ち上げたカイトが、眉をひそめて呟いた。そんな表情ですら美しい。


「まだ時間はある。ゆっくりで大丈夫だ」

 担当編集は、ファミレスにあるまじき優雅なしぐさで、グラスを傾けてウーロン茶を飲んだ。


「あれ。いつになく優しいな」

「あ? 逆に優しくなかったことが今までにあるか? 言ってみろこの野郎」

「今の言葉遣いとかが優しくない」

「ぐ……。まあ、お前自身はともかく、お前の小説の才能は信頼できるからな」


「褒められてるのか貶されてるのかわかんねえな……」

 人間としては信頼していないが、作家としては信頼されている。そう言いたいらしい。


「飲み物を入れてくる」

 担当編集が空になったグラスを持って立ち上がり、ドリンクバーの方へ向かう。

 アップデートはまだ半分ほどしか終わっていない。


「あの……すみません」

 カイトが一人になったそのとき、横から声をかけられた。


 隣で食事をしていた女子大生のグループのうちの一人が、カイトの方を見て、頬を赤らめている。視線をせわしなくあちこちにさまよわせていた。どうやら緊張しているようだ。

 彼女の友人と思われる数名は、テーブルの方からこちらをうかがっている。


「はい。どうかしましたか?」

 カイトはにこやかに答えた。


「えっと……よかったら、連絡先とか、教えてもらえませんか? 私、一目見たときから――」

 女子大生は意を決したように一気に言おうとするが、


「申し訳ないのですが、そういったものはすべて断らせていただいてますので、お引き取り願えますか?」


 ちょうどドリンクバーから戻って来た担当編集が、丁寧ながらも有無を言わせぬ口調できっぱりと言い切った。


「あ、はい。すみません……」

 女子大生は肩を落として、とぼとぼと友人のいるテーブルに帰って行く。


 やっぱり有名人だったのかな。たぶんそうじゃない? あの怖い人、きっとマネージャーなんだよ。ドンマイドンマイ、次の合コンで良い男捕まえようね。

 そんな会話が聞こえてきた。


「怖い人って言われてるな、マネージャーさん」

「うるさい。マネージャーじゃない。誰のためだと思っているんだ」

「はいはい。わかってるよ」


「いいか。だいたいお前は油断しすぎなんだ。目を離すとすぐに告白されるじゃないか。もっと自分の魅力を客観的に理解して自衛に努めろ! わかったか?」

「へいへい」


 カイトは、アップデートの進行度のパーセンテージが増えていくディスプレイを眺めながら返事をした。


「適当に聞き流しやがって」

 パソコンのせいで、説教を食らう羽目になってしまった。心配してくれるのはありがたいが、少し過保護なのではないかとも思う。

 しかし、カイトの体質を考えると、そうも言っていられない。


「去年の夏だってそうだ。たしか、ちょうどこのテーブルだったよな。あの事件があったのは」

 担当編集が視線を左上の方へ向ける。当時のことを思い返しているようだ。


「ああ、そうだな」

 カイトも、去年の八月に起きた事件は覚えている。それどころか、今でも鮮明に思い出すことだってできる。


 去年の真夏。このファミレスで、カイトが出血して気絶した事件だった。といっても、事件が起きる直前の記憶は失われてしまっているが。


「それにしても、この一年、色々なことがあったな。大変だった」

 担当編集がため息をついた。


「本当にな。まあ、おかげさまでこうして元気でやれてるけどな」

 この一年で、たくさんの謎が生まれた。

 それらはすべて、カイトの持つ特殊な体質が引き起こしたものだった。


 夏はこのファミレスで。

 秋はカイトの自宅で。

 冬は合宿のために出かけた民宿で。

 そして春は――。


「……っと、アップデートが終わったみたいだ。今から最高傑作を送るからな」

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