第九十六話 二つ目

 このどこまで続いているかもわからない、真っ黒の空間を調べながら、ゆっくりと下降していく。どうやら、ここは、円柱状の縦穴になっているみたい。直径は大体十メートル。壁って言っていいのか分からないけど、真っ黒い影みたいなもので周りは覆われている。深さは謎だね。底は全然見えないし、もしかしたら、地上と同じくらいまで続いているかもしれない。何なら地下まで続いている可能性だってある。

 魔法に関しては、アルトが言うように、こうやって浮くことが出来ているわけだから、問題なく使うことが出来る。他の魔法も試してみたけど、普通に発動できた。魔力が枯渇する気配もないね。

「ここ、そもそも底なんてあるのでしょうか…」

下に進むしかないって言ったのはアニだけど、降り続けていても最深部に到着しないわけだから、不安になるのもわかる。

「とりあえず、登った分くらいは降りてみようよ。すぐに戻れるんだし。」

さっきいた所にワープポイントは無いけど、そこから少し下の開けた土地に設置してある。仮に地上と同じ高さまで降りたとしても、そこに戻れば十分リカバリーが効く。時間制限があるわけでもないしね。

「お嬢様がそう言うなら…」

不服そうだけど、一応は納得してくれるアニ。最近はマシになったけど、アニはもともと高いところが苦手だからね。どこまで続いているかわからないわけだから、心のどこかに恐怖心があるんだろう。まあ、下の景色が見えるわけじゃないから、気絶したりパニックになったりとかは無いと思う。

「でも、周りの景色が変わらないから、あんまり進んでる気がしないわね…」

アルトのその言葉で、ちょっと嫌なことに気が付いてしまった。まさか、ずっと同じ場所を行ったり来たりしてるってことはないよね…いわゆる無限ループってやつだ。こういうのは何かを落としてみて、上から降ってきたりしたらループしてるっていう確認方法がセオリーだ。アニを落とすわけにはいかないから、無くなっても平気なものを…収納魔法の中にここまでで狩った魔物の素材がわんさかあるしそれでいいか。麓の方でアルトが狩ったイノシシ型の魔物の牙を取り出して落としてみる。そこそこ大きさもあるし、上から降ってきたとしても気が付かないことはない。その代わり、当たったらけがじゃ済まないから注意しないとだね。

「じゃあ、ちょっと試してみようか。この牙を落としてみて、上から降ってくるなんてことがあれば、おんなじ所を行き来してるってことだね。」

「なるほどね。同じところを行き来しているなら確かにそうなるってわけか…よくそんなこと思いついたわね。」

このくらいなら、前世の知識とかが無くても思いつきそうだけどね。

「じゃあ、落とすよ。」

結構な勢いをつけて、イノシシの牙を投げ落とす。これなら私たちが下降しているスピードよりも速く落ちていくから、私たちが速く進んじゃって追いついてこないってことは無いから、結果が分からなくなることも無い。止まって確認するのも、時間のロスだからね。

 結果を言えば、しばらく待っても、牙が落ちてくるってことは無かった。となれば無限ループ説は間違っていたことになる。でも、牙がどこかに落ちた音はしなかったから、底なしの可能性はまだあるんだよね。それか恐ろしく深いかのどっちかだ。

「同じ場所を繰り返してるってことは無さそうね。じゃあ、少しスピードを上げましょうか。どこかに終わりがあるってことだし。」

そう言ってアルトは一気にスピードを上げた。あれじゃあほとんど落ちているのと変わらないね。

「私たちもいこうか。しっかり掴まっててね。」

アニにそう声を掛けて、私も一気に翔け降りる。スピード重視で行こう。



 超スピードで下降を続け、数十分。ようやく地面らしきものに着地することが出来た。その地面自体も真っ黒だったから、先にアルトが着地していなかったらそのまま激突して、ペチャンコになっているところだった。深さ的には、おそらく、私たちがいた山の中腹から地面までよりの高さよりは低かったと思う。

「底、あったわね。」

私とアニより少し早く着地していたアルトからそう言う。

「そうですね。ですが…」

そう。だからといって、この場所に何かがあるってわけじゃない。今までと同じ空間に、地面が出来ただけだ。

「何もないってことは無いわよ。魔力反応があったから。ほらあそこ。」

アルトが指差した先には、ここに入ってきた時と同じ灯篭があった。なんで気が付かなかったんだろう。確かに目立つような作りじゃないけど、何もないこの空間じゃ目立たなくても、目につかないことは無いと思う。

「火をつけたら、また地面が消えるんじゃないでしょうか…」

アニの懸念はもっともだけど、ここから先に進むには…

「うん。でも、火をつけるしかないね。」

躊躇しているアニに代わって私が魔法で火をつける。何が起こるかは分からない。でもやるしかない。

 灯篭に火が灯った瞬間、背後から微風が吹きつけた。風…?そんなのが通る場所なんて…

「あれは…」

振り返った先にあったのはどこかで見たことのあるような気がする扉。違う。雰囲気が似てるだけでこの扉を見るのは初めてだ。

「もしかしてあれって…」

アルトがそう言った瞬間、この空間に魔力の乱気流が入り乱れ、一気に周囲の魔力濃度が高くなる。この感じこそあの場所と同じ、あの時と同じ感覚。

「うん。間違いない。ダンジョンだね。」

ここまでのギミックは、このダンジョンを隠すためのものだったんだろう。ここを見つけるには、山に出てくる強い魔物を倒すことが出来て、最低でも空を飛べるかそれに準ずる力が無いと無理だ。明らかに誰かが来ることを拒んでいる。だからこそ、面白い!!

「行くわよ!!」

そう告げるアルトの背中からは、新たな秘境へのワクワクが零れ出ていた。

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