第九十四話 アルメン山脈
あれから一週間くらい移動を続けた結果、ようやく霊峰と呼ばれる山の麓までたどり着くことが出来た。ここまで来るのに通った町はほとんど町と呼べる規模は無くて、精々、村がいいとこだった。お店も登山道具を売っている店がある直前の村以外にはほとんどなかったし、宿屋がない場所まであった。一応、冒険者ギルドの支部はすべての村にあったけど、依頼はほとんど出てなかった。あっても屋根の修理とか、採集系のものばっかりだ。報酬も王都とかに比べると安かったし、本格的に田舎って感じだね。特に用があったわけでもないから、ここまでの村々はほとんど素通りするようなものだったけど、登山道具を買った最後の村には少しの間滞在した。買ったのは、登山靴に防寒具、後は雨具だね。山の天気は不安定だってよく聞くし。他の物は、必要になったら買えばいい。山を舐めてると痛い目を見るともいうけど、私たちにはテレポートがあるからね。そこは力業でなんとかなる。
「ここが霊峰――アルメン山脈…」
登山用品店の店主が教えてくれたけど、正確に言うと霊峰っていうのは一つの山のことじゃなくて連なる山々のことらしい。その中で一番高い山が霊峰として一般的には呼ばれているみたいだね。離れて見た感じ、高さは富士山が何個か重なるくらいかな。近くに来ると逆に高さが分かりにくい。
「高い山ってことくらいしかわからないわね。この辺はまだ軽い坂って感じだけど。」
歩みを進めながら、私の呟きにそう返してくるアルト。山の一合目にも満たないこの場所は確かにそんな感じだ。丘レベルってとこだね。よくよく考えると、高いところまで行ったら酸素ボンベとかが必要になるのかな。まあ、魔法で何とかすればいいか。酸素濃度を地上と同じようにする魔法とか良さそう。
「魔物もまだいませんね。」
人里離れてるわけだから、大量にいてもおかしくないけど、この付近に姿は見えない。
「どんなのがいるのかな。飛竜とかだったら、お金になるからうれしいんだけど。」
「高いところならいると思うわよ。ほかにここにいそうな強い魔物と言ったら、最低でもケルベロスはいるでしょうね。」
「ケルベロスとか飛竜に強いってイメージはないけどね。」
水の刃で無力化できたわけだし。
「あの時のケルベロスは寝てましたからね。ちゃんと戦えば結構手ごわいと思いますよ。討伐実績も世界的に少ないと有名ですから。生命力もとんでもないですし。」
確かに、首だけになっても生きてたし、完全に絶命させるのは大変かもしれない。
「個体によっては苦戦するかもしれないわね。勝てないってことは無いと思うけど。長い時間生きている個体はそれだけ知恵が回るからね。」
「そもそもケルベロスって何年くらい生きるの?」
頭が三つの犬だから、普通の犬の三倍くらいかな。
「あいつら、基本的に外敵がいないから、百年くらいは平気で生きるわよ。」
想定の三倍以上だった。とんでもない犬だな…
「あの生命力なら頷けます。」
アニが当たり前って感じでそう頷く。見誤ってたのは私だけか。なんかちょっと恥ずかしい。声に出さなくてよかった。
「まあ、倒しちゃえばおんなじだよ。」
「それが難しいんじゃない。今回は生け捕りだと持って帰れないし、放っておいたら生きてる限り追いかけてくるわよ。」
「その時は氷漬けにすればいいんだよ。それなら収納魔法にも入るだろうし。」
入らなかったらその場で放置でいい。氷が溶けるころにはおさらばしてるってわけだ。
「動きさえ封じればいいわけだからね。案外いい考えかも。生きてたら持ち帰れないから、お金にはならないけど…」
「ケルベロスは持ち帰れたらでいいよ。ほかにも魔物の素材はたくさん取れそうだし。」
そんなことを話しながら山を登っていくと、だんだん坂が急になってきた。まだきついってほどじゃないから、なんだかハイキングみたいな気分で楽しい。お弁当でも持ってくればよかったかもね。
少し標高が上がったからか、弱めの魔物がちょくちょく出てくるようになった。戦闘を進むアルトがばっさばっさと倒していく。私はその素材を回収するだけだ。楽な仕事である。
「この辺はまだ弱い魔物しか出てこないわね。」
「下の方は素材採集なんかで普通の冒険者も来ることがあるって言ってましたからね。そんなに強いのはいないでしょう。」
そういえばそんなことを言ってた気がする。昔のこと過ぎて忘れてた。
「じゃあこの辺は、まだ秘境とは呼べないね。」
こんな大きな山だし、始めて魔法使いが生まれた場所でもある。もっと進んでいけば面白いことがあるに違いない。未踏の領域でもあるんだし。
「上の方に、大きな魔力の集まりがいくつかあるわね。均等に配置されてるし、何かを守ってるのかもね。」
そんなことを考えていれば、アルトが魔力探知をしたみたいで、まさに求めていたものの手がかりを教えてくれた。
「魔物が何かを守るってことがあり得るのですか?」
アニがそんな疑問をぶつける。何かを守るっていうのは、知能がない魔物には難しいだろうね。
「完全に手なずけた魔物なら可能だと思うわよ。馬型の魔物が馬車を引いていたりもするみたいだし。それに、魔物だとは限らないわ。魔人かもしれないし、例の最初の魔法使いの一族かもしれない。なんなら可能性は低いと思うけど、高度な魔道具の可能性もある。」
「最初の魔法使いの一族ですか。ぜひ会ってみたいですね。」
「そうだね。まだ見ぬ魔法があるかもしれないし。」
そんな会話をしながら歩みは進んでいく。まだ見ぬ景色と出会いを夢見て。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます