第五話 お披露目

今日は私の八歳の誕生日。つまりお披露目の日だ。家の中はいつもより、慌ただしい様子。使用人たちも忙しなく動き回っている。そんな様子を傍から見ながら私はというと、着せ替え人形の如く、ドレスの調整をさせられていた。普段着の緩いドレスとは違い、腰のあたりをコルセットで締め付けられ少しどころかだいぶ窮屈だ。黄色が基調のフリフリとしたドレス。最初のころはドレス一つにも興味を持ったものだけど、今となればどうということはない。慣れとは恐ろしいね。


「よくお似合いですよ。お嬢様」


一人、上の空でそんなことを考えているとそんな声が聞こえてきた。どうやら着付けは終わったらしい。


「ありがとう。私、今日を楽しみにしていたの」


上辺だけでもこんなことを言っておかないと、不審がられてしまう。何せお披露目は貴族の子供にとってとても喜ばしい、喜ぶべきものだから。


「本当によく似合っているわ。ハイデマリー。これなら王族の方が来ても、ばっちりね。普通、王族の方がわざわざいらっしゃることなんてないのよ。とても名誉なことなんだから」


口を挿むのはあの女。さてはこいつ、私を王族とでも結婚させる気ではないだろうか。この女のいうことにはすべて裏がある気がする。


「ありがとうございます。お母さま。今日はキースリング家の名に恥じないように頑張ります」


そんなことを適当に受け答える。


「全く、あの人はこんな大切な日にも帰ってこないなんて…」


あの人というのは私の父親に当たる人物の事だろう。私が生まれてすぐ、家を出たきり、めったに戻らず、ほとんど顔を合わせていない。私の扱いについてのあの女との対立が原因だと思う。


「そろそろお客様たちがお見えになるわ。あなたも広間で準備しなさい」

「はい」


 そう告げられ、広間に向かう。開きっぱなしになった扉をくぐると中の様子がよくわかる。無駄に豪華に飾り付けに、普段は見ることのない高価そうな食器に、テーブルなんかの家具。


(こんなことしてるからいつまで経っても借金地獄から抜け出せないんだよ)

『まあ、貴族ってのは見栄を張りたがる種族なのよ。仕方ないわ。それに一応あなたのための会なんだから…』

(私、別に頼んでないけど)

『頼んでなくても、おいしいご飯が食べられるんだからいいじゃない。あなた食へのこだわりすごいし』

(私のこだわりがすごいんじゃなくて、アルトの関心が薄すぎるんだよ)

『普通の人間よりはうるさいと思うわよ』


そんな話をしながら、席について数分。私の隣にあの女が腰を下ろす。


「入場は身分の高い方から行われるわ。普段ならこちらから挨拶に向かうところなのだけれど、今日の主役はあなただから、向こうから挨拶してくださるわ。今日に限っては、席を立ちあがることもしなくていい。くれぐれも失礼のないようにね」


これまでのマナー講座で耳にたこができるほどきいたことを最終確認とばかりに告げる。


「分かっております」


とだけ言っておく。


『あなた、この会のことは忘れてたくせに、マナーのことはしっかり覚えているのね』

(まあ、あれだけ毎日繰り返しやってたらねえ… )


その時、いつの間にか閉じられていた扉が、勢いよく開かれた

「ディートフリート第一王子殿下の御成りです」


そう、執事が告げると、腰に剣を下げた屈強な男二人と、その後ろを歩く背の高い男性。その三人が私を目標に向かってくる。目の前まで来ると護衛らしき二人は横にはけていった。


「八歳のお誕生日、おめでとうございます。お初にお目にかかります。ブランデンブルク王国第一王子、ディートフリート・ブランデンブルグです。どうぞお見知りおきを」


第一王子は、いかにも物語に出てきそうな、高身長で、金髪、深緑の瞳を持った十代後半くらいの男性だった。

王族って偉そうなイメージだったけど、このひとはそんなこと無いみたいで少し安心した。


「お祝いありがとうございます。わたくしはハイデマリー・キースリングでございます。お会いできて光栄ですわ。第一王子殿下」


「ハイデマリー様には父の病の件で大変お世話になりました。生憎父は、出席できませんでしたが、そのことをひどく残念がっていました。一度直接お礼を言いたいとのことでしたので…」

「勿体ないお言葉でございます。ですが、わたくし、当時は生まれて間もなかったですから、治療した時のことは、ほとんど覚えていないのです。それでも、皇帝陛下のお役に立てたとあれば、大変うれしく思います。皇帝陛下にもよろしくお伝えください」


こんな社交辞令を終えると、執事が王子を所定の席へと連れ出していった。


それを合図に続々と貴族たちが入場してくる。騎士爵から公爵までの貴族に、辺境伯なんかも来ているようだ。貴族以外だと来ているのは私に名前を付けた司教様くらいだ。来賓の数があまりにも多くなっていて、似たような挨拶を何十回もすることになり、それだけで疲れ切ってしまった。


「皆様、本日は我が家の次女、ハイデマリーのために誠にありがとう存じます。わたくしはキースリング家当主、フリーダ・キースリングでございます。ささやかではありますが、お食事をご用意しております。立食形式となっておりますがどうぞお楽しみください」


そう言うと、食事を乗せた台車が次々と設置されていく。来賓たちが食事に手を付け始めると、私のところにも食事が運ばれてくる。肉、魚、野菜と様々な品が運ばれてくる。料理の味や香りから、いかに普段の食事が手抜きなのかが分かった。


美味しい食事を楽しむ暇もなく、引っ切り無しに声を掛けられる。話というのは誰もが同じような内容で、大体が治療の感謝と、私と同世代の跡継ぎや、親戚の紹介だった。案の定、結婚目当てだろう。私は貴族ではなくなる予定なので、結婚などする気は一切ないけれど。隣のあの女は、品定めに必死なようだ。


 それからしばらくして、来賓たちの食事が終わったタイミングを見計らい、あの女が再び立ち上がる。


「では、そろそろ本日のメイン、鑑定の儀に移らせていただきます」


その声を聞くと来賓たちがざわめきだした。


「本日、八歳を迎えたハイデマリーは貴族のしきたりに乗っ取り、鑑定を受けることになります。皆さまもご存じかと思いますが、ハイデマリーには摩訶不思議な治癒の力があります。その力の正体が本日ついに判明します。ぜひ皆さまご覧ください」


鑑定の儀?初めて聞いたけど…


『ちょっとまずいわよ!ハイデマリー!!鑑定なんてされたらあなたが聖女だってことがばれてしまうわ!!』

(それになにか問題でもあるの?)

『大ありよ!!三百年ぶりに現れた聖女。ばれたら最後、一生良くて籠の鳥。悪ければ道具として使いつぶされるわ!!!』


二度目の人生八年目、最大のピンチが私に訪れようとしていた。

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