第20話 同居生活
仲良く入院中も、お互いの面倒をみると意地の張り合いが続き、出した結論は『なら一緒に住めばいい』。
部屋が一つ空いているんだそうで気にしないのならば来いと、やかましい警察官は言う。リックは遠慮なくお邪魔することにした。
意外にも普通のマンションに住んでいて、リックはエレベーターで上の階に上る。
合い鍵を渡されたのたのだが、インターホンを鳴らすべきか迷い、結局鍵を差し込んだ。
風呂に入っているのか、シャワーの音が聞こえる。リビングのテーブルにレモンパイを置き、コーヒーを入れる。
この家で住む条件はいくつかある。
一つ目、遠慮をしないこと。
二つ目、気ままに物を使うこと。
三つ目、プライベートは守る。これに関して要約すると、個人部屋に勝手に入らないことだ。
隠し事の多い仕事をしているのだから、当然といえば当然だ。リック自身も、見られたくないものは山ほどある。
「あ、ただいま」
「……おかえり」
「なんだよ」
「いや……なんでもない」
風呂上がりのウィルは顔を大きな右手で覆い、何かぶつくさ言っている。
「レモンパイ食べる? 絶対美味いけど」
「もらおうか。家族と何を話した?」
「いつも通りだよ。有り難いお小言中心に聞いてきた。今の仕事は辞めろってさ」
「探偵も反対されていたとか言わなかったか?」
「ああ。教師はどうかってすすめられた。多分、なったらなったで立ち仕事は大変だの言ってくるよ。ウィルは警察になることは反対されていなかったのか?」
「いや、特に。親父の……なんでもない」
「同居するにあたって僕からも条件を出しておこうか。四つ目、家族の話を遠慮しない」
ウィルはリックの父親が亡くなったのは、自分の親父の判断ミスだと責めている節がある。この分だとウィルの父親自身も同じように思っているに違いない。
「分かった。俺はな、親父に憧れてたんだ。ああなりたいとずっと思ってた。子供の頃からのヒーローだったんだ」
「素晴らしい話じゃないか。けど後悔の念を僕に押しつけてくるのは間違いだからな。僕は手術、ウィルは身体に鉛がめり込んだ。同居は身体の傷が癒えない僕たちの面倒を互いにみること。これが条件だったはずだ。面倒だけで僕を守ろうとしなくていい。自分の身くらい自分でなんとかできる」
「拳銃一つ持ってないのに何言ってんだ」
「熱いコーヒーをぶっかけてやりたいよ。君に」
「黙って守られることの何が嫌なんだ?」
「警察官に守られるなんて、普通だったらこんな贅沢はないだろうね。僕は子供の頃から病弱で、いろんな方面に世話になりっぱなしだ。だから嫌なんだ。僕の気持ちをくみ取っても、もしそれでも僕を守りたいなら、こっそり分かりづらく守ってくれ」
「ああ、そうする」
「……守らないって選択肢はないのか」
熱々のコーヒーとまだ温かいレモンパイは相性がいい。カスタードクリームが半分を占めていて、口の中でとろとろになる。レモンピールが混じっていて、時折酸味も感じる。
食べ終わったところで新しくコーヒーを入れ直し、リックは本題を口にした。
「撃たれたおばあさんの話なんだけど……」
「撃たれた中に、おばあさんはいなかった」
「僕の目の前で強盗に撃たれたんだぞ?」
「お前の目の前で撃たれた女性は、老婆じゃない」
復唱するように、ウィルは噛みしめながら言う。
「顔を変えていただけだ。映画によくある特殊メイクがあるだろう? 中身は三十代の女性だった」
「……すっかり騙された」
「ある意味騙すためにメイクはあるようなものだ。自分を責めるなよ。ちなみに背中には例の刺青があった」
「強盗犯とはどんな関係が?」
「強盗犯には刺青はない。まったくの無関係者がたまたま出くわしたか、刺青の女が別の組織である強盗犯と通謀していたか」
「撃たれたんだぞ」
「カメラで確認済みだ。撃たれた後、笑っていたのもな。死が救済だったのかもしれん」
「理解できないよ」
「ああ。俺もお前の考えが理解できないときがある。わざわざ犯罪集団に首を突っ込むところが、特に」
「特殊メイクって誰にでもできないよな?」
ウィルは何もない天井を見上げ、何か考えあぐねている。
「誰が作ったものなのか割り出し中だ」
テレビでは、映画館で上映されるアクション映画の宣伝が行われていた。役者の紹介やゾンビの特殊な動きについて大っぴらに語り、メイク技術はメイクアップ賞を受賞した人が中心となって動いた映画らしい。
最後のお知らせと題して、映画に使用された小道具などを展示する企画があると、司会者は語る。
「こういう人たちが関わってたりして」
「……………………」
「えっ冗談だったのに……」
「いい線いってるかもな」
「行ってみる? それとこれとは別に、この映画に興味あったんだよね。それとも好きな恋愛映画じゃないから興味ない?」
「アクションも嫌いなわけじゃないさ。お前がゾンビの特殊メイクを観て倒れやしないか心配なだけだ」
「僕の母も同じようなことを言うだろうね」
さっそくネットでチケットを二枚購入した。ウィルは「行動力が早い」と漏らす。
「僕が積極的な性格になったのは、病気と心配性な母のおかげだね」
「喘息か」
「そう、喘息ね」
際どいジョークにはジョークで返す。
「何かしようとするとダメだと頭ごなしに言われる。それなら言われる前にやればいい」
「いつでも親は子供が心配なだけだ」
時刻は零時を回ろうとしていた。
部屋に戻り、リックはすぐに布団に入る。布団は新品だがベッドは古びたもので、アンバランスなベッドだった。
誰かが使ったものなのか、と言葉は口にしない。元妻のものだろう。部屋も微かに香水の香りがし、ウィルが気にしないのであれば同居しようと提案した意味が分かった。
名残があっても気にしないのであれば。そういうことだ。
物は想い出だと捨てる人もいれば、しょせん物だと使う人もいる。これは人それぞれ価値観の違いだ。ウィルは後者なだけだ。
翌日の午前中はそれぞれに部屋で過ごし、午後はウィルの運転で美術館へ向かう。
リックが運転手を引き受けようとしても「意識不明が怖い」。
「悪かったね。あのときもいきなり気を失ってしまって」
あのときとは、ショッピングモールでの出来事だ。ウィルが撃たれた瞬間を見たせいか、運ばれたときの記憶がまるでない。
「怪我人に運転をさせるなんて」
「お互い様だ。チケット代は働いてやろう」
途中で入ったカフェで昼食を取った。車から見える風景を見ていると、ウィルが運転席で息を呑む。
「どうしたんだ?」
「……なんでもない」
美術館の駐車場で車を駐め、ウィルに続いて美術館の階段を上がっていく。
事前に購入したのにもかかわらず、込み合いすぎて入ったのは三十分後だった。初日だけあって、マスコミも多数押し寄せている。
「あれ?」
私服だったが、奥で誰かと話しているのはウィルの相棒であるシン・オーズリーだった。
仕事の装いではないが目線は展示物を向いていない。流れる人々を注意深く観察し、リックと目が合うが気づかなかったと素知らぬふりだ。
ウィルは素通りし、内部へ入った。リックも後をついていく。
「途中で警察の使用する覆面パトカーとは何度か遭遇した」
ウィルが横に立ち、小声で話す。
「目当てはここ?」
「さあな」
「相棒いたけど」
「今の相棒はお前だ。俺に何かあったら守れよ。片腕が使い物にならないんだ」
「任せてくれ。ゾンビが襲ってきたら、盾になってやるよ」
作り物とはいえ、透明なアクリルケースに置かれた仮面は動き出しそうだった。灰の肌に緑や赤黒い色が塗りたくられ、存在しないはずの生物が存在感を放っている。通る人々は必ず一度は止まり、動き出しても後目に目が離れない。
気がつくと、ウィルがいなくなっていた。トイレにでも行ったのだろうと観て回っていると、前から走ってきた男児とぶつかった。
「ごめんね。痛くない?」
「うん。ごめんなさい」
「ベン、走っちゃダメよ」
ゆっくりと歩いてきた女性は、少年とあまり似ていない女性だった。宝石を散りばめた指と派手な装いは、地味な少年と並んでもアンバランスだった。
リックは少年のむき出しの腕を見やる。チョコレート色の肌はリックとは異なるためはっきり見分けができないが、痣のようなものが見える。
仕事で会うような幸せ家族とは正反対の匂いがした。
「怪我はないかしら?」
「え、ええ……可愛いお子さんですね」
「…………私に子供がいるように見える?」
女性は不機嫌丸出しで腕を組む。似つかない理由としては、顔の作りもそうだが肌の色と着ている服もだ。シミ一つないブランドを着こなす女性と、よれよれの服を着る少年。
リックは頭をふるに回転させて、声を絞り出した。
「あなたのお子さんではないんですか?」
「一応、母親よ。ったく、なんで私が面倒見なきゃいけないのよ」
「お困りの際は、便利屋へどうぞ」
リックは懐から名刺を出し、彼女へ渡す。
女性は名刺とリックを交互に見て、ブランドのバックにしまった。
「ありがとう。利用させてもらうわ。さあ……来なさい」
少年はリックの服を掴み、いやいやするばかりで離そうとしない。
「リック」
救世主が現れた。三つ巴の状況を見て、ウィルは訝しげに見る。
「子供がさ、俺の手を離さないんだ。懐かれる体質でね」
子供を強調しただけで、勘の良すぎる警察官はすぐに察した。
腕の痣とやせ細った頬に、頼れる刑事は手を伸ばした。
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