第122話 ※ヒドゥン・テクノロジー

 粉塵防止のマスクは、ホームセンターにて工業でよく使われる本格的なものを手に入れることができた。目の方は覆わないタイプなのでそこは心配だが、少なくとも呼吸器に関しては問題ない。


 こんな状況になってもこの町は不気味に活動を続ける。引き籠っている住人たちは外の様子を見るためにカーテンを開けたりしているようだが、五香たちがそれに気付くとすぐに視線を切るように再び閉めてしまう。


 さておき、どうにか崩壊し終わったセントラルビルに戻ることができた。もはやそこに高層ビルがあったことなど忘れてしまうほど、無残な瓦礫の山になっている。


「で。来たはいいのだけど」

「役立たずだよなァ……私たちは」


 ジョアンナと五香は二人して死んだ目になっていた。その目線の先には、粉塵が間欠泉のように吹き上がる異常現象。


 否、物凄い勢いで山を掘り返すメルトアだ。


「ドクター! すぐに助けるからなー!」


 などという声が聞こえている。


「よく考えたら瓦礫に潰されたら普通に死ぬし、瓦礫に埋もれたら脱出できない私たちはそもそもここに近付くこと自体が間違いなのよね」

「だよなァ。なんで何かできることがあるんじゃないかって錯覚しちまったんだろうなァ」

「……ま、いいわ。まだ話は終わってないし。私の用事はともう一つ。五香。もう一度見せて」

「ほら」


 五香はポケットから小物を取り出した。シルエットは球体状で、ピンポン玉より大きくテニスボールよりやや小さいくらいの直径だ。

 継ぎ目があり、無骨にネジでところどころ留められ、見るからに機械という感じのフォルムをしている。

 ボタンと液晶が表面にあるが、これらは五香が何度弄っても反応することはなかった。


 ジョアンナはそれをしげしげと眺めながら口を開く。


「それが脱出手段なのよね?」

なァ。今はうんともすんとも言わないから

「壊れてるの?」

「……判別できねーなァ。なんせどれだけ弄っても一切反応が返ってこないんだから。仮に壊れてたとして初めて見る機械じゃ壊れてるかどうか、なんてわかるわけないしよォ」

「……じゃあ私たちにはどっちだったとしても、同じことね」

「いや。アテは一応ある」

「アテ?」

「幸いと言っていいかどうか、これに使われてるネジは市販されてるプラスドライバーで緩められる。多分中身にもそこまで不条理なオーバーテクノロジーは使われてない」

「……実質的な転送装置よね?」

「あー。んー。ジョー、日本に住んで長いんだよなァ?」


 急に話題が変わった。不思議に思いながらも、ジョアンナは嘘を吐かずに帰す。


「……少なくともあなたの年齢の二倍じゃ足りないくらいは暮らしているわよ。それが?」

賢人種サピエンスが唯一真っ当に他の種族とタメ張れるレベルの特徴って何かわかるかァ?」

「ないでしょ」


 ジョアンナは断言した。身体的に、賢人種サピエンスが他の種族に勝っている点など探す方が難しい。


 五感と超能力なら森精種エルフに大敗する。

 耐久度でも邪鬼種イビルとは比べ物にならない。

 混竜種ドラゴニュートとはもう論外だ。


 それが他種族から見た賢人種サピエンスの印象。別にジョアンナが特別に賢人種を見下しているのではない。単にひたすらどうしようもないだけだ。


「技術力さァ」


 五香のその言葉を聞くまでは、それがジョアンナにとっての常識だった。


「……は? 技術? いや、私たちとあなたたちでそこまで差があるとは……」

「日本のマスコミの傾向の一つに『連結世界側の情報をあまり流さない』っていうのがあるんだけどよォ。理由は『それに興味を持つ日本人があんまりいない』ってシンプルなものなんだけど。超ザックリ言うぜェ? 。進んでるのはこっちの世界の方さァ」

「……えっ。真実マジ?」


 それは完全に初耳だった。

 思えば世界を跨ぐと電波を届ける方法がかなり限定的になるので、あちら側の家族と話したのももう何年前になるかわからない。


 というか、そんなこと定期的にあちらとこちらを行き来しなければ知りようがない。

 そのような生活をする者はかなり限られているだろう。


「特に私たち賢人種が必死に向こう側に渡すまいとしている技術の代表が、このリバース新宿歌舞伎町三丁目みたいな『空間操作技術』でよォ。歴史の授業で知ってるよなァ? 私たちの次元渡航技術の祖、ライト兄弟だって賢人種だってことは」

「そんな名前だったかしら」

「ジョーの歴史知識のガバさは後で修正するとして。ともかく私たち賢人種は本当に必死なのさァ。向こう側に過度に技術を渡すまいって。その尊い防諜の甲斐あって、空間操作技術は明確に『賢人種独自の強み』ってことになってるのさァ」

「……知らなかったわ。本当なの?」

「というかジョーは思い知ってると思ったんだけどなァ。ほら。バリアとかだって『空間をある法則性で囲う技術』なわけだしよォ」

「バリア……?」


 そんなものに触れたことあっただろうか、と一瞬考えてすぐに思い至る。あの五香とは顔以外まったく似ていないクソ公僕のことを。


「あー……思い出したくないもの思い出しちゃったじゃない」

「人の身内をトラウマみたいに話すなよォ……悲しくなる」

「もしかしてアテって、あのカス……じゃなくて四麻のこと?」

「まあ騙くらかせば最悪そっちでもいいかなァ、とは思うけど危険だしよォ。そもそも本職じゃないから本格的な修理はできそうもねーし」

「じゃあ誰よ」

「それは……」


 そこで相談は中断された。ジョアンナの方が、ふと気付いてメルトアの方へと顔を向けたからだ。


「……見つけたって聞こえたわ」

「え。私には何も聞こえてないぜェ?」

「結構深いところまで埋まってたみたいね。ちょっと下がっておきましょうか」


 え、と五香が言う間もなく。

 山の一部が爆ぜた。


 轟音、粉塵、瓦礫を天高く撒き散らしながら王女が凱旋する。

 その両手に何かを持って。


「見つけたぞー! よかった。上手く防御できていたようだ! 幸いにもぞ! やったー!」

酸鼻キショいから見せなくていい……ああ、いや見せないで! 本当にイヤだから!」


 ひとまずこれで、別行動を取っていた四人がやっと揃うことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る