第123話 ※名推理

「いやー! 間に合ったけどやっぱりビル崩落に巻き込まれたのは本当にキツかったねー! あははははは!」


 掘り返された直後はすり潰された人体だったのが、数秒経つだけで元の小柄な美少女に戻るのだから邪鬼種イビルというのは本当に脅威だ。


 ケラケラと笑うドクターは五体満足で、指一本すら欠けていない。慣れるともはや寒気を覚えるを通り越して笑うしかない。


 ただ流石に服は無事では済まないので、破れと痛みと粉塵とでボロ布同然になっていたが。


「ドクター。着替えもちゃんと買ってきたぞ。着ろ」

「ありがとメルトア……ってスカートじゃん。ホットパンツかショートパンツかがよかったな。ウチって割と足技も使わないでもないし」

「ジョアンナがコレが可愛いからいいんじゃない? って」

「……しょーもない嫌がらせするなー。年齢考えろよ」


 嘲笑混じりの明らかに神経を逆撫でする言葉。

 それに対してジョアンナは


「気に入らないのなら着なくていいわよ?」

「ん……?」


 逆切れするでもなく、何故か上機嫌だった。どこか誇らし気に笑っているというか、そう。

 マウントを取って明確に優位に立っていると言わんばかりの態度だ。


「……なに? 別にスカートくらい普通に履けるけど?」

「ええ。でしょうね。別にいいわよ、それで。ささやかなプレゼントだもの、

「……あー? まあ、いいや。キミは今はどうでもいい。それより」


 どこか釈然としないながらも、ドクターは視線を五香の方に向ける。


「さてと。どこから話そうかなー」

「あの急斜面滑走ならそこまでバカなことをしたとは思ってないぜェ? 最悪の場合、助けられるとは思ってたし」

「ん? いやそっちの話じゃなくて」

「ほら。コバヤシの毛並みの中に米粒で盗聴器を貼っ付けたのフ……裏っちだよなァ? これで一方的とは言え、そっちに情報が抜けてるのはわかってた」


 メルトアが『そんなものがあったのか!?』と驚いている傍で、ドクターはどこで話を遮ろうかと頬を掻く。

 今そこは重要じゃないのだが。


「あと五感に優れてるジョーはさっさと独自に外に逃げ出して、後に残っている私たちをどこか安全な場所……ビルの倒れ込まない逆面側の高い場所で見守っているだろうなと当たりは付いてた。後はもうギャンブルとしては勝ちの目の多いヌルゲーさァ。

 裏っちならパンプキンキャンディーのあのクッション型接着剤がこのビルのどこかにある可能性に絶対に気付く。ジョーなら遠隔でそれを自在に撃ち抜いて起動できる。誰か一人が途中で落ちたとしても墜落死の目は絶対になくなる……かも、という可能性があるだけかなりマシな類の命懸けってわけさァ」

「……正直真っ当にメルトアとコバヤシを利用しての内部階段を利用した王道脱出の方が簡単だった気がしないでもないけど……」

「ごめん。正直、コバヤシはカーブする度に振り落とされそうだったし、メル公もいつ転ぶかわかったもんじゃなかったしで気が気じゃなかったというか……単純にそっちの脱出方法ってのと、一度でも私たちが怪我したらそれ以降メル公の精神がグズついて脱出どころじゃなくなるかもっていう可能性があったから……よォ」

「それだけ?」

「……笑わないで聞いてくれよォ? 何か……あのビルに入ってからずっとうっすら外に出たかったというか。これ以上探索したくなかったというか……勘……みたいな……いや。多分、パノライラにふっ飛ばされて心のどこかでビビってたのかもしんないなァ。ごめん」

「……ふーん」


 ドクターは多少オカルトが入っている推論に行きついた。

 ジョアンナも、うっすらとそれの輪郭を掴んだ。


(……お姉さんがこのビルのどこかにいるかもしれないって予感があったのかもしれないなぁ。まあ、ゲームを通してずっと仄めかされていれば……さもありなんかな)

(本当に五香に言わなきゃダメなの? あの質問は、あまりにも残酷すぎる)

「キミのお姉さんの死体がビルの中にあったよ!」

「地獄に堕ちろクソガキ!」


 流石にマウントもクソもなくなり、ジョアンナはドクターを罵った。

 そしてすぐに五香の反応を案じる。


「……五香?」


 。すべての感情が読み込めない無表情で、棒立ちしていた。

 先程まではばつが悪そうに自分の作戦の弁明をしていたというのに、その痕跡すら感じさせない。


 声も上げない。『は?』とか『なんだって?』とかは言いそうなものなのに。


 明らかに処理落ちしていた。ジョアンナは、彼女と出会ってから一番の恐怖を感じる。まるで彼女が壊れてしまう前兆のように感じて。


「五香! ちょっと! しっかりして!」

「で。色々調べた結果として、ウチらが訊きたいことは一つだ」


 だがドクターは躊躇しない。お構いなしに、自分の都合だけで話す。


「キミさぁ。ウチらのことを利用しようとしたよね?」

「……なっ!?」


 ジョアンナは絶句する。それはそうだろう。事前に彼女に投げかけるはずだった質問と


「ちょっと思い出してみたんだよ。四麻さんと電話する前のことだったかな。ウチらちょっと揉めたよね? クレア・ベルゼオールの処遇について。内容は要約するとこうだった。

『ゲームをクリアするだけならクレア・ベルゼオールと脱出手段を確保するだけでいいが、それだけだとリバースの真意がわからない。さてどうしようか』

 ピストルちゃんは『そんなのゲームクリア後でいくらでも調べればいい』という立場。五香ちゃんは『ゲームクリア前に調べたい立場』だった。ウチもどちらかと言えば五香ちゃんに賛成だったから、あのときは疑問に思わなかった……いや。

「……何よ。私は賛成できなかったけど、疑問に思うところなんてどこにも……」

「キミは五香ちゃんに惚れこんでるからねぇ。そういう反応するだろうなーとは思ったけど。でも冷静に、客観的に考えてみようよ。あの場で『後でいくらでも調べればいい』って発言したら、普通はどういう意味に捉えられるか」

「……そのまんまの意味でしょう?」

「いや。絶対違う。普通はね、あれは社交辞令と似たような意味になるんだよ。調べたいと言っているのが五香ちゃんでなかったら真意はこうなる。だ」

「……それは」


 ならない、とは言えない。

 いや、ジョアンナならイヤなことはキッパリイヤと言うだろう。『そんなの知ったことではない』と正直に言うだろう。


 だが、そういう意味も持ち得るという理屈は納得するしかない。


「ピストルちゃんが最終的にした質問で、キミはこの議論を打ち切った。質問の内容はシンプルだったからよく覚えてるよ」


『……ねえ五香。あなた、何を焦ってるの?』


 それはジョアンナも覚えている。

 こう聞いた途端、五香はしどろもどろになって議論を打ち切り、ひたすら真意をひた隠すように振る舞った。


「さて。ここまで言えば、ウチがどういう意図で最初の質問をしたのか。わかるよね? わからないとは言わせないよ? そんな嘘を吐いたが最後、胴体もろとも叩き斬る」


 直後、笑顔のドクターの身体から殺意がぬるりと顔を出した。

 底の見えない闇のようで、見ているだけで窒息しそうな濃度。まるで周囲一帯、水平線しか見えない夜の海のような質感だ。


 その瞳を見るだけでよくわかる。ドクターの言葉に嘘はない。ここ数日一緒に過ごした五香の命のことを心底本当にどうでもいいと思っている。


「ウチらを利用しようとしたよね? だって、ウチらの協力を何の対価もなしに得られるのは同じゲームに巻き込まれている。そのことに頭のいいキミは気が付いてしまった。だからキミはピストルちゃんが『後で調べればいい』と言ったときに心底焦ってたんだよね?

 ぶっちゃけて言えば、ウチもピストルちゃんも、メルトアも戦力としてはあまりにも有用すぎる。対してキミは賢人種サピエンスだからあまりにも非力だ。しかも、いくら有名だからとは言え高校生だから決定的なところで権力がない。

 さあ、質問を繰り返そう。

 ウチらを利用しようとしたよね?

 ウチらを利用しようとしたよね?

 ウチらを利用しようとしたよね?」


 言葉を聞くだけで、その冷たさに体温が奪われる心地だった。

 あまりの仕打ち、あまりの言い草に、ついにジョアンナは激昂する――



 直前。あっさりとした自白が聞こえた。


「は……?」

「概ねその通り。私は、大事なことを黙ってた。ごめん」


 それは。

 それはあんまりな発言だった。

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