幕間 ガンスリンガーの始祖

 ジョアンナ・バレルフォレストは連結世界内のどこにでもある森精種エルフの集落の一般家庭で産まれた。


 特に家系に誇らしい血筋や歴史があったりはせず、極普通に育ち、極普通の期待をされ、多少反抗グレはしたがそれも善良な一般市民の域を出ず、就職進路も森精種エルフとしては極めて一般的な狩人にした。


 森精種はその長い寿命の代償として身体の発達速度は極めて遅いので、家の手伝いレベルではない公的な仕事を任せられるのは百四十歳を超えてからだ。

 それでも賢人種で言えば中学生程度の身体の体格しかない。ジョアンナもそれは例外ではなく、狩人の仕事では確実に弓矢を渡される。

 遠距離武器のメリットは殺害対象の臭いが付きにくいことだ。数ヶ月すればジョアンナの鼻でも死臭がわからなくなるくらい薄れる。


 最初のころはそれを使うことに異議は無かったのだが、ふと『銃器』という概念を知ってからは疑問に思うようになった。


「……狩りなら銃を使った方がいいのでは?」


 当時、既に森精種エルフの世界でも鉛中毒の概念はあったのでジョアンナも『食肉用の獲物に銃器を使う』という発想はしなかったが、何も狩人が狩るのは食べるためだけではない。


 始点世界と比べれば、連結世界は極めて危険だ。害獣が多いので戦闘員が何人かは常駐しなければならない。その役目を食糧調達と兼任で行うのがジョアンナの選んだ狩人という職業だった。


 だが、最初に銃器を使うことを提案したときは先輩方に鼻で笑われた。理由は色々とある。そもそも鉛中毒が起きるのはそれに当たった半矢の獲物だけではない。片付けることができず散乱した鉛玉を胃石にするつもりで食べた水鳥を始めとする他の野生動物も犠牲になる。


 ついでに弾丸は早すぎて、命中補正に狩人が使う精霊の加護が一切効かないとされていた。


 総合してジョアンナの提案は『バカなガキの出したバカのアイディア』と一蹴されたのだ。


なるほどクソボケどもが勉強になりました私に指図をするな! 流石は先輩たちですねそんなクソ以下の論理クソ食らえよ!」


 ジョアンナはブチ切れた。

 無理、とムカつく先輩に言われれば無理ではないと証明したくなる。


 まず始点世界の銃大国、アメリカに飛んだ。鉛ではない無毒の弾丸を作るためだ。

 銃そのものは作ってくれたが、弾丸の方は満足するものが出来ず、パッとしなかった。

 次に、当時昭和の時代だった日本に飛んだ。ついでに始点世界を観光する目的でしかなかったが、ここでとある重工の令嬢と知り合いとなり、金属に関する知識とコネを得た。

 もう顔も覚えてないが、これが決定打となり銃の無毒化に成功。


 故郷へ戻り、狩人へと復帰した。先輩たちの視線は極めて冷ややかだったが、ジョアンナはあえてそれを放っておいた。


 どうせ見返すのだから。


「先輩! 今日は南の森のクリアリングを終えました! ええ、もちろん私一人でです! ヌケヌケと後からご苦労様です!」


 先輩その一が辞めた。


「先輩! フェアリーグリズリーを百体程狩ってきました! これで冬の食糧不足は解決ですね! え? 中毒が心配? 先輩の鼻と舌は飾りでしょうか!? 無毒です!」


 先輩その二が辞めた。


「先輩! 後輩たちに銃器の使い方を教えているところです! 先輩たちもどうですか……え? 時間の無駄? お前に教わることなんかない? なるほど! では勝負しましょう! 私の指導する後輩軍団と、先輩たちの旧式弓矢部隊のどちらが効率的に害獣を狩れるのかを! 罰ゲームとして負けた方が土下座するとかどうです? 楽しいですね!」


 先輩がごっそり辞めた。

 そして、狩りには銃器が主に使われるようになった。生産と配布には相当の金がかかったらしいが、ジョアンナが実績を示したお陰でそのあたりはジョアンナよりも偉い人が全部どうにかしたらしい。


 また、投射武器全般の命中補正を司る精霊の加護が銃器には通用しないというのは誤りだった。ジョアンナがそれを実践し、体系付け、どうすればできるのかを詳しく記した指導書を作成したことで、森精種エルフ全体の軍事力は三割以上増したとも言われる。


「……ん? あれ? おかしいわね?」


 ジョアンナ・バレルフォレストが百七十歳を越えたとき、彼女は自国の王城に呼ばれていて、そこで勲章と森精種エルフの秘宝の一つである神器『矢筒の外套』を受け賜わった。


 恭しい礼をしながらそれを手にしたとき、やっとジョアンナは気付く。

 思ったよりも大事になっているな、と。


 かくしてジョアンナ・バレルフォレストは故郷では知らぬ者のいない歴史偉人の一人となり、少し居心地が悪くなった。


 故郷の今まで喋ったことも無かったような偉い人が、こぞってよくわからない大仰なエリート集団にスカウトしてくる。


 それに、自分の身体が臭くなっていた。いかに遠距離攻撃しかしていなかろうと、千体も二千体も殺し続けていればさもありなんと言ったところだろう。


「臭み抜きしたいわね」


 ジョアンナは丁重に、丁寧に引き継ぎ作業をした後で故郷を後にした。

 大好きな母親も連れて行きたかったが、彼女は故郷を離れることを怖がっていたのでついぞ連れて行くことができず、結局彼女は一人で始点世界へと降り立つことになってしまった。


「ようし、新生活ね! 頑張るわよー!」


 何度か始点世界、特に日本には旅行感覚で滞在することはあった。

 それでも、本腰を入れて住むと決めると新たに様々な苦労があるものだ。


 それらすべての問題を持ち前の反骨神でブチのめしながら、どうにか四十年生き抜き、銃の撃ち方もうろ覚えになってきたころ――


「……あら?」


 気が付くと不気味な樹海に、矢筒の外套を着た状態で放り出されていた。

 これが始まり。そして、特に感慨も後腐れもない、ジョアンナ・バレルフォレストの人生ものがたりだ。

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