第65話 ※東京の英雄再び
「……メルトア様。さっき言ってた空飛ぶ絨毯に乗ってた何某って、どんな人でした?」
ジョアンナが顔を引きつらせている。その様に気付かないメルトアは、無邪気に答えた。
「和服でキツネ目の美人な賢人種と、珍しいことに全身が角まで真っ白な邪鬼種だったな!」
「……!」
声には出ていない。出ていないが、顔には思い切り出てしまった。
(こンのアホ王女ッ!)
だがメルトアに初見でそれに気付け、というのは無理な話だろう。彼女が見たのは画質がそこそこ荒い写真一枚だ。しかも偶然出会ったその人が標的だと思えるかどうか、この場にいる全員に怪しい。
強いて言うなら自力で彼女を見つけ出した五香なら可能だろうが、五香の場合は戦力不足でどうともできない。
「……いや。でもこれ……お手柄かもしれないわね。ちゃんとした設備を整えた上で電話をかければ逆探知で居場所を特定できるかもだし。ね、五香」
「ええとゼロ……キュー……ゼロ……」
「何早速かけようとしてるのよ!?」
ジョアンナが驚愕して間もなくコール音が鳴り始める。既にスピーカーにしているようで、周囲に丸聞こえだ。
「そんなことしてる暇あるかァ? この町にいることはもうわかってんだ。ちゃっちゃか電話してちゃっちゃか待ち合わせ。んで音速で拘束して町から出んだよォ」
「そんな簡単に行くかしら?」
「……つーか話は思ったよりトントン拍子かもしんねェ。あのメルトアの大暴れを見た上でこんなモン渡してきたってことは、弁償なんて建前でただ単に話したいだけって考えるのが自然だァ」
「あ」
ジョアンナはやっと気付いた。
そうだ。外にいたというのなら、メルトアの大暴れを目の当たりにしたということに他ならない。
むしろジョアンナも最初は心のどこかで『怪しい』と思っていたはずだ。あまりにもうまい話だったから頭から抜けていただけで。
相手は危険そのもののメルトアに声をかけた。何か企んでいると考えるのが自然だ。ならば、そこを逆手に取れば――
やがてコール音が収まり、少しの空白の後で女の声が響いた。
『はいはーい! どちら様ですかー?』
ん? とその場にいるドクター以外の全員が僅かに顔をしかめた。
(……どこかで聞いた喋り方のような……?)
「ええと、さっきあなたの大事な物? を破壊した者の保護者なんですけどォ。お詫びのために電話した次第でしてェ」
『あ。その喋り方、いーちゃんですね?』
「んっ?」
――いーちゃん?
その呼び方をする人間のことを知っているのは、五香以外ではドクターだけだ。
「あれ? 五香ちゃん、八重ちゃんに電話かけたの?」
「い、いや。ちゃんとクレアの電話番号にかけたはずだけど」
『……ああ! アハアハ! なるほど、あなたも彼女のことを追ってたんですね! ちょっと腑に落ちました!』
ガチン、と五香の頭の中で何かが嵌まった感覚。
この声の主はクレアではない。五香の良く知っている喋り方。つい最近聞いたばかりの声だ。
「……四麻叔母さん」
『気付くのが遅ーい! まだまだ修行不足ですねぇ、いーちゃんも!』
途端、その場の気温がゾッと下がった気がした。
彼女に散々虐められたメルトアは、反射的にジョアンナの後ろに隠れてしまう。ジョアンナよりメルトアの方が遥かに背が高いので、少し面白い絵面になってしまっていた。
「……この携帯は間違いなくクレア・ベルゼオールの携帯だったはずだァ。何で四麻叔母さんが出て来る?」
『ああ、やっぱりクレアなんですね、コイツ。ビックリしちゃいましたよ』
「傍にいんのかァ」
『バッチリ捕まえました!』
開いた口が塞がらなくなった。
「……あ、な、何?」
しばらくの沈黙の後そう訊くと、尚も空気を読まない四麻の声が響く。
『バッチリ捕まえたので安心してください! 悪は! 滅び去ったので!』
「はあーーーッ!?」
聞き間違えでも言い間違えでもなかったことを確信し、五香は思わず叫んでしまう。
『あ、ところでいーちゃん。ここ入ったはいいんですけど、出方がわからないんですよ。出口、どうやったら再び出現するか知りません?』
「こっちだってそれを調べてる最中……待て。そういえば四麻叔母さん、どこから入ったんだァ?」
『ちょっとトリッキーに出口から入ったんですけど……何か今は開いてないんですよね。閉じちゃったというか、消えちゃったというか』
今は要領を得ないが重要なヒントに成り得る話だ。脳の奥隅に急いでこの会話を叩き込み、更なる情報を引き出す。
「いつの話だァ?」
『ついさっきですけど……それが?』
「……太陽は出てるかァ?」
『さっきからずっと真っ暗闇ですよ。電灯は明るいですけど。何なんですかね、この空間』
メルトアの戦闘に関しては認識していない。
つまり本当に来たのはついさっきのようだ。重ねて、この歌舞伎町三丁目の入口は今、五香たちがたむろしている場所の近くにあるゲートのみ。
四麻の出口から入った、という話は信憑性が上がる。
『ま、いいです。知らないのならこちらでも独自に調べますので。ちょっと予想以上の大捕物になってしまいました。出口がまた開き次第、このクレアを連れてちゃっちゃと町から出ちゃいますね』
「え? 四麻叔母さん? それってどこに連れてくつもり……」
『詳しくは言えないんですけど……彼女みたいな特異テロに関わる重犯罪者を一時的に収用する施設があるんで、そこですかねぇ』
「だから、どこだァ!?」
五香の権幕に若干押されながらも、四麻は角が立たない範囲で答えた。
『高尾山の近くですかねぇ。これ以上はちょっと……』
十分だった。
十分過ぎる程、最悪の情報だった。
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