第64話 ※勝利条件の確認

「いい機会だし、勝利条件の確認する?」


 五香を叱るジョアンナに割り込み、ドクターはその場を仕切りなおす。涼風と名乗ったヤクザ崩れのツナギの女は、気絶はしていないがジョアンナの怒気にやられて呆然自失だ。

 この状態ならリバースの規制に引っかからずにゲームのことについて話せるかもしれない。元からリバースに利用されていることを話さなければ平気な可能性もある。


「そうね。私たちが元々ここに来たのは、クレア・ベルゼオールを捕まえてあそこに連れて行くためだもの。出口を見つけただけでは不十分だわ」

「言うだけなら簡単だけど、だからこそ忘れがちになっちゃう。ウチらの短期的な目的は大きく分けて二つ。クレア・ベルゼオールを確保すること。出口を確保すること」

「クレアは邪鬼種イビルだから何発発砲ブチ込んでも死なないっていうのは楽でいいわ。見つけ次第問答無用よ。最初からふっ飛ばしてやるわ」

「……別に間違っちゃいないけどさ……」


 ジョアンナの語った予定に、ドクターは歯切れ悪くなった。あまり手放しで賛成したくはない、と続けんばかりだ。


「どうしたの?」

「いや。相手は世界的犯罪者だから何かされる前に仕留める、というのは確かに。そこはウチもあまり反対はしたくないよ? 本当に。でもさ……」

黒幕リバースの目的がそれじゃわからず終い……ってことだろォ?」


 ジョアンナに叱られ、しおれていた五香がいつの間にか立ち直り、口を挟んで来た。もう気は済んだのか、ジョアンナはそれに何とも言わない。むしろ興味を示した。


「アイツが何でクレアを捕まえたがってるのか。その理由が未だに不明ってのは気持ち悪い。手掛かりらしい手掛かりもないわけだしなァ。件のクレア以外には」

「……吐かせたいっていうの? クレアをアイツに引き渡す前に」

「できりゃーなァ」

「反対よ。拷問するってことは相手に救出の隙を与えるってことだし。そんなことをして二十三区の外に逃げられたらそれこそ悲惨だわ」

「真相がわからず終いなのもそこそこ悲惨だって思ってはくれんだなァ」


 ふとジョアンナは、五香の言い草が若干刺々しくなっていると感じた。

 文面で見るとそうでもないが、声色にどこかジョアンナの言動を激しくあげつらうような調子がある。


「……五香? ちょっと怒ってる?」

「あん? いや別に。そんなことねーけどォ?」


 怒っているヤツの言動だ。

 だが消極的なジョアンナに怒っているというよりかは、目的地に行けそうで行けないことに苛立っているという感じだ。


 焦っていて、急いでいる。


「五香。あのね、アイツのことを調べるのならそれこそ、このデバイスを取り外してからでも遅くはないでしょう?」

「だからミッションを真面目にこなして、素直に外して貰おうって? アイツがそんなことをする保証なんざねーだろォ。ミッション中の時点で逆らえそうなら逆らっておくのも悪かねーはずだァ」

「……ねえ五香。あなた、何を焦ってるの?」

「ッ!」


 図星を真正面から突かれたようで、五香は何かを反射的に口に出そうとする。

 だが、それらすべてに理屈がくっつけられなかったようだ。彼女は理性的に過ぎる。いざというときに衝動的なだけの言葉を紡げないようだった。


 歯を食いしばり、目を閉じ、腹の中の何かを冷却して――


「ごめん」


 五香はそれを言うのがやっとだった。


「いや別に。冷静になって欲しいわけじゃないのよ。何を焦ってたのかを喋って欲しいの」

「……焦りもすんだろォ? 目の前にやっと転がってきたチャンスだぜェ?」


 ――あ、これは喋る気ないな?


 むしろ冷静になるような質問を浴びせかけたのが失敗だったとジョアンナは気付く。そしてすぐに腹立たしくなった。

 この期に及んで、五香は一線を越えさせない。死線を共に潜り抜けた仲間にすら。


「五香、あなたねぇ……!」

「みんなー! 冷めたぞ! 冷めた!」


 真面目に叱ろうとしたところで、メルトアの声が聞こえて来た。

 そこで議論は中断させられてしまう。全員がメルトアに気を取られ、そちらに目を向けてしまった。


「メル公?」

「名刺入れが冷めたぞ! これで誰でも中身を見れるはずだ! ずっとふーふーしてたからな!」


 先程からずっと口を挟まなかったのは、件の名刺入れを必死に冷ましていたかららしい。

 しかし、それどころではなかったから詳しく聞いていなかったが、この名刺入れの出所は謎が多い。何かの罠ではないだろうか、とメルトア以外の全員が怪訝に目を細める。


「ええと、開け口は……ここか? お、開いたな! ドクター! 読んでくれ!」


 罠ではなかったようだ。メルトアが逡巡する年上たちをよそに、さっさと中身を取り出してしまう。


「連絡しろって言われてもなぁ……何かを弁償させられるだけなら、ウチらがわざわざ出向く意味が……ッ!」

「ん?」


 その名刺に目を通した途端、ドクターの様子がおかしくなる。

 しきりに目をこすり、何度も名刺の文面を確認し始めた。確認する度に、信じ難いと言うようにしかめっ面になっていく。


「どうしたの?」


 思わずジョアンナが訪ねると、ドクターはその名刺をジョアンナに無言で差し出した。ほんのり温かい、つるりとした質感のそれを受け取ったジョアンナは――


「は?」


 同じく目を疑った。


『獄死蝶中心幹部・兵器運用部門担当

 クレア・ベルゼオール

 TEL・090-****-****』

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