第54話 ※本気ギレ王女
「あっあー! あっあっあー! マイクテスト! マイクテストー!」
空から聞こえるのは、あのパンプキンと同じ女性の声。
詳しい場所はわからないなりに、四人は空を見上げて瞠目する。
ホテルの屋上。激安の殿堂の屋上。その他入ったことがないので何の建物かもう覚えてないビルの屋上。
そこから化生山吹の大群がこちらを見下ろしていた。
欄干に殺到し、身をこれでもかと乗り出している人形たちに笑う余裕もない。
一体一体がメルトアでも破壊に手こずる強力な個体。それが五千体。悪夢だとしても趣味が悪すぎる。
「さて。先に言おう。化粧山吹の操作権には儂の意思の介在する余地は存在しない。せいぜい、このように声帯マイクを借り受ける程度が関の山よ。楽しい時間だったが、残念ながらお主らはここで終いだ」
ククククク、と笑い声が複数聞こえる。
ご丁寧に、こちらを見下ろすすべての個体が別々に笑っている。
こちらを明確に見下すためだけに嘲っている。
「しかし迂闊極まれりじゃったのう、明智四麻! 入ってすぐにホテルにチェックインしたのは良かったものの、それ以外は極めて消極的な情報収集! らしくない! 実にらしくなかったなぁ!」
「……クソ……!」
五香は言われるがままだ。もはや訂正する気にもなれない。
だがドクターはこの絶望的な状況下でも、まだ余裕を顔に取り繕う。
「ははっ! バカだなぁ。まさかウチらがこんなのをまともに相手にするわけ……!」
「下手なハッタリはやめよ。逃げられんのじゃろう? そこな森精種のせいで」
「……」
「ん? ジョアンナがどうかしたのか?」
ドクターが黙り、代わりにメルトアが質問を引き継いだ。
それに彼女は更に笑う。
「アハハハ! バカめ! 何でその女をわざわざ殺さずに置いたかわからないのか?」
「……死体なら放置すれば逃げられる。でも生きていれば置いていくのに見捨てるという心理的圧力がかかるから……だろォ?」
「何だ。わかっているではないか!」
俯いて答える五香に、声は非常に上機嫌だった。
兵法の基本中の基本だ。倫理観や道徳を置いてきぼりにすれば、相手の兵は殺さずに『治療しなければ死んでしまうかも』くらいの負傷で放置した方が負荷は大きい。
それはむしろ倫理観や道徳を重んずる集団にこそ有効に働くプレッシャーだ。
「無論、見捨てたところで逃げられるかどうかは不透明じゃがのう! そういう追い詰められた人間の本性……? みたいなのも大人気でのう! 逃げても撮れ高あるし、逃げなければ美しくて尚撮れ高があるのじゃ!」
「……下衆ね。
「……ム。つまり、何か? お前はただ余らの足を止めたいがためにジョアンナをボコったと。それだけで?」
メルトアの質問に、鼻白むような対応の声が響いてくるのに時間はかからなかった。
「まあ、そうじゃな。わかりきったことを聞くな。子供でもあるまいに」
「……そうか」
「ああ、理由はもう一つじゃな! ただ単純に、一番汚して楽しそうなのがそこの森精種だったから! 十分すぎる理由じゃろう?」
「……そう……か……」
わずかにメルトアが俯き、ずっと戦ってきていた目前の化生山吹から目線を外してしまう。
その隙に、目前の山吹は渾身のストレートをメルトアの顔面に叩きつけた。
メルトアの巨体は抵抗する間も、悲鳴を上げさせる間もなく、背後のビルの壁に叩きつけられる。
「メル公ッ!」
血飛沫が上がったようには見えなかったが、メルトアはその一発で沈黙し、その場に座り込んでしまった。
「仲間の心配をしている場合かー?」
ドカドカと音を立てて、屋根の上から複数の山吹が落ちて来る。
そして、五香たちを囲んで逃げ場を塞いでいく。
状況はほとんど詰みだった。仮にこの場から逃げきれる策があったとしても、まだジョアンナは動かせない。
見捨てられない者がその場にいる以上、迎撃するしかないが、そんなことをしても勝てるイメージが一切湧かない。
「五香! 何か策があるのなら実行しなさい! 私の生存は後回しでいいから!」
「ふざけろ! ここまで来たらそんなこと言えねェ! 生きるにしても死ぬにしても一緒に決まってんだろォ!」
「おバカ……!」
「あー。二人とも、イチャついてる暇ももうないみたいだよー」
ドクターが二人にそう知らせた途端、化生山吹たちは四人を始末せんと駆け寄ってくる。
ジョアンナはそれを一瞬でも抑え込もうと銃を構えるが。
(……意味がある?)
徹底的に刷り込まれた無力感が、その挙動を止めてしまった。
冷静に考えれば、混竜種をモデルにした人形に銃が効く道理がない。
一体だけならともかく、それが何体もいれば猶更だ。
「ジョー……!」
だが、そんな逡巡に意味はないと思い知らされた。
五香がジョアンナの身を守ろうと、その身を挺した瞬間にくだらない理屈は崩れ去る。
(……バカね、私は! 勝てないなら戦わないの!? 違うでしょう! 守りたいから戦わないといけないのよ!)
銃を握る手に力を入れなおし、引き金に手をかける。
だが――
「……ちくしょう……!」
右腕を、化粧山吹に抑えられた。
そしてその凶悪な握力で、右腕の骨が軋み――
◆◆◆
「あ、ダメだな。もう我慢できない」
この町は、メルトアの逆鱗に触れた。
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