第53話 ※迫りくる絶望と呼ぶがよい!

 闇の中で、銃声とは違う種類の破裂音が響いている。

 パン、パンという音の壁を越えた鞭のような音だ。


「……ん……?」


 気を失っていたジョアンナは身動ぎする。

 最初に認識したのは、自分が寝ていたという現状。

 それだけで十分だった。すぐに上体を起こし、目を開き、マントの裏の銃に手を添える。


「うわっ!?」


 傍に座り込んでいた五香の声。

 すぐに振り返り、矢継ぎ早に質問した。


「どのくらい寝てた!?」

「ご、五分くらい……?」

「あの銀色ヒーロー気取りは!?」

「今メル公が戦ってる」

!?」

「数? ええと……」


 そこまで聞けば十分だった。またミスリードをしているらしい。

 すぐに立ち上がり、一歩踏み出そうとするが、身体中がズキリと痛みまともに動けない。すぐに座り込む。


「痛つっ……!」

「ジョー!」

「はいはーい。ドクターストップでーす。それ以上動いたらせっかく塞いだ傷口が広がっちゃうよー」


 五香とは別方向。シャッターに背を預けて座り込んでいるドクターが見えた。


「いやー。酷い状況だったねぇ。擦り傷、切り傷、打撲、内臓は無事だけど骨にヒビは入ってたなー。応急処置はしたけど」

「応急処置? あなたドクターはドクターでも前職は博士って……」

「治療、チョットデキル」

「そういうスラングは知ってるのね……って、何これ。傷口がぬるっとするんだけど」


 傷があった場所に触ると、そこに包帯やガーゼは巻かれてはいなかった。代わりに少しぬめりのある透明な物質に覆われている。

 少し摘まむと伸びて、離すとゆっくり元に戻り、多少の弾力があることがわかる。


 未知の感覚だ。ドクターはジョアンナの様子を見て首を傾げ、どう言おうか逡巡し、辛うじて一言だけ絞り出した。


「……医療用スライム?」

「疑問調なんだけど。大丈夫なんでしょうね?」

「傷が塞がったら勝手に消滅するし、包帯やガーゼよりも衛生的だよ。傷の治りも早くなるしね」

「謎物質じゃない。本当に大丈夫なんでしょうね?」

「ウチ以外の人間に使ったのはメルトア以外だと初めてだなぁ」

「私でサンプル二例目か……!」


 大丈夫ではないようだ。他人に使ったことがあまりない能力ほど不安になるものはない。

 だが、今は構わない。ひとまず止血はできているようだし、痛みも我慢できない程では到底ない。


「あ、無理する気? 大丈夫だよ。ほら」

「ん?」


 ドクターが指を差す方を見ると、先ほど自分を叩きのめした銀色の人形がメルトアと戦っているところだった。

 両方共に凄まじい速度だ。人体が出せる限界を遥かに越えている。先ほど聞いた破裂音は、メルトアの拳から鳴っているものだった。

 だが、それを何度も銀色の人形はガードし、同じように音の壁を突破するパンチを繰り出す。こちらの場合、メルトアはスウェーで避けているようだった。


 攻撃が残像を通り抜ける様をジョアンナは生涯初めて見たかもしれない。


「眼で追えるわけがないほど速い……!」

「ハハ。だよな……私ももうどっちが優勢なのかすらわかんねェ」


 五香の笑いもどこか空虚だった。もうあれは強いとかそういう次元で語れる範囲をとうに越している。理解の外の出来事故にコメントもできないようだ。


(……でも)


 ジョアンナの見る限り音の壁を突破する破裂音が響くばかりで、銀色の人形のガードも最低限、攻撃をいなすためのもの。ほぼインパクトが入っていないため打撃音は驚くほど響いていない。

 メルトアの方も単純に攻撃を掻い潜っているので、ダメージはなさそうだった。


「……あの人形、喋ったかしら?」

「ん? いや。パンプキンほどには喋ってないなァ。喋る機能自体はあるみたいだけどよォ」

「どういうこと?」

「喋ろうとする隙を見せると……」


 ズガン! と今までにない打撃音が響く。

 見ると、銀色の人形は大きくよろめいていた。メルトアは右ストレートを振りぬいた姿勢になっている。


「ああいうふうにメル公に正面からぶっ潰されるんだよなァ。これで二度目だ。もう喋ったりしねーだろォ」

「決まりだね。どちらかと言えばメルトアの方が強い。このまま行けば最強の人形も数分後にはスクラップさ」

「そうはいかないのよ……!」


 ドクターの予測に、ジョアンナは反論する。


「何だって?」

「私だってただ強いだけの人形に遅れを取ったりはしないわ。でもアイツは……アイツの場合は……!」


 ジョアンナが説明する寸前だった。遠くに、流れ星が見えたのは。


「ん?」


 妙だ、と感じたのは五香だ。空に浮かぶプロジェクターは未だに賭けの倍率と経過時間を表示している。

 曇っているのであれば、星など見えるはずがない。


 そう疑問に思っていると、今度は星が


「……ま、さか……!」


 自分の目を疑う他ない。今度は星が増えて来た。

 遠くには、すぐに満天の星空とも言うべき光点が瞬く。


 ジョアンナの視力はそれの正体を余さず捉えた。それは、一つ一つが手足からのロケット噴射で飛行する銀色の人形。


「……そうよ。私をノした人形はあの一匹だけじゃない……アイツらは……!」

「化生山吹は群体で一つのゼロイドなんだ」


 聞き馴染みのない声がジョアンナの耳に届く。

 いつの間にか、あのツナギの女の意識が戻っていたらしい。


「それぞれが他の化生山吹と五感を共有し、それぞれが他の化生山吹と連携する……人間の持つ絆や連携の力を完全再現したシンギュラリティーに限りなく近い人形なんだよ」

「冗談じゃねェ……一体で混竜種ドラゴニュートレベルの化生山吹が百……いや、千か!?」


 五香は視界に入るそれらを概算したが、それは楽観的に過ぎる数字だった。

 ツナギの女は頭を抱えて蹲りながら、正解を呻くように呟く。


「五千体だよ」

「五……!」


 さて。ドクターはメルトアに全幅の信頼を置いている。

 王族や貴族ともなれば、混竜種の実力は単体で災害と同等レベルということを


 知っているが、流石にこの光景は予想してはいなかった。

 用意していたとしても、せいぜい十体が限界だろうとタカを括っていた。


 その上で、ドクターは目の前の光景を見て笑顔で口を開く。


「無理ゲー」

「だよなァ!?」


 ドクターの適確な現状把握を聞いた後、五香はメルトアに眼を向ける。やはりと言うべきか、流石の彼女も難しい顔で沈黙していた。


「……ちくしょう……!」


 万事休す。その場にいる四人の頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。


◆◆◆◆


「……ふむう」


 メルトアはそれらをすべて真正面から見ながら考える。


(ドクターの指示には従っておかなければならないが……)


 頭の中で、念のためドクターの指示を思い返した。

 そこまで難しいことは言っていないので、全文を思い返すのは容易だ。


『しばらくは苦戦する演技しててね』

『何故だ? 余は別に最初から本気でやりたいが』

『それだと戦力が半分くらい逃げちゃうかもだから。メルトアは、向こうが本気を出してきたと確信するまで全力出しちゃダメだよ。約束ね』


 だがメルトアは内心で、少し困っていた。

 自分が手加減していることを察してか、この銀色の人形も。我慢できずに二発くらいまともに拳を入れてしまった。あと一発で完全に首を吹っ飛ばせてしまいそうだ。


(うーん。いつまで続ければいいのだ? そろそろジョアンナの仕返しを思い切りしたいのだが……)


 我慢の限界が近付いてきていた。

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