第51話 ※ルールの穴。ルールが穴

 パンプキンキャンディーの接着剤を無効化にする方法は低温だ。


 接着剤の構造はガムというよりパンに含まれるグルテンに近く、顕微鏡レベルでなければ見られない細かな網目状になっている。


 これが低温に晒されると網目を構成する糸が縮み上がり、簡単に破断する弾力のない物質へ変化する。


 パンプキンの体内には接着剤を生成する機構があらゆる場所に仕込まれているが、その下には液体窒素で身体を冷やす機構もまた同時に存在している。


 接着剤で攻撃を防いだ後は、安全を確認した後で身体の表面を冷却し、接着剤をその場に落として処理する。

 なお液体窒素を接着剤に流し込んでいるわけではなく、あくまでパンプキンの肌との接触面だけを冷却しているため、落ちた接着剤はトラップとしての機能を失わない。


「なら冷えなければいいのよ」


 接着剤の塊に火炎放射器の炎を直撃させているジョアンナは、そんな身も蓋もない結論に至った。

 炎が煌々と薄暗い周囲を照らし、壊れゆくパンプキンを照らしていた。


「攻略法は簡単よ。まず足元に二発バンバン。足首あたりにガードとして発生したムース状の接着剤はあなたの足と地面を接着する。当然、あなたは身体に仕込んだ冷却機構で逃げようとするでしょう。

「……はあ」


 パンプキンは諦めたように息を吐く。

 勝敗はとっくに決していた。悪あがきをしようとも思わない。


「ムース状の接着剤に熱は伝導するのか……それは考えなくていいわ。だってこの接着剤、相手を拘束して動けなくするという設計思想で作られてるんでしょう? つまり『触れた相手を受け入れて巻き込んでそのまま外に出さない』ってことになる。そこら辺は何度も私の銃弾で実演してくれたわよね?」


 銃弾を受け入れるなら、逆巻く火炎も中に入れる。

 中に入りさえすれば、パンプキンの肌も熱することができる。


「いつバレたのかのう?」

「仮説の一つに過ぎなかったわ。これで攻略できなかったら他の攻略法を確かめるまでだった。でもヒントはいくらでもあったのよ。あなた、この町で商売してるんでしょう? ならわよね?」

「ヌ……」

「単純に、接着剤の無効化方法があまり難しいものだと処理が大変よね? なら難しい手順が必要な方法は全部除外して構わない。簡単なものだけに限定すれば無効化方法を無効化する手段もかなりの数思いつける。今回はたまたま一発でビンゴだったけどね」

「先までは銃弾の衝撃でパンプキンを処理しようとしていたのでは無かったか?」

「……」


 それには答えず、ニヤリと笑って片手に持ちっぱなしにしていた携帯の画面をパンプキンに見せた。


「もう壊れかけてよく見えんが……携帯の画面か?」

「そ。仮説がつらつら並んでるわ」

「……!」

「バカね。携帯は録音を再生するためだけの道具じゃないわ。連絡のための道具よ。アンタが舐めた小娘に仕組みがバレた気分はどう?」


 相手は五香だ。逃走の後、一方的に仮説を構築してジョアンナにわかるよう送り込んでいたらしい。

 おそらく、録音の時点で携帯を肌身離さず持つであろうことを予測していたに違いない。


(……コイツの能力の説明を一切聞かずに録音の光景だけを見て予測を立てるんだから、本当末恐ろしい女の子ね……)

「くっ……くくくくく……くかかかかかかか……!」


 焼かれながらパンプキンは、ノイズが大きくなってきたスピーカーで笑い声を上げ、愉楽を発露する。


「惜しい。惜しいなぁ……お主たちの命が今日この日終わってしまうことが本当に残念だ。今すぐ副町長に嘆願したくなる。この二人だけは助けて、儂に引き渡してくれとなぁ」

「まだ勝つ気なの?」

「むしろ問いたい。パンプキンを破壊した程度で助かると本気で思うか?」

「当たり前でしょ」

「見え透いた強がりを!」

「違うわ」


 壊れかけたパンプキンでも十分聞こえるくらい、ハッキリとした口調でジョアンナは言う。


「強がりじゃない。本当に強いの、私」

「……くくく」

「最後に笑うのは私たちよ。すぐにその笑いを消してやるわ」


 やがてパンプキンは完全に停止。

 液体窒素による循環冷却も終わったのか、急に全身が燃え始めた。


「すぐに五香と合流ね。あー、この格好で裏切に会いたくない……」


◆◆◆


 以下、ドクターと五香の間で交わされたメッセージ。


 五香:ごめん。かなり前の段階で気付くべきだった

 博士:は? いや、何で目の前にいるのにメッセージで会話してんの?

 博士:ていうかピストルちゃんは無事だった?

 五香:無事じゃないけど無事。多分勝つ

 博士:???

 五香:話を続けよう

 五香:できる限り音に出るタイプのコミュニケーションはしたくない

 博士:何に警戒してるのさ

 五香:パンプキンキャンディーの中の人。多分、この周辺にいる

 博士:……マジ?

 五香:かも

 博士:おい

 五香:でも、いると考えた方が納得が行く

 五香:地面に落ちている接着剤を踏めば行動が制限される状況だし

 五香:そんなフィールドで人形越しの視界だけであそこまで動けるか?

 博士:確かにそれは疑問だけどさ

 五香:……あ、ごめん。これも本題じゃない

 五香:気付いたんだ。私たち、多分自分で自分の首を絞めてた

 五香:簡単に言えばメル公を動かしても死人ゼロで全部済む

 博士:んなアホな。見てよこの状況。町に殺されそうになってるんだよ

 博士:状況は完全に公開処刑だし

 博士:あまつさえ賭けの対象にまでされてる

 五香:それでも平気だ。だって


 ここで少しの間、メッセージの応酬に時間が開く。


 五香:しまった。メッセージに夢中でメル公を放置しちまった

 博士:仕方ないよ。メルトア、文字読めないし

 博士:後でお菓子買ってあげないとなぁ……

 五香:ごめん。私もいくらか出す

 五香:答えは最初から見えてたんだ。協定の文面に全部書いてあった

 博士:わあ! 急に本題に入るな!

 五香:一つ、歌舞伎町三丁目から通常手段で出ることは不可能

 五香:二つ、この町のホテルに泊まった者は誰であれ守られる

 五香:三つ、協定の加護を受けていない者は誰であれ命の保証はできない

 五香:問題は二つ目と三つ目だよ。おかしいと思うべきだったんだ

 博士:何を?

 五香:

 博士:……は?

 五香:もっと言おう。

 博士:誰も何も、この町に独自の自警団や警察組織がいたりさ

 博士:そういう町が雇った誰かがやるんじゃないの?

 五香:無理だ。だってそいつらも協定で守られてるんだから

 博士:……あ

 五香:そうだよ。誰であれ守られるんだ

 五香:つまり私たちみたいなイレギュラーに近付けさせるわけない

 五香:それは進んで危険に近付けと言うようなもの

 五香:協定違反そのものだろ?

 博士:いや、でも……どんな決まりにも例外はあるでしょ

 五香:ないよ

 博士:断言するぅー!

 五香:それがわかるのに時間がかかっちまったけどな

 五香:人形オンパレードのお陰でどうにか輪郭が掴めた

 五香:パンプキンキャンディー

 五香:紅染向日葵

 五香:それとさっき襲ってきた透明なヤツ

 五香:それらは必要だから作られたんだ

 五香:誰であろうと協定の庇護にある限り守られる町

 五香:その理想を実現するために

 博士:そうか、なるほど

 博士:使使のか!

 博士:でもさ。それでも人員を使う手段くらいはあるんじゃないの?

 博士:協定が切れた金欠のヤツを脅すとかさ

 五香:逆算しよう。金欠のヤツは弱者だよな?

 五香:次に、まかり間違って金があるけど町に金を落としたくない

 五香:そんなヤツがいたとしたら、そいつは町が嫌いなヤツだよな?

 博士:信用できないな……そう言われると頼まれても使いたくない

 五香:それでも協定の穴を潜り抜けて私たちを襲うような人は……

 五香:いや、何でもない。後で言おう、これは

 博士:変なところで切るなぁ。言えばいいのに

 五香:以上の推理から導き出される結論

 五香:ここから先出てくる連中はみんな人形だ。断言する

 五香:生きた人間は絶対に出ない。使えない

 五香:つまりメル公は


◆◆◆


「温存させとくだけ無駄か……!」


 その結論を見たドクターは、声を絞り出してそれだけ言った。


「……」


 五香は頷き、メッセージの続きを書く。


『メル公が手伝ってくれるのなら』

「状況なんか二転でも三転でもひっくり返せる!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る