第52話 ※力不足
「ともかくメル公に関してはさっき言った通りさァ。お前は私たちにとって鍵になる。この状況をある程度なら変えられるかもしんねェ」
「鍵?」
と、メルトアは首を傾げると、ホテルに降りたシャッターに手を添えた。
頑丈そうなシャッターだ。仕組みそのものは一般的な建物のシャッターと変わらないように見えるが、核弾頭が降ってきて建物が丸ごと吹っ飛んでもシャッターだけはその辺に無傷で転がっているだろう。
「つまりどこかを開けろということか?」
そんなシャッターを紙でも握り潰すかのようにメルトアは掴んだ。ユーチューブでしか聞いたことがないような金属が派手に潰れる音が響く。
辺ではない。シャッターの面をメルトアは握り上げている。
「違う違う違う! むしろ壊すなってェ! これ以上厄介ごとを増やすんじゃねぇ!」
「さて。となると問題なのは……」
ドクターはそこまで言うと携帯に目を落とす。またメッセージで会話するようだ。
『パンプキンの中の人が本当にこの周辺にいるのなら、コイツだけは確保しないとダメだ。メルトアに人殺しはさせられない。その理念のためにウチらは苦労してきたんだから』
「わかってる。だから私が何とかするさァ」
「……できるの?」
「アタリは付いてる。メル公に協力すればすぐだなァ」
「ふーん」
ところで、五香の推理には一つだけ間違いがあることにドクターは気付いていた。
だがあえて言わない。そこまで推理を詰めても特に意味はない。
(パチスロとかやったことなさそうだもんなー。知らないんだろうな。人をギャンブル漬けにする方法)
賭博において一番気持ちいい瞬間は当たったときではない。当たりそうなときだ。
だからパチンコやスロットの設計では当たったときではなく、当たりそうなときに程過剰な演出をこしらえる。
スパンごとに戦力を投入して圧力を段々と強めていく。ここまでの推理は当たっているとドクターも思う。
だが、10分を越した瞬間にすべての戦力が投入されることはないだろうとも思っていた。
戦力がすべて揃うのは25分か、ひょっとしたら28分くらいかもしれない。
「メルトア。ちょっといい?」
「ム?」
だからこれはメルトアだけに聞かせればいい。
ドクターは知っている。五香は頭が良いから、きっと信じられない。
メルトアさえいれば万事解決だ。
「しばらくは苦戦する演技しててね」
「何故だ? 余は別に最初から本気でやりたいが」
「それだと戦力が半分くらい逃げちゃうかもだから。メルトアは――」
最後まで聞いたメルトアは素直に頷いた。
「余は自信ないなーーー! 凄く自信ない!」
「……何か凄く活き活きと情けないことを喋りだしたんだけどよォ。何吹き込んだんだァ?」
「詰めの甘い子供のお尻を拭いた」
「あァ……? まあいいや。ともかく何か異変があったらジョーと合流する手筈になってるしよォ。それまでは普通に周囲を警戒して」
ドシャ、と何かが五香の足元に投げ捨てられた。
赤い液体が零れ、五香の靴を汚す。
緑色の布に包まれた、人の形をした何かだった。
三人がしばらく見ているとビク、と痙攣した。
「――」
傷だらけになって意識を失くしたジョアンナだ。
「五香お姉!」
凄まじい風が五香の髪や服を大きく揺らす。
一瞬のことで何が起こったのかわからない。
(あー、ダメだ。しばらく五香ちゃんは使い物になんないなぁ。クソババァは……死んではいないから別にいいか。後で治療してやろ)
状況を冷静に見れているのはドクターだけだった。
それと対峙しているメルトアすら、興奮しきって何が起こっているのかを理解できていない。
攻撃を防げたのは反射的なものだ。
「……
呆然とする五香の耳に、聞き覚えの無い声が響く。
見ると、いつ起きたのかツナギの女の目が開いていた。
絶望しきった顔で、ガタガタと震え、メルトアと対峙するそれを見ている。
見た目は、今まで人間に極限まで似せていた人形ばかりを見ていたため意外に思うが、人型ではあっても人間には見えなかった。
金色のラインが入った銀色の人形。首にはヒーローを気取ったような赤いマフラー。顔は目線のあたりにカメラが一つあるだけのモノアイ。
「終わった……! まさか……まさかこんなになるまで寝てしまうなんて……!」
ツナギの女が何を言っているのかわからない。
よく見ると、メルトアと対峙している化生山吹だけでなく、その後ろの方にも注意を向けているようだった。
メルトアは意識を失ったジョアンナを見て、子供らしく素直に怒った。
「……よくもジョアンナをボコってくれたな。余はとても怒っているぞ。自信はないが確実に壊してやる」
「だ、ダメだ! その化粧山吹は決して破壊しきれない!」
ツナギの女は否定の言葉を口にする。
「その人形はある種族を忠実にモデルして作られてる! 最強のシーズンカーディナルなんだ!」
「ほう。まあ、余に並ぶくらいではないだろう。やるぞ!」
そうしてメルトアは化生山吹に近付き、音の壁すら破壊するレベルの速力でパンチを放つ。
「お?」
片手で受け止められた。化粧山吹にはヒビ一つ入っていない。
五香は腰から力が抜け、膝をその場についてしまった。
「……まさか……その種族ってよォ……混竜種だなんて言わねーよなァ?」
わかりきった質問にツナギの女は沈黙する。
その対応に、五香はついに思考を停止してしまった。
「……ふむ」
故に気付けなかった。メルトアが少しだけ力を入れ、拳をわずかに押し付けたことに。
「!」
ギシ、と受け止められたはずの拳が少しだけ化生山吹の頭部に接近した。
「自信がないなー」
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