第46話 ※暗殺者VS剣鬼

 ドクターは改造人間だ。設計思想は『邪鬼種イビルの弱点を徹底的に潰した新人類』で、先ほど頭の半分を斬り飛ばされたにも関わらず自力で復活できたのもそれが関わっている。


 まず、いかに邪鬼種が不死身であろうと脳と切り離された部位は動かせない。人間の神経は遠隔操作できる仕組みになっていない故に。


 そこで重要になってくるのが、ドクターの胴体に仕込まれている透明粘獣クリアスライムだ。


 仮に首がふっ飛ばされるなどして脳から胴体への命令すべてが切断された場合、ドクターの身体の中にいるスライムが起動する。

 そして、こっそりと近くに落ちている脳の部位を拾い繋ぎ合わせる。


 透明であることを利用した単純ながら有効な予備電源システム。

 それがドクターの持つ強みの一つだ。


 だがそれも、やはり透明な爪と同じくバレてしまえばいくらでも対抗策のある小細工でしかない。初見殺しと言えば聞こえはいいが、初見で殺せなければそれだけ弱点を露呈させることになる。


「……全然当たらないなぁ」


 何度目かの打ち合いを経て、ドクターは諦め始めていた。

 今回のターゲット、紅染向日葵は単純に剣術の腕が立ち過ぎる。人形だとは思えない、ずっと剣の道に生きて来た剣豪のような滑らかな立ち振る舞い。


 すべてのパラメーターが満遍なく高い存在は弱点など存在しない。根本的な弱さを隠し続けて、どうにか裏を掻く戦い方で生き続ける殺し屋のドクターとは相性の悪い相手だ。


 そもそも普段のドクターならばこんな怖い相手に真正面から挑んだりしない。夜寝ている場所に忍び込んだり、風呂に入っているところに毒ガスを流し込んだり、通行人のフリをしてすれ違い様に斬撃を叩き込んだりするのがドクターの手口だ。


 そちらの方が遥かに楽に済むのだから、今のやり口は完全に愚行と言っていいだろう。


(でもまあ、メルトアも、五香ちゃんも守らないとだしなぁ)


 心底面倒だが、そろそろドクターも真面目に紅染向日葵の傾向を考える。


(背中に回り込んで爪で斬ろうとしても刃で弾かれる。横も正面もダメ。攻撃を止めると、ありえない速度で突っ込んできてふざけた速度の居合で斬りかかってくる。体力が続く限りは避け切れないことはないけど)


 ドクターは疑似的に不死なので、いくら疲れたところで過労死はしない。

 しないが、明確にその体力には限りがある。限界が来れば、ドクターは倒れて誰も守れなくなるだろう。


 体調が万全でないときにスライムが起動するかも怪しいので、そこを刻まれたらお終いだ。

 くっつければ元通りに接合される身体は、裏を返せばくっつけなければ一生そのままな上にということ。それはそれで悲惨な人生しか待っていないので、ドクターとしては死ぬよりイヤだった。


(さて。普通に戦っても勝てないのなら、やっぱり不意打ちしかないんだけど……背後から爪を振り被っても斬れない相手にどうやって不意打ちすればいいのかなぁ)


 幸い、紅染向日葵の方もドクターを始末するまでは他のタスクに手を付ける気がないようなので、二人に関する心配はしなくていい。

 精神的にかなり自由な状態でやれている、というのはコンディション的にかなり良好だ。決定的に『負けるかも』という心配をドクターはしていなかった。


「やっぱりアレしかないかなぁ。ギャンブルになるからイヤなんだけど」


 そのとき、紅染向日葵の変わるはずのない表情が僅かに動いた。

 納刀した状態の刀を構え直し、冷えて凪いだ冬の湖を思わせる研ぎ澄まされた剣気を充満させる。


「……へえ! 凄いなぁ! どんなAI積んでんの!? 人の殺気を感知できるなんてさ!」


 両手に爪を展開させる。

 太刀筋が当たりさえすれば鉄だろうと密度と切れ味の差で輪切りにできる悪魔の発明品だ。


 今までドクターを生かしてくれた絶対の武装。それを叩き込むために、ドクターはリスクを取る。


「体力が尽きるまで爪を振るい続けてあげるから。全部防いでみてよ! できなかったら遠慮なく千切りにしてあげるからさぁ!」


 宣言。そして、地面を思い切り蹴って今日一番の加速。

 邪悪な笑みを浮かべながら、ドクターは爪を振る。振る。振り続ける。


 紅染向日葵はそれを弾く。来た傍から何度でも。


 弾いて、弾いて、隙を見つけては反撃に斬り込む。

 ドクターはそれを最低限の動きで避け、また爪を叩き込む。


 決着が近いことは誰の目にも明らかだった。こんな攻防がいつまでも続くはずがない。


(思った通り! ここまでやってやっとわかった! 紅染ちゃんの機能は大きく分ければ二つしかない。一つ、自分の領域テリトリーに入ったものの迎撃。二つ、超高速移動。ただしこの移動はスピードと引き換えに、ほぼ直線でしか動けない!)


 加えて、二連続での高速移動はできないはずだ。

 つまり自分の立ち位置から直線で移動できる場所に自分の長ドスが届かない二つのターゲットがいる場合、紅染向日葵は様子見をする。


 先程の静止は、斬撃が連続して出せないのではなく、高速移動が連続でできないことを隠したいが故の沈黙だったのだろう。


 だからと言って、領域内での斬撃が達人級であるという事実は変わらないのだが。


「あれ?」


 爪を叩きつけているドクターは肩眉を上げた。

 切れ味が鋭くなってきている。


 まるで剣戟の最中に成長しているかのように、ゆっくりだが確実に反応速度がドクターの攻撃を上回りつつあった。


「……まだ足りないなぁ!」


 だがそれに応じてドクターもギアを上げる。

 両手の爪の攻撃の速度が、更にグンと伸びた。


 それに負けじと紅染向日葵が更に剣戟の精度と速度を引き上げる。


 二人の攻撃はもはや、閃きのようにしか見えない。当のドクターですら反射で攻撃をしているような集中力の境地だった。


 邪悪な笑みに狂気が足され、口角が吊り上がる。その表情も無意識のものだ。


 やがて、決着の一撃が振り下ろされる。


 先に叩き割れたのは――


「あっ」


 ドクターの爪だった。

 極限まで研ぎ澄まされた一閃が、ドクターの首を通り過ぎる。


「ドクター!?」


 メルトアの声が、どこか遠くに感じられた。

 ドクターは死なない。だが、おそらくさっきのような不意を突いた再生は望むべくもないだろう。


 同じ策に二度引っかかるような間抜けな頭脳AIは期待できない。


 お終いだ。完全に負けていた。


 ただし――


「……あはっ」


 それはドクターの首がの話だ。

 紅染向日葵の顔が人間のように、驚きに固まるのが見えた。


 その顔面に割れていない方の爪を思いきり突き立てる。


 グシャ、と人間ではありえない硬さの『何か』が潰れる感触。


 右目に深い穴が開いた紅染向日葵は、ドクターが爪を引き抜くと力を失い、膝を折ってその場に倒れ伏した。

 まだ機能は完全に停止していないらしく、僅かに動いているが脅威は感じない。


「よーし勝った。じゃ、千切りにするね! 念のため」


 笑うドクターが、足元にいる紅染向日葵に止めを刺さんと爪を振るう。


◆◆◆◆


「あ……れ!? ちょっと待って!? ちゃんと首は斬り飛ばしたはずヨ! 何で傷一つ無く動いてるネ!? あの邪鬼種イビル!」

「ああ、なるほど。副町長の腕が良過ぎたな、これ」


 クレアが何かに気付いたような声を上げるので、雨桐は『え?』と声を上げた。


「腕が良過ぎた? どういうことヨ」

「いやさ。斬れ味も、剣術の腕も良過ぎたんだよ。真に研ぎ澄ました剣豪の一太刀は、ときに無駄な破壊を一切行わない。傷口が滑らかになりすぎるんだ」

「つまり?」

「はあ!?」


 ありえないことをクレアは平然と言う。

 反論を考える前に、更にクレアは畳みかけた。


「ていうか今から考えると彼女、それを誘って紅染向日葵の能力をギリギリまで引き上げたみたいな挙動だったなぁ。急にアグレッシブに攻撃仕掛けまくったじゃん。正攻法じゃ紅染向日葵に勝てないことは、剣を打ち合えば誰でも理解わかるだろうにさ」

「……あのラッシュの真意は……」

「紅染向日葵に対する挑戦だね。最高の一撃でなければ私は倒せないぞ、と。実際は逆なんだけど。最高の一撃過ぎると逆に倒せない」


 呆れたギャンブルだ。正気の沙汰ではない。


「あの邪鬼種イビル、それをマジでやったのだとしたら……何者ネ?」

「さあ? ただ一つだけ言えるのは……最強の剣鬼すら殺す、最高の不意打ちだったってことだけかな」


 クレアは倒れ伏した紅染向日葵を見て、大して動揺していなかった。

 それどころか、この結果をどこかわかっていたような口ぶりだ。


(……まさかネ)


 バカな考えを、雨桐は頭を振って否定する。

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