第42話 ※すぐそこにあるコロシアム

「はい! チェックアウトですね! ご利用、ありがとうございましたー!」


 ラ……ホテルとしてはありえない程に溌剌とした別れの挨拶に、鍵を返したジョアンナはひくついた笑顔を浮かべる。

 場所はホテルのロビー。意外に広く清潔感のある内装で、周囲には質のいい調度品が並べられている。


 自販機等の路上でも見るような物も置いてあるが、そちらの方がどちらかと言えば浮いて見える空間だった。


「え、ええ……いい部屋だったわよ」

「はい。当ホテルは値段並みのサービスを、がモットーですので!」

「嘘でも値段以上のホテルを、とか言わないのね」

「本気にされたら困るのは当ホテルですので!」


 溌剌と身も蓋もないことを言う。


「ジョアンナ! ジョアンナ! 何だこれは!? 凄く気になるぞ!」


 メルトアの声がするのでそちらを向く。

 ハロー●ティに絡んでいる高身長幼女がそこにいた。五香もそれを一歩離れた場所から見ている。


「あら懐かしい。ポップコーンマシーンよ、それ」

いなぁ! いなぁ! 何の機械かはわからぬが!」

「奢ってやるよォ。気に入ったんなら」


 そう言って五香は硬貨を投入し、駆動音とお決まりの機械ボイスを上げながらポップコーンを作る準備をする。

 それを見てメルトアは更におおはしゃぎだ。

 とてもこれから死地に赴くとは思えない。


「……ふふっ。状況わかってないねぇ、彼女たち」


 傍で皮肉を言うドクターに、ジョアンナは言い返す。


「別にいいわ。そんな重く捉えて欲しくもないし。それに」

「それに?」

「……いえ。あなたに言っても仕方ないわね」


 五香はおそらくこの場の誰よりも状況を理解している。

 わざわざ言っていないだけで、ジョアンナの気付いていないことに気付いている。


 だがそれはこの中で一番恐怖と向き合っているのと同じこと。

 とても子供の精神では耐えられない。


 能力が精神に追いついていない子供。それが五香の弱点だ。


「……あなたに求めることは一つだけよ。私の背中を斬り付けないで。斬ったら撃つ」

「了解ー。ま、期待してていいよ。正面からでもキミより強いから、ウチ」

「さて」


 今の今まで溌剌と話していたホテルの受付嬢が、纏う空気を変えて告げる。


「もう既にご存知のようですが、この町では協定に守られていない命はとても軽いものです。道端で急に殺されても文句は言えません。そして、この町のルールとして宿は激しく罰されます。

 金銭に不安があるのならば、手練手管あの手この手で金をかき集め、再びどこかのホテルに泊まることをお勧めします」

「必要ないわ」

「……今、何と?」


 受付嬢が耳を疑うような言動で訊き返す。

 ジョアンナは、毅然とした態度を崩さない。マントを羽織り、出口と向き直る。


「この町のルールなんかクズでしょ。そんなもので私は縛れない。私はいつでも行きたい場所に行って、なりたい私になるのよ」

「同感ー。くっくっく!」


 歩く。その横に歯を見せて笑うドクターが付いていく。


協定クズ悪党ゴミも纏めて発砲ブチ抜く」

五香あのこ彼女メルトアも纏めて守るよ」


 絶望に向かって、大人二人が歩いていく。


◆◆◆


 と、威勢よく外に出て、五香とメルトアが遅れてそれに追随した直後だった。

 本当に唐突だが、町の明かりの性質が変わる。


 外の太陽を恋しがる強すぎる明かりから一転、夜の祭りのケバケバした賑やかしい明かりに。


 囃し立てるように明滅を繰り返し、しばらく後にライトがダウン。


 真っ暗闇が一瞬続いたと思いきや、何もないはずの空からスポットライトが落ちて来る。

 何もわからない四人のことを一方的に照らしていた。


『レディーーース! エンッド! ジェントルメーーーンッ!』


 町のスピーカーから女の声が聞こえてくる。

 こちらの都合の一切を聞かない下衆だと、ジョアンナにはすぐにわかった。


 何のつもりか、と問う前に、空の一点を見て理解する。


「……ちっ! 良い趣味だぜェ、おい! こっちにもう泊まるだけの財力がないことはお見通しかよ!」


 背中にツナギの女を背負う五香もそれに気付いた。

 空にプロジェクターで大々的に表示されているのは賭博の倍率。


 とは言っても、生き残れるかどうかの賭けではなく、誰が何人生き残るかの賭けでもない。

 の賭けだ。


 項目は一分以内、五分以内、十分以内、二十九分五十九秒以内、そして最長三十分以降。

 それを見て一番怒ったのはやはりジョアンナだった。


「舐めてやがるわね。消えない弾痕キスマークをプレゼントしたくなってくるわ」

「三十分以降以外に賭けたヤツに?」

「裏切。私はやっぱりそんなに気が長くないの。賭けたヤツ全員に決まってるじゃない?」

「いいね! こういうところだけは気が合うよ!」

「『だけ』であることを祈るわ。今後とも」


 こんな話をしている間に、司会の女の前置きが終わったらしい。

 周囲の建物が金属音を立てる。


 窓も、入口にも分厚いシャッターが閉まったのだ。

 出て来たホテルだけではない。本当に周囲一帯の建物がすべて。


「……この展開は……流石に予想していなかったなァ」


 大捕物の徹底的な見世物エンターテイメント化。

 それも協定に反しないよう、建物を完全に防備仕切った上でやる徹底ぶり。


「吐き気しかしないわ」


 そう呟いて、臨戦態勢を取る。

 先ほどから不気味な気配が二つ、こちらを暗闇の向こうから覗いていることはとっくに気付いていた。


 一陣の風が吹き、四人(五人?)の周囲を取り巻く。


「やるわよ! 裏切!」

「アイマム」


 公開処刑が始まる。

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