第41話 ※シーズン・カーディナル

「さてと。偵察の結果から言おうかァ。一番大事なことはという一点に尽きる」


 軽く周囲を走査した五香は、多少の冷静さを取り戻していた。

 罪悪感は抑え、現状の把握を優先させている。結果としてそれが更なる絶望を加速させるとしても顔を顰める程度で済ませていた。


「実のところ捜査も走査も全然できなかったんだよなァ。それがわかったことだけが唯一の大きな収穫と言っていい」

「どういうこと? だって誰もあなたに危害を加えることはできないんでしょう? 協定で」

「確かに危害は加えられなかった。でもなァ、ジョー。お前、オンライン要素のあるゲームはやったことあるかァ?」


 急な取り留めもない問いに面喰うが、すぐに淀みなく答える。


「最近じゃまったくないって方が珍しいでしょ。何の話?」

「重ねて問うけど、オンラインの空間は迷惑行為の芽の段階から摘まれるよなァ? 詐欺行為や違法取引の温床となるチャット機能すら出来ないゲームも数多くある。

 さて問題。それならオンライン空間とは、他のプレイヤーに危害を加えることのできない楽園足り得るか?」

「百パーセント絶対にノーでしょ」

「何故?」

「チャット機能制限もそうだけど、そんなふうに芽をいくら摘もうがゲームキャラは動かせる。つまり煽り行為は無くせない。ぶっ殺した相手の傍で無駄に飛び跳ねたり無駄にその場を走り回ったり死体の傍でアピールしたり。

 それ以外にも他のプレイヤーに危害を加える方法なんてそれこそ星の数ほどあるわ。リアルの人間と関わるツールである以上、抜け道は確実に存在する」

ォ?」

「……!」


 五香が何を言いたいのか理解した。

 つまり協定には穴があるのだ。それも利用することを前提とした意図的な大穴が。


「捜査しようとはしたんだ。その前段階で、意図的に私の位置を移動させようという力が働いた。不自然な人込みが発生したり、妙な力で右手を引っ張られたり、一番最悪だったのが私の目の届く範囲で人が殴殺されたことかなァ」

「なっ……!?」

「マジで趣味悪ィよ。思わず駆けちまいそうになった。そうなったらジョーや裏っちやメル公とは一生お別れだったかもしんねーなァ」


 眼鏡の奥に揺れる感情は不快感。

 平時はひたすら冷徹で冷静な五香も、こればかりは頭に来ているらしい。


 どう労わりの言葉をかけてやればいいのか、とジョアンナが逡巡していると、ドクターが無遠慮に口を挟む。


「分断狙い……違うな。賢人種サピエンスの女の子一人程度、分断したところでクソ弱いから益にならない。相手方の狙いは多分、五香ちゃんを人質に取ることだろうね」

「もしそうなったら助けてくれ。無理そうならまあ、私ごとぶった斬れ」

「任せて!」

「快諾するなァッ!」


 ジョアンナはサムズアップで即答するドクターを怒鳴りつける。

 するとドクターは演技臭く白々しく、驚いたような顔を作った。


「え!? ちょっとピストルちゃん! 五香ちゃんが捕まったときに助けないの!?」

「どの口で! アンタの場合は助ける気があるかどうかすら怪しいのよ!」

「心外だなぁ。ウチは正義の味方だよー?」


 状況がわかっていない、というわけではない。わかった上で空気を読んでない発言をしている。このニコニコ笑いが今はひたすら気持ち悪い。

 安いからかいだが、ジョアンナの頭に更に血が昇る。

 それを制したのは五香の一声だった。


「ストップ! 喧嘩してる場合じゃねーだろォ?」

「……ちっ」

「ふふふっ」


 一触即発の雰囲気に風穴が開き、萎んでいく。

 スッキリしないが、ジョアンナは忌々し気に顔を背けてドクターを無視するよう努める。


 すると、今度はメルトアがベッドに腰かけてこちらをじっと見ているのが視界に入った。


「……どうかしたの?」

「いや。それならば、と思っただけだ。他に打てる手は何か無いのかと思ってな」

「他の打てる手……三丁目からは出られないことは裏切が検証済みだし。逃げるにしたって土地勘が無いから無策だと逆に状況を悪化させかねない。むしろ五香と分断されて人質にされる可能性もある。

 他に打てる手と言えば……」


 やはり迎撃しかないだろう。

 幸いと言うべきか、ここは犯罪者の楽園だ。相手の怪我を考慮する必要はない。殺しさえしなければ正当防衛は成り立つだろう。


 迎撃をした後は逆にこちらが人質を取り、情報を拷問してでも吐かせる。そうすれば脱出手段がわかるかもしれないし、五香が確認したクレアも攫えば状況は一気に逆転できる。


「……迎え撃つ……しかないわね」

「それは」

「わかってる。メルトア様の手は煩わせないわ。むしろ、あなたは手を出しちゃダメ」


 メルトアを頼れば確かに無双できるだろう。

 だが、その結果何が起こるかと言えば皆殺しだ。とても六歳の子供にやらせることではない。罪に問われないのだとしても、神が『許す』と言ったとしても、人を殺したという事実はきっと生涯メルトアの人生を蝕む。


 途中で言葉を切られたメルトアは、不思議そうに綺麗な目をパチクリさせていた。


 こんな状況だが、とても和む。


「ひょっとしてジョアンナは、昨日の余の失態を案じているのか?」

「そうじゃないわよ。ただ必要がないってだけ」

「……ふむ。そうか、ならば何も言うまい。本当は頼って欲しいのだがな」


 ジョアンナは五香の方を向き、アイコンタクトを取る。


(……平気よ。私と裏切がいれば大ピンチにはならないわ)


 その意思を受け取った五香は、ゆっくりと頷いた。


◆◆◆◆


「シーズン・カーディナル揃い踏み……かあ」


 三丁目某所。上空二百メートル。暗闇の空に浮かぶ、魔法の絨毯型のビークルの上。

 雨桐は双眼鏡で、三丁目の入口ゲートを眺めていた。


 周囲には四つの人型がいる。禍々しい気配を放つ、人を解体する三丁目最強の治安機構だ。

 過剰戦力だな、と呆れかえる。たかが警察一匹程度に何を、と。


「いかに東京の英雄相手とは言え、怖がり過ぎだヨ」

「仕方ないよ。副町長は臆病だからね。そこが可愛いんだけどさ」


 ししし、と笑うのは胡坐をかいているクレアだ。雨桐の後ろの方で、祭りが始まるのを今か今かと待っている。


「あとね。シーズン・カーディナルだけじゃないよ。マリーシャも一応いる」

「あの人も? とっくに町を出たかと思ったヨ。森精種エルフ史上最悪の大罪人までいるんじゃマジで終わってるネ」

「まあ、直に本人があの場にいるわけじゃないけど」

「……?」

「見てればわかるよ」


 クレアはそう言うとまた笑った。

 疑問には思ったが、その前にある事実に気が付いて雨桐は『あ』と声を上げる。


「……そういえば、獄死蝶ごくしちょうの中心幹部が全員揃うの久しぶりネ。後で茶会でも開く?」

「あ? あー。そういえば、そうだね。私、雨桐、副町長のあの子、マリーシャ……同じ町に密集したのは何年ぶりかなぁ」


 まあ、とクレアは前置きする。


「この大捕り物が終わってからね。ふふっ」

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