第38話 ※調査中! 無意味だったがな!

「これ……さっきアイツが持ってた弓か……」


 確認作業の一切は終わったので、五香は狙撃のあった場所へと赴いた。

 ホテルの裏手にあるビルの外階段。階と階の間の小さな踊り場だ。


 そこに転がっていたのはその辺の家具店で調達できそうな地震での家具倒壊防止用つっかえ棒や服を分解して作った即席のゴム等によって形作られた弓だった。

 五香はそれを拾い上げ、軽く弦を弄ってみる。


「……かなり出来いいなァ。自由工作のレベル越えてんぞ」


 まず見た目で受ける印象よりも重心が調整されていて持ちやすい。

 弦も耐久力はともかくとして一発撃つ分には十分な張りがある。威力はさっき見た通りだ。


 材料は適当に集められた物だろう。だが作り方に慣れが感じられる。日常的に武器でも作っているかのような習熟度だった。


「……ということは、アイツの職業って武器職人ブラックスミス……? はは、まさかなァ」


 乾いた笑いを溢し、五香は弓の情報を存分に眼でねぶってから投げ捨てた。

 本当はこんなことをしていても仕方がない。それはずっと前からわかっていたのだが。


「はあー……せっかく見つけたのに。明日どうしよっかなァ……」


◆◆◆


 その女は世界的にはテロリストと呼ばれている。

 正確には職業が武器商人。卸す先がテロリストというだけで、本人には何の思想もない。


 ただ、たまたま儲かる取引相手がそこだっただけだ。

 だから現行の世界に対する憎悪とか、そういうものは特にない。


 通常のテロリストとは違う法則で動く女。それが彼女を知る者の認識だった。


「……クレア? さっきは急に立ち止まったりしてどうしたネ?」

「ん……」


 隣にいる賢人種の仲間が心配そうな眼を向ける。

 今いる国の民族衣装に身を包むのが趣味の変わった美女で、呼び名は雨桐ユートンという。

 今は日本にいるので華やかな赤を基調とした柄の入った着物を着て、髪はツインテールに纏めている。


 クレアにとってはよく一緒に仕事をする仲だった。


「別に。ただ知っている顔があっただけさ」

「……さっきお前にガン付けてたあのガキがどしたヨ」


 特に害があったわけではないが、不可思議なこととして記憶には残っている。

 この町には場違いな学生服で三つ編みの、眼鏡をかけた子供がクレアのことを遠くからじっと見ていた。


 まるで何かを確認するかのように。


 協定に反しない方法で排除しようか、と逡巡していたら、あっと言う間に立ち去ったが。


「……ふふふ……因縁の再会だなぁ」

「お前、もしかして年下趣味か? 歳考えろヨ、アラフィフ」

「そういうんじゃないんだけど」


 上機嫌に笑うその女はだった。


 髪も白い。肌も白い。邪鬼種特有の角までもが白く、ドレスも差し色に蒼を使うくらいで、ほとんど真珠の精霊のような白さだった。

 その差し色は眼の色に合わせたもので、サファイアを思わせる蒼い瞳は夜の中にあっても輝いているようだった。


 邪鬼種はある一定の年齢になると成長も老化も止まり、容姿は死ぬまでそのままだ。だから知っている誰かに指摘されない限り、五十代だとはとても思えない美貌だった。


 その美しい顔がころころと笑えば、周囲の人間の眼を引くのも道理だろう。何人かの通行人がわざわざ振り返ってまでクレアを拝む。


 雨桐は嫉妬丸出しで、それらの通行人を鋭い眼で威嚇した。

 こういうことは、一緒に仕事をするといつもの光景だ。雨桐は慣れてしまったが、そろそろクレアには自分の美しさを自覚して貰いたいとも思う。


「町長のところに寄ろうか」

「え? さっき寄ったばかりヨ?」

「いいじゃん。念の為だって」

「……んー?」


 クレアの勘の良さには何度も救われてきたが、今の彼女が何に警戒しているのか、雨桐にはまるで理解できない。

 あの女学生がどうかしたのだろうか、と考えてもピンと来なかった。


「雨桐。私、この町の滞在期間伸ばすから」

「は?」

「ちょっと見たい物があるんだ」


 そう言うクレアの顔は、とても楽し気だ。


◆◆◆


 床に散らばったガラスの破片は片付けられ、扉は丸ごと取り換えられたらしい。攻撃があったとは思えないくらい綺麗な部屋に戻っていた。


「というわけで、クレア・ベルゼオールがこの町にいることはキッチリ確認してきたぜェ」

「……ふ、ふふふ……うふふふふふふ……!」


 ホテルに帰ってきた五香の、その報告を聞いたジョアンナはフラフラと彼女に近寄る。

 何事か、と五香が眺めていると――


「自分のバカさで死にたいの?」


 急に指鉄砲を眉間に突き付けられた。

 本物ではないが、ジョアンナの睨みは本気だ。あまりの迫力に喉が干上がる。


「い、いや! そんなつもりじゃねーってェ! ただ何となく気になって……ていうかジョーだって気にはしてたろォ!?」

「してたわよ! でもそれは一人でやるべきことじゃないでしょう!? それにあなた、ただでさえ四麻に似ているんだから多少は……!」

「今は眼鏡と三つ編みだから直で四麻叔母さんと接続されるような格好はしてねェ! ァ!」


 今回ばかりはジョアンナの説教に反論する。

 正当性だけで言えばやはりジョアンナの圧勝だろうが、心情だけは理解して貰いたかった。


「……仕方ねーだろォ……あと少しのところにいるんだからよォ……大事なことだし……」

「それであなたの身に何かあったら、私は悔やんでも悔やみきれないわ。もう知らない仲じゃないのよ、私たち」

「……」


 そこまで言われると、もう反論材料が無かった。


「……ごめん」

「いいわ。無事だったなら。で、あなた今、何を考えてるの?」


 ジョアンナは、五香に振り返りを求める。

 だが五香はいつもの理知的な答弁はせず、あっさりと一言だけ。


「何も」

「え」

「……あの、ジョー。本当に何もしないからさァ……」


 そして遠慮がちに、五香の方から提案した。

 真っ赤な顔で、俯きがちに勇気を出して。


「……添い寝、して欲しい……」

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