第37話 ※調査開始! その裏の腹割り会談
「……ちょっとここで待っててくれ。確認してくらァ」
「え? 大丈夫なの? 必要ならついていくけど」
ジョアンナの提案にうんともすんとも言わず、五香は部屋を出ていく。
随分と憔悴しきっていた。下手なことはしないはずだ、とジョアンナにはわかっていたがそれでも心配になる後ろ姿だ。
いつもよりも身体が小さく見える。
「……大丈夫かしら?」
「大丈夫じゃない? 協定によれば誰であろうと守られるんでしょ? じゃあ五香ちゃんも外を歩いてても安全だよね」
「確認、ねぇ……ホテルの宿泊延長でも頼みに行ったのかしら」
あくまであの矢文が正しければの話だが、ホテルにいる間は安全だというルールを提示されたのであれば延長するに越したことはない。
今のところは念のための話でしかないのだが。
もしも金が足りなければジョアンナもいくらかは融通するつもりだ。
「そういえば、このホテルの値段っていくらくらいなのかしら。一泊四千円くらい? 高くても六千円とか?」
「あ。ここにパンフあるよ」
とドクターがベッド側の小さな棚からパンフレットを取り出した。
宿泊プランとルームサービスの値段もバッチリ書かれているようだ。泊まった後ではほとんど無用の長物のように思えるが、今はありがたい。
ドクターが渡したパンフを受け取り、長々しいホテル支配人の挨拶を読み飛ばして値段表を見る。
二人部屋での一泊十万円。これが一番安い宿泊プランだった。
「ふ、ざ、け、ん、じゃ、ないわよぉーーーッ!」
ジョアンナは完全にブチ切れ、パンフを床に叩きつけて拳銃を何発も撃った。
今日感じた中で二番目に大きな怒りに、理性が蒸発してしまう。
ドクターは呆れながら口を開く。
「気持ちはわかるけどさー。メルトアもいるから静かにね」
「あっ、ごめんなさい。あまりにも足元を見た値段に完全にプッツンしてしまって……!
穴だらけのゴミと化したパンフを足でにじる。
そしてふと気付いた。五香はこの値段の部屋を二つ取っていたのだ。
「……あの子、涼しい顔で二十万も私たちに奢ってたの!?」
「お嬢様だったし余裕じゃない?」
「そういう問題じゃないわよ! それ先に言ってくれればもうちょっと優しくしてあげたのに!」
「性的な意味で?」
完全にバカにした発言だった。
ジョアンナは銃を構えるが、そこで引き金を絞ることを躊躇う。しばらく悩んだ末、忌々しさを隠さない表情で銃を下ろした。
「……協定。破らない方がいいわよね……ああ、もう!」
「それ以前にウチ重傷人なんだけど。よくもまあ一瞬でも撃ってやろうかって気になったよね。怖っ」
「人殺しに何を言われたところで痛くも痒くもないわ」
「それなんだけどさ。今、ウチはそんなに臭わないよね? 気付いてるでしょ?」
「……」
銃をマントの裏に仕舞いながら、ジョアンナは眉を顰めた。
ドクターの余裕の笑みがひたすら不愉快だ。脱出のときにもう少し撃っておくべきだったかと後悔しても、もう遅いのだが。
「……何したの?」
「香水だよ。ウチが調合したヤツ。樹海の中じゃ材料が足りなかったけどね。リバースの用意した拠点の中にいっぱいあったから、向こう三ヶ月分くらいは作っちゃった。キミくらい鼻の利くエルフは結構珍しいからさー。つまり、これでほぼ身バレを気にしなくていいわけだよね?」
「要は消臭剤ってことね。製薬会社にでも就職したら?」
「ごめん。ウチは殺し屋一筋だから」
五香がいなくなった空間で、ドクターはあっさりとカミングアウトした。メルトアも寝ているフリなどではなく、本当に眠っている。
二人きりのタイミングだ。何かの意図を感じない方がおかしい。
「予想は付いてたけど、随分あっさり言うのね。何のつもり?」
「別に? ただ、五香ちゃんにウチの身分を明かしてほしくないなーって思って。彼女、ずっと対応がノーマルだったからタイミングを逃したとかでまだ言ってないんでしょ?」
答えられない。正しく図星だったからだ。
ただし、理由はそれだけではない。ドクターの態度そのものに警戒心をいまいち抱けなかったのも重要な要因だった。
この人好きのする笑顔は偽物にはとても見えない。メルトアもよく懐いているようだった。
善人への偽装が上手い悪人ほど
「もしも言ったら……ああ、この言い方じゃ脅迫じみてるな。こうしよう。ウチの身元をバラさない限り、ウチは五香ちゃんのことを殺さないことを
「アンタッ……!」
「
あはは、と屈託ない笑いで持ち掛けられた悪魔の契約。
ジョアンナは誰に隠すこともなく歯噛みし、ドクターのことを睨みつける。
「……アンタ、一体何なのよ……!」
「
上機嫌に、歌うように、ドクターは改めて自己紹介する。
「とある非合法研究所から逃げて来た生物兵器兼研究員。本物の改造人間さ」
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