第23話 ※世界を繋ぐ種族

 ホモ・サピエンス。

 直訳すると『賢い人類』。


 あまりにも直球かつ逆にバカっぽいこの学名は、やはり森精種エルフを始めとした他種族には苦い顔をされる運命にある。


 だが現実として、この種族には無視できない実績がある。

 他の世界と自分の世界の間にある次元へ風穴を開けたことだ。


 十九世紀、今となっては知らぬ者はいないライト兄弟が『次元の狭間を飛ぶ機械』を開発し、自分たちの住んでいる世界以外の場所を発見したのを皮切りに、異世界は架空の存在ではなくなった。


 かくして、初めて次元に穴を開けた日本等がある五香の故郷のことを『始点世界』と呼び、ジョアンナやドクター、そしてメルトアのいる穴を開けられた側の世界のことを『連結世界』と呼ぶようになった。


 人類史のお約束通り異世界との戦争を経たりもしたが、現在はとても平和だ。失ったものは多いが、奪われたものは意外にも少ない。


 何故なら異種族と比べれば遥かに脆弱な賢人種も、技術という基礎から来る軍事力は絶大だったからだ。


 条件さえ揃えば混竜種ドラゴニュートの王族すら仕留められるほどに。

 そんな種族と事を構えるなど、余程の理由がない限りよした方がいいだろう。


 命がいくらあっても足りはしない。


◆◆◆


(コイツ……やっぱり迂闊に手を出すべき相手じゃなかった!)


 後悔はしていない。

 だがかつてない恐怖を覚えてはいた。


 この四麻という相手には、ジョアンナの攻撃の一切が効かない。


「無駄なんですよねぇ」


 車の中にいる四麻はどこまでも素敵な笑顔だ。

 アクセルをベタ踏みしているとは思えない。


「ぐっ……!」


 すぐに回避行動を取る。横方向に転がり、間髪入れず銃弾を放つ。


(タイヤを発砲ブチ抜け……私の精霊!)


 到底まともな射撃精度など望めない体勢からの射撃だが、ジョアンナの銃は不自然な弾道を描きながら四麻の乗っている車のタイヤへと吸い込まれていく。


 普通ならばそこで容易くタイヤはパンクし、機動力は大きく殺がれるはずだ。


 しかし、銃弾は途中で砂のように粉々になって消えてしまう。


「どうなってんのよ、あれ」


 誰にともなくぼやくが、聞く者はいない。

 メルトアは朔美と母親を背負わせて先に逃がしてしまった。


 当然後でジョアンナも合流するつもりだが、今は時間稼ぎだ。


(……本当はどうにか仕留めたかったんだけど……あの車! 得体が知れなさすぎる!)


 車は速力を落とさないままドリフト。再度、前方にジョアンナを捉える。

 とんでもない運転技能だ。まるで自分の手足のように車を操っている。


 お陰で単純に隙も少ない。息を吐く暇を徹底的に潰されていると感じる。


「出し惜しみして逃げれる相手じゃないわね」


 疲れでもつれそうになる足を叩いてから立ち上がり、また車の突進を避ける。


 車は先ほど倒された棚に突っ込むが、その棚も銃弾と同じく車と接触した部分から砂のように崩れて形を失くしてしまった。


(……ひとまずわかったことがある。今の状態のあの車に触ったら、私の身体も粉々になる。アイツはそのつもりで私に突っ込んできている。なら……!)


 ぐるん、と回避の勢いのまま翻るジョアンナは、次の瞬間には緑のマントに身を包んでいた。

 瞬きの間に変身したように四麻の眼には映る。


「おや。まるでヒーローみたいですね」


 四麻が軽口を叩くと、ジョアンナのマントの下からゴロリと何かが転がり落ちた。

 スタングレネードか、と警戒し反射的に四麻は目を瞑る。


 予想に反して光も音も大して出なかった。

 代わりに出て来たのは濃い白煙。


「スモークグレネード……」


 つまらないマネをするな、と嘆息する。


「こんなことしても私には無駄なのに……ねえ?」


 四麻は助手席に話しかける。

 そこに人はいない。


 その代わりシートベルトをされた状態で、先ほど拾ったクマは座っていた。

 何かの証拠にはなるかと思い、何となく回収したものだ。


 見た目は可愛いので、車の中の清涼感が増した気がする。四麻は上機嫌になった。


「さあて。あと何分持つかな。あの銃刀法違反エルフ」


◆◆◆


 デバイスには四人のチームメンバーの位置情報を表示する機能が付いている。

 メルトアには事前に『適当なところまで逃げて隠れろ。デパートから出ない程度に』と指示しておいたので、合流は容易だった。


 場所は一階下がってデパートの六階。ここに車は立ち寄らなかったらしく、棚や商品はまだ無事だ。


 しかし、暴走車が走っているというアナウンスが入ったため、客はほぼ全員避難している。今ここにいるのはジョアンナとメルトア、そして母子の四人のみだ。


 寝ていないかどうかが心配だったが、メルトアの意識はまだ無事だった。

 膝を抱えて、寝かせられた朔美や母親の傍に座っている。


「……ジョアンナ」

「偉かったわよ、メルトア様。ちゃんと二人を運んでくれたのね」

「余には……これくらいしか……」


 目が真っ赤だ。

 しかも見るからに意気消沈している。


 先ほどの四麻の罵詈雑言の光景がフラッシュバックし、ジョアンナは怒髪天を衝く思いだった。


「……そういえば、もう一つ言い忘れてたことがあったわ」

「何だ……?」

「あなたは悪くない。ちっとも」


 俯いていたメルトアがやにわに顔を上げ、ジョアンナの眼を見る。


 ジョアンナは嘘や誤魔化しを言ったつもりはない。

 メルトアに、念を押すように伝える。


「アイツの言ったことは全部間違いよ。だから、あなたは悪くない」

「でも……でも、余がクレジットを使ったりしなければ……朔美も、ご母堂だって!」

「悪いのは全部アイツ。アイツはあなたに自分の暴力の責任を全部擦り付けただけよ」


 ジョアンナは何度も伝える。

 これで心の傷がすぐに塞がるわけではないことは知っている。

 だが、何もやらないよりかは遥かにいい。メルトアの手の甲に、そっと手を添える。


 冷たくて、硬くなっていた手は震えていた。


「……証明してあげるわ。私がこの手で、あのゴミ虫を発砲ブチ抜いてあげる。だからお願い。自分のことを責めないで。見ててこっちまで辛くなるから」

「……余は……本当に悪くない?」

「うん」

「……!」


 メルトアの眼に、また涙が溜まる。


「……うああ……ぐすっ……うああああああああ……!」

「……抱きしめる暇もないのが恨めしいわね」


 言うべきことはすべて言った。

 だが、やるべきことはまだやりきってない。


(でもどうする。相手の能力の正体すらこっちはわかってないのよ)


 確認できた四麻の能力は三つ。


 一つ目。人を思い切り車で撥ね飛ばしても怪我をさせない能力。

 二つ目。銃弾を叩き込んでも無傷で済ませられる能力。

 三つ目。車に接触した物を砂のように粉々にする能力。


 この内、二つは車に関係している。


(……この場に五香さえいれば……!)


 ひょっとしたら、状況を打開してくれるかもしれない。

 逃げろと言われて終わりの可能性もあるが、あの四麻にこのまま何もせず逃げるなど、最早考えられないことだった。


 最低限の報いは受けさせたい。

 例え相手が誰だったとしても。


 そんな決意を固めているときだった。

 今度は五香から電話を掛けられた。携帯が震え、着信音が鳴る。


 ビックリしてしまったが、大した音ではない。

 ジョアンナはすぐに電話に出る。


「五香。さっきはごめんなさい。実はね……」

『作戦がある。ジョー。よく聞いてくれよォ』


 五香の言葉に遮られるようにジョアンナは黙ってしまった。

 あまりにも深刻な声だったから。


『四麻叔母さんをどうにかできるかもしれない。乗るか?』

「当然ッ!」


 自分でも驚くくらいの即答だった。

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