第18話 ※変装した王女、秒で迷子だ

「……ふんすふんす」

「何かすっげー興奮してんだけどォ、この嬢さん。何?」

「いや、何? って言われても私も知らないわよ」


 帝王デパートに何事もなく到着。

 四人は現在、そのデパートの七階にいた。

 ここは百貨店でも異質のフロア。服飾品だけではなく、少ないながらも書籍や玩具が陳列される、子供にとっては夢のような場所だ。


 メルトアも子供なので普通に興奮していた。

 五香は少しだけ呆れつつも自らの子供時代を思い出して共感し、ジョアンナは面倒くさそうに鼻を鳴らしている。


 ドクターだけは真面目に周囲を見回していたが。


「……ここに情報屋がいるの?」

「正確には交換屋に通じる入口だなァ。書籍コーナーで合言葉を言えば割と簡単に通してくれるぜェ。相手が私とかなら、の話だけど」

「とか?」


 五香の同類が他にもいる、みたいな口ぶりにドクターは引っかかる。


「……いい加減、キミがただの女子高生ってのは無理があるよねぇ……アウトローな情報屋の居場所を知ってる女子高生なんかいないでしょ」

「ここにいんだろうがァ」

「あと本当にパトロール中の警察にチョロチョロ見られてたのに、温かい目で完全スルーされてたし。何なのあれ? 何目線だったの?」

「知り合い目線だってェ」


 のらりくらりと躱して、やはり五香は自らの素性を一切語ろうとしない。

 誤魔化しに段々と慣れてきている。


「……まあ五香についてはこの際置いておきましょう。メルトア様のことすらスルーするのは流石におかしいわよね? 誘拐事件の被害者よ? 警察が動かなかったら誰が動くの」

「ム? 余の変装が完璧だからではないのか?」

「だからって、同じ混竜種相手なら一応話くらいはかけると思うのだけど……そもそも警察はメルトア様のことを探してないのかしら? 携帯で見ても特にニュースになってないし」


 十一月の異常気象と合わせ、そこも不思議な点だった。


 携帯で最近のニュースを漁っても、どういうわけかグレイヴベルト王国の王族が来日するという内容のニュースはなく、更にメルトアの誘拐事件についても特に何も騒がれていない。


「その辺りのことも一応ヤツに訊いてくらァ。結構時間かかると思うぜェ」

「東京のことはともかく、外交のことにまで詳しいの? その情報屋って」

「……ジョーの想像してるよりかは使えるさァ」


 言うなり、五香は移動しようとする。

 そこで、僅かな異変に気付いた。


「うわーーーん……!」


 小さな女の子が泣いている。

 それも一人で、周囲に親の姿はない。


「……何事だ? あれは」

「迷子だろうなァ。ま、気にせず先に行こうぜェ」


 突き放すような五香の言動が予想外だったのか、メルトアは露骨に不愉快な顔になった。


「薄情な」

「いや、ほっといても大丈夫なんだよォ。このデパート、一応迷子コーナーがあるし。ほっときゃ五分くらいで店員に連れてかれて、後は放送で親を呼んでくれるってェ」

「え? そんな古典的なものが未だにあるの? ここ」

「まだあると思うなァ」

「……え? お世話になったクチなの?」


 足を止めたのは一瞬だけで、五香はジョアンナと話しながら目的地へと歩んでいく。


 放っておいても助かるという確信。

 それを理屈付きで説明されれば、メルトアも不承不承で納得するしかない。


 先を急ぐ、というのも理屈ではわかる。メルトアとて母親に早く再会したい。


 だが――


「五分か……どのくらいの長さなのだろうな? それは」

「メルトア?」

「いや。何でもない」


 ドクターに促され、メルトアも五香たちの後ろを付いていく。


 そして――


「……ふふふ」


 こっそりと三人から離れた。


◆◆◆


「さっき買ったイラスト集、不備があったんすけどォ」

「おやおや、申し訳ありません。ところで不備とはどのような?」

「ホルアクティが当たんなかった」


 何だその合言葉。

 ドクターとジョアンナは心の中で同時にそう呟く。


「少々お待ちください。責任者に確認いたしますので」


 そう言って店員は、近くのドアへと引っ込んでいく。

 交換屋のところへと向かったのだろう。


「……とまあ、こんな感じさァ。後はヤツの準備が整うのを待つ。凝った下準備をすれば誰かと一緒に入れるけど……」


 言葉の途中で察したジョアンナは肩を竦め、ドクターも特に期待してなかったように鼻で笑う。


「今回はそんな暇は無かったからダメってことね」

「ま、いいよ。ウチらはその辺で適当に時間潰してるし。誰か一人くらいは周囲を警戒しておかないとだしね」

「わりーなァ。でも情報さえ引き出せりゃ、そのままこの足で歌舞伎町三丁目に直行できると思うからよォ。出来る限り早めに戻るし――」

「お待たせしました。申し訳ありませんが、責任者が話をしたいそうです」


 ジョアンナとドクターは完全に虚を突かれた。

 先ほどの書店員が、二人の真後ろに立っている。


「いつの間に……!?」

「やば。驚きすぎて爪出しちゃうところだった……!」

「それでは、その先にお進みくださいませ。で」

「了解。じゃあ二人とも、後は……え?」


 慣れた調子で先に進もうとした五香は、慣れてないことにぶつかり挙動を止めた。

 店員は五香だけではなく、ドクターの方にも意識を向けている。


「何だってェ?」

「そちらのお嬢様もご一緒に、お願いいたします。責任者からの御用命です」

「へっ?」


 まったくの予想外の展開。

 心当たりのないドクターは目を白黒させている。


「んだよォ。ドクターもここ利用したことあったんかァ?」

「いや、ないないないない。完全に初見だし。ウチにも何が何だか……」

「お早めに、お願い致します」


 表で目立つことをするな、と店員の笑ってない目が暗に告げていた。

 選択肢はない。ドクターも五香と同行して入ることになった。


 後に残されるのは、ジョアンナだけだ。


「……気を付けなさいよ、五香」

「何を?」

「その女のことよ。だって……あ!」


 ジョアンナはようやく気付いた。

 昨日は資料に関する考察と質疑応答に終始して、二人きりの時間に大事なことを話していなかった。


 ドクターの死臭について、五香と情報共有を行っていない。


「……んん? ま、いいや。ジョーも頑張れよォ」

「あ、ちょっと! 五香! 待って……!」


 五香とドクターは促されるまま、そそくさとドアの向こうへと入っていく。

 ドアは間髪入れずに大きな音を立てて閉じ、言葉はもう届かない。


「……まあ、大丈夫よね。五香なら」


 言い聞かせるように呟いた。

 呟いて、誰も返答する者がいないためしばらく沈黙が流れる。


「ん?」


 メルトアがいない。

 てっきりついてきているものだとばかり思っていたのに、あの巨体が消え果てている。


「……あ!」


 今更ながら、五香が妙なことを言っていたことを思い出した。


『ジョーも頑張れよォ』


 あのときは考察などする暇が無かったが、おそらくこの状況を指していたのだろう。

 要約するとこうだ。


『メル公のこと、探しておいてくれよなァ』


「い、つ、かぁーーーッ!」


 面倒ごとを押し付けられたジョアンナは、早歩きでメルトアを探し始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る