第27話 スピーチレス

 六月最後の平日。ついにこの日がやってきた。スピーチはアリーナにて午後のコマを全て使って行われていた。俺は発表者専用の待機場所でパイプ椅子に座って自分の番を待っていた。といっても、仕切りなどがあるわけでもなく、発表者のすぐそばに座っているので、晒し者のような格好だ。生徒たちの視線は発表者に集中しているはずなのに、チクチクと痛みを感じるのはなぜだろう。俺は緊張を悟られないように、膝頭に強く手を押しつけて震えを止めた。

 部分的にしか把握できなかったものの発表はどれもよかった。今年は豊作という声が先生の間から漏れ聞こえたから感覚として正しいのだろうと思う。まだ発表していない生徒だっているのに、そういう心ない発言は控えて欲しいのが本音だが、優れていたのは疑いようもなかった。特に今発表している一年七組代表は圧巻の出来映えで、平常心を保つためになるべく聞かないように努めていた俺の耳にもねじ込まれるように届いてしまった。

 現在この場は七人目のスピーチに支配されている。

 客観的に見て素晴らしい内容だった。彼曰く高校生活でやりたいことは開発途上国での支援事業だった。意地悪な見方をすれば、教師には世界での貢献を想像させ、生徒には世界を股にかける姿を夢見させた。つまり教師にも生徒にもウケがよかったわけだ。確かかなり勉強のできる子だったと認識している。入試のときの成績は十番以内だったと劉がいっていた。だからなのか、内容も話し方も全て整っていた。非の打ち所がないというのは彼のための言葉のようだった。しかもルックスもいいから幾人の女子は吸い寄せられるようにうっとりしている。

 立派な成功談から始まって、今後もより大きな成功をするという強固な約束でスピーチは締めくくられた。

 拍手が起きて、途切れる。いよいよ俺の番だ。スピーチを終えた彼が一礼をして、俺の隣に着席する。そのときのやってやった感満載の笑みはたぶん誰も知ることがないだろう。

「一年八組、高階泰河さん」

 呼ばれた俺は立ち上がり、特設の壇上へ上がる。そのとき、慣れないものだから階段で躓いてしまった。途端に笑い声。俺はその発生源を見た。クラスの女子だった。あのスピーチを押しつけた女子。彼女が一際高い声で笑っていた。俺は恥ずかしくて隠れたかった。でもそんな場所は存在しない。これからスピーチをしなければならないのだから。

「静かに! これから最後の発表です。皆さん最後までしっかり聞きましょう」

 先生の注意があって生徒のざわざわは解消された。

 紙を広げる。そこにはスピーチの要点が書いてある。

 静かになってから、マイクに口を近づける。

「ええと」

 いった瞬間、ハウリングが起きた。また笑いが起きる。先生がやって来てマイクの調整を行う。

 ――なんて運が悪いんだろう。前の発表者がよかったこと。相次ぐトラブル。それに今から話すことを考えて血の気が引く。高校でやりたいこと、というテーマからは逸れていない。しかし、俺が話す内容は失敗談だった。聞いていて安心するものではない。たぶん。もしかしたら恥を披露するだけになるかもしれない。だから心配だった。

「高階くん、マイク直ったから、続けて」

 俺は先生に頷いた。

 生徒が俺を見ている。全員だ。真っ直ぐに俺を見ている。一言も聞き逃してくれることはないだろう。俺はその光景に戦慄した。

 失敗したらどうしよう。反応がよくなかったら。今後の評判は。先生の評価は。一瞬にして様々な不安がよぎる。

 しかし――。この三ヶ月のことを振り返る。一瞬だった。だからこのスピーチの数分間なんてもっと早いはずだ。

 覚悟を決めろ――俺。

 俺はマイクに、その先で待っている聴衆に静かに語りかけた。

「はじめまして。一年八組の高階泰河です。クラス順とはいえ最後の大役を務めるとは考えもしませんでした。口下手で聞き苦しい点も多々あるかと思いますが、どうか最後まで聞いていただければ嬉しいです。

 今日のテーマは『高校生活でやりたいこと』です。それを聞いたとき僕は怖くなりました。僕にはやりたいことがなかったのです。少なくとも発表者が決まった時点では頭のなかは真っ白でした。

 ずっと怯えていました。時間が経てば開き直るかなって思ったけどそんなことはありませんでした。むしろピークは今です。震えてます。見てくださいこの手。

 発表者の皆さんは目標が明確で、道筋も現実的で、だからこそ人の心に響いたのかと思います。医師になって離島の医療に貢献したい。一流のダンサーになって世界を魅了したい。そのために幼いころから勉強やスポーツを人一倍頑張っていて、高校でもその思いを忘れずに努力していく。近くで聞いていてスゴいなと思っていました。長い期間、一つのことに集中する持久力を僕は持てたためしがありません。それほどの情熱を持てる”何か“がなかったのです。あっ、でもそれでスピーチをいい加減にやるつもりはないですよ。嫉妬だけは一人前で、僕だって同じようにスピーチできればと今も思っています。

 そういう思いでこれから話すのですが、僕のやりたいことというのはもちろんそんな前から決まっていたものではありません。もっというとつい最近、いや一昨日決まったことです。ですから、僕から皆さんに何か与えることなんかできません。特殊な環境に生まれたわけでも、強い信念があったわけでもありませんから。教訓めいたものも、格言だってなしです。

 今日は僕の失敗談を話そうと思います。」

 会場が一斉に騒ぎ始めた。「失敗談だってー」という通る声が聞こえる。「一昨日決まったってマジかよ」と男子の声。さっきから少しずつうるさくなっていたけれど、失敗談の部分でそれはピークに達した。反応は想定を超えていた。俺のスピーチは受け容れられなかったのだ。

「静かに! 静かにしなさい」

 先生が抑えようとしても効果は薄い。

 笑い声。どよめき。

 無理だ……。スピーチなんて俺には無理なんだ。

 ――ロボットみたいだね。

 ――嘘ばっかり。

 トラウマが暗い光となって頭の中を走り抜ける。

 興味のない顔。嘲るような顔。ダルそうな顔。不機嫌な顔。ネガティブな表情がペーストされて連なっている。

 こんなことなら安全なスピーチをすればよかった。

 俺は俯いた。見られたくなかった。

 そのときだった。

「タク!!」

 会場がいきなり静かになって、声の発生源の空間が開ける。

「何やってんの。下なんか向いちゃって。タクはそんな弱っちい奴じゃないでしょ! アタシに勇気をくれたみたいに、跳ね返してよ…………。重力に逆らってよ!」

 神楽が口に両手を当ててメガホンを作っている。

 俺を鼓舞してくれている……。

 俺は仲間を探していた。研一郎はすぐに見つかった。目が合って頷く。姫乃樹は温かく見守ってくれている。美竹はポケットから紙を取り出す。そこには綺麗な字で。勇気。

 みんなが、いる。助けてくれた仲間たちが。

 そして、先輩は――。

 やるんだ――。俺は紙を畳む。

 大丈夫。話すことは決まっている。これは本当の話なんだ。真剣に話せば、たとえ上手じゃなくてもきっと伝わる。

 息を吸って吐いて、みんなの目を見て話した。

「一つ目の話は『先入観』についてです。

 いきなりですが僕は文章が苦手です。読むことも苦手ですが、書くことや、それを誰かに伝えることが特に苦手です。数行の自己紹介で頭を悩ませたり、議論のときも意見があるにもかかわらず『誰々と同じ意見です』に済ませてしまうことがよくありました。

 昔から僕は言葉を扱う場面で苦戦していました。ただ、それでもなんとかやっていけました。下を向いて自信なさそうにしていれば大抵の場合指名されることはありませんので。しかし高校に入ってとんでもないことが起きます。スピーチの代表者に選ばれてしまったのです。今までの方法は通用しませんでした。汗が出て、大袈裟ではなく、吐き気もありました。

 スピーチを助けてもらうために文芸部の戸を叩きました。紆余曲折ありましたが、なんとか仮入部にこぎつけました。正直いって仮入部の段階でかなり安心していました。これで文章を考えなくて済む。ところが、そうはなりません。当たり前なのですが、文章を書くのは自分であって他人ではなかったのです。そのときの僕はそれが分かっていませんでした。てっきり文芸部に入れば、全部とはいかなくても誰かが肩代わりしてくれると思っていたのです。

 僕は文芸部で日記や小説を書くように言われます。スピーチを助けてもらいに来たのに、わけが分かりませんでした。僕は渋々従いました。断ったところで他に頼れる人はいません。

 書いた小説を先輩に渡し、その原稿は部員たちの手に渡り、僕の小説の一行目が議論されます。そのときの心情は穏やかではありませんでした。自分の書いたものが、たとえフィクションであっても他人の目に触れることは恥ずかしくてしょうがなかったのです。それで僕は参考までに部員たちの作品を読ませてもらおうとしました。いや――それは正確ではありませんね。本当のところ、参考にするというのは建前で、言われっぱなしが嫌だったというのが本音でした。どこかやり返す機会を窺っていたのです。しかし、部員は作った作品はないと言います。僕はイライラしていました。作品も作っていないのに指摘してくるなんて。そしてつい、部員たちに向かって文芸しない文芸部などと嫌味をいってしまったのです。

 後で分かったことですが、そこには様々な事情がありました。書いても読まれず落ち込んでいる部員や、言葉を収集して心を宥める部員、論文の執筆に役立たせるために作文技術を学ぶという部員もいました。怠けているのではなく、文芸部に所属する様々な理由があったのです。僕はあえて書いていなかった部員の心を推し量ることもできず、また小説以外の文芸を考えようともせず、一括りに文芸しない文芸と悪口をいってしまったのです。文芸を小説だけと考えていた僕の大失態です。

 しかしこのときの僕は何もわかっていません。背景を考えもせず、自分の意見に固執していました。文芸しない文芸部なんて存在価値があるのだろうかとまで考えていました。

 今となっては文芸しない文芸部といった考えは間違いだったと分かります。僕は僕だけの常識や先入観にとらわれていました。文章を彩ることを考えるのも、フォントや校正をするのも、論文だって文芸の範疇だと思います。文芸しない文芸部員がいるならただ一人。文句ばかり垂れていた自分だったと思います。

 自分が常に冷静でいられるとは限りません。追い詰められてパニックになることもあるでしょう。ですがそんなときこそ立ち止まることが大事だと学びました。

 立ち止まって考えることは決して無駄ではありません。自分を過信しない。多様な考え方を認める。自分が絶対的に正しいと思うときこそ、相手の意見を聞く。思い込みをきっぱりと捨てられれば僕のような間違えをせずに済むかもしれません。

 二つ目の話は『孤独と連帯』についてです。

 部員たちに酷いことをいってしまって、僕は部室に取り残されました。部員は何日経っても来ません。先輩は部長ということもあって残ってくれています。僕はスピーチを早く終わらせたい思いと同時に部員たちの所在が気になって先輩に疑問をぶつけました。

 『どうして日記を書かせたんですか』『どうして小説を書く必要があるんですか』『どうして他の部員は来ないんですか』

 けれど、先輩は理由を答えず、文章に関しても最低限のアドバイスしかくれませんでした。

 僕は不満を隠そうともしませんでした。気分を変えようと外に出たとき、部員の一人と出会い、ある事実を伝えられます。それまで部員たちが部室に来ないのは気分を害したことが原因だと思っていました。しかし、それは大きな理由ではありませんでした。部員は部室に立ち寄らないように言われていたのです。つまり先輩が僕をあえて一人にしたのです。

 なぜそんなことをしたのか。

 先輩は孤独の価値を知っていました。孤独にならない限り、聞かなくていい話を聞き、口にしなくていいことを話してしまって、自分と向き合えないからです。そういう意図で先輩は部員に対して部室への立ち入り禁止を伝えたのです。

 全ては僕のため。僕を追い出すこともできたはずでしたが、それをしなかった。なのに、僕は反発してばかりで、先輩が文章作法を教えてくれても素直に聞き入れることができませんでした。日記や小説は僕を懲らしめる罰なのかとさえ思うようになって、先輩の言葉をすべて意地悪だと捉えていました。日記は観察眼を養うために、小説はスピーチのストーリーを考えるのに役立ったと理解したのもずっと後です。遠回りが近道になることに気づいていなかったのです。先輩にはこの場を借りて謝罪したいです。

 孤独の力など思い至らず、ひたすら書き続けている僕。悪態をつきながらも文章の質は着実に向上していました。しかし、ここで思わぬ事態が起きます。文芸部に訪問者が現れたのです。どうやら僕がスピーチで困っていて文芸部に入ったことが噂になっていて、文芸部に来れば文章の課題を解決してくれると誤った認識が広がっていたみたいです。依頼は新しい部活動の設立についてでした。

 この時点で先輩は断ろうとしていました。たぶん予定が狂ってしまうからです。しかし、僕は部員の一人とともにこの依頼を受けることにしました。文章が苦手なくせに何いってるんだ、と思いますよね。振り返ってみてもどうしてあの決断をしたかよく分かりません。思うに、少し前の自分の姿を見ているようで、共感してしまったからかと思います。

 先輩は部室を去ります。頼れる人はもういません。僕と部員の一人はお互いの持てる限りの力を注いで、部活の申請書を作りました。でも簡単にはいきません。二人の力では不充分だったのです。そこで他の部員たちに協力を求めました。協力を求めること自体大変なことでした。先輩の指示がありましたから。内容についても、意見はまとまらず、ぶつかりまくり、課題も次から次へと出てきます。それでも挫けず、何度だって練りなおしました。少しずつ進展していることは明らかでした。そうして最後には先輩も戻ってきて、みんなの力が結集した結果、無事課題は解決されたのです。

 孤独は辛いです。ずっと暗闇に取り残された気分になります。でも孤独の側面には成長があります。孤独になることで雑音がなくなって、初めて自分を知ることができるんです。僕の場合は『何が自分に足りないのか』を考えるきっかけになりました。独力でなんとかしなきゃと真剣になれました。だから孤独を軽んじることはできません。

 みんなはいつだって協力と言います。でもそれは少し間違っていると思いました。なぜなら協力が前提にあると依存が生まれるからです。かつての僕がそうでした。相手の能力を利用して、いかに楽するかばかり考えていました。

 協力を否定しているつもりはありません。協力することで僕は依頼を成功させることができました。ですが協力は時として毒になります。それを薬にするにはバランスが必要だと思います。孤独だけでは独りよがりだし、協力だけでは依存しすぎると思います。

 何かを成し遂げるときは孤独を経た上で連帯を考える。実際に孤独になれなくても精神的なひとりぼっちでもいいと思います。重要なのは人に寄りかからないこと。人によりかかることと、協力することは違います。それぞれが孤独の底力を使って、その上で連帯する。

 孤独と連帯。両方あって強固な成長ができるのだと身をもって知りました。

 三つ目の話は『苦手への挑戦』についてです。

 振り返ってみても僕は挑戦から無縁な人間でした。いつも安全策や大多数の意見に従っていました。僕は上手な逃げ方ばかり考えていました。体裁ばかり考えていました。無目的に生きて、流されるように生きていました。

 でも今回の件で分かりました。たとえ目標がなくても、なんでもやってみることが大事だとよく分かりました。挑戦することは素晴らしいです。小説でもスピーチでも、なんでも挑戦する。考えてやるのではなく、やってみて考える。すると案外上手くいくかもしれません。目標が先にあるのではなく、後から生まれることだってあり得るんです。

 僕の場合は文章に取り組んだのが正解でした。あの苦手な文章です。取り組む前は考えもしませんでした。強制的とはいえ、やって正解でした。まさか、やりたいことが文章に関わることに結びつくなんて。

 僕のやりたいことを話します。それは将来のいつかに達成することではありません。来月の七月一日から始めます。文芸部で文書作成の悩みを受け付けます。どんな悩みでも構いません。手紙でも、小論文でも悩みのある人は投書してください。一緒に課題を解決できるように力を尽くします。

 文章に悩んでいる人が多いことは知っています。同じくらい助けを求めている人が多いことも。僕がそうでした。だからそのお手伝いをしたいんです。学校や塾の先生より身近な存在なら相談しやすいと思います。変な話ですが、僕は苦手だから、やりたいことに気づけたんです。

 得意なことを伸ばせ、と最近はよく聞きます。テレビでもネットでも。それは正しい考え方だと思います。けれど、苦手なことや興味のないことにも目を向けるべきだと思います。

 僕はずっと逃げていました。でも逃げるのではなく追いかけるんです。苦手なことは、本当に苦手なのでしょうか。どこまで真剣に取り組んで苦手と結論づけたのでしょうか。ひょっとしたら苦手というのは先入観かもしれません。だって、僕にとってのやりたいことは苦手なことのなかに埋もれていたのですから。地面だけを見て、地中を見ていなかったのです。

 答えは意外なところにあります。苦手なことにこそ宝が眠っていると信じるべきです。今では苦手なことが大好きです。

 自分探しという言葉を聞いたことがありますか。自分と向き合って、本当の自分を知るための旅です。でも自分を探しに旅に出かけなくても平気です。だって、自分探しは世界の彼方じゃなくて自分の内側にあるんですから。ただ心の声を聞くんです。雑音を避けて独りで聞くんです。

 自分が何をしたいか。真実、やってみたいか、聞いてみます。もし心がイエスならそれでいいでしょう。ひたむきに走り続けるべきです。でもノーなら、心が答えてくれないなら、世間体や名誉欲を満たしたいだけならば、立ち止まって考えてみる。

 僕にとって自分と向き合う方法は文章を書くことでした。苦手なことで、逃げてばかりで、やりたくないことでした。しかしそれこそ必要なものだったのです。先入観を持たず、たった独りで、苦手なことに向き合う。結果としてそれは自分と向き合うことに繋がりました。

 最後に僕の尊敬する先輩の言葉を送ります。

 人は文で物語る。けれど、文は人をも物語る。

 人は言葉や文章で物語る術しか持たないが、文章はその書き手の人を映す鏡になるといった意味だと思います。

 僕にとっての鏡は文章でした。書くことで自分の気持ちが理解できました。不思議なもので他人の気持ちもちょっとばかりは分かるようになりました。皆さんそれぞれが自分を映す鏡を見つけられることを願っています。ご清聴ありがとうございました」

 話し終えて、一礼をする。

 終わった。反応はどうだ……。

 みんながこっちを見ている。時が止まったように真顔だった。混乱しているようにも見える。

 あと一秒でも遅かったら泣いていたかもしれない。

 会場のどこかから手を叩く音が聞こえた。一つ、二つ。それがだんだんと広がっていき、とうとう会場は拍手の音で埋めつくされた。

 俺は震えていた。

 先生も上級生もみんな拍手してくれている。その音は今日聞いたどのスピーチよりも大きく響いた。アリーナの高い天井に届きそうだった。

 もう誰も笑っていない。馬鹿にしたような表情が消えている。クラスの女子も――笑っていなかった。

 嘘まみれのスピーチを止めてよかった。言葉を飾らなくてよかった。素直な等身大の言葉が最も人に響くのだ。

 拍手が鳴り止まない。

 心が鳴っている。飛び跳ねたい。

 ――やった……。やったんだ。

 手に汗が滲んでいる。緊張から解放されても震えは止まらない。けれどスピーチ前の震えとは違った。きっとこれは高揚感という感情だった。

 俺は軽くなった体で自分の席に戻るのだった。

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