つかの間の休日、そして仕上げ その三

 一九一八年 一二月 宮森の自室





 着床と胚盤胞への邪霊定着の儀式を明日に控えた今夜、比星兄弟ブラザーズと宮森が段取りの最終確認を始めた。


『こんばんは宮森さん。

 明日二郎もね』


『こんばんは今日一郎』


『おー、オニイチャンも息災であったか』


 互いに気さくな挨拶を交わした後、今日一郎が中心となって話を進める。


『早速だけど明日の仕事を確認したい。

 僕が担当する主な仕事は、次元牢で成育させた宮森さん由来の授精卵と、〈異魚〉の胎内にある瑠璃家宮るりやのみや由来の受精卵を擦り替える事。

 明日二郎の担当は神官、会員、施設職員達への後催眠暗示だ。

 僕は儀式との並列作業で余裕がない。

 迷彩を施すのも明日二郎にやって貰う、抜かるなよ』


『ガッテンでい!

 弟子に修業を付けたんで、こっちも元気百倍でい!

 だよな、ミヤモリ』


『修業って……只の食べ歩きじゃないか。

 あれも食いたいこれも食いたいって、実際に食うのは自分だからな。

 ここ何日間か胃がもたれっぱなしだぞ……』


『どうせ明日の儀式でシコタマ吐くんだ、一緒だろミヤモリ』


『大変だったんだね宮森さん……。

 僕の方は、昨日母に会って来たんだ』


『母御はどんな様子だったんだ、今日一郎?』


 母の話題が出た為か、今日一郎にしては珍しく朗らかな思念が発せられた。


『うん。

 昨日は調子が良かったみたいで、結構話せたんだ。

 このまま症状が治まってくれたら良いんだけどね』


『だったら明日二郎。

 お前も母御の所に行けば良かったのに』


『実はオカアチャン……オイラを認識出来ないんよ。

 だから会ってもムダなの……』


『わ、悪かった明日二郎。

 知らなかったとは云え、無神経な発言だったな』


『その代わりにウマイもんたらふく食わせて貰ったからなー。

 貸し借りなしにしてやる』


『そうしてくれると助かるよ。

 では今日一郎、自分は何をすればいいんだ?』


『宮森さんは明日も引き続き会員、施設職員達と接触して欲しい。

 九頭竜会の情報を集めたい。

 儀式中も霊感共有は継続するから、変化や違和感があったら教えてくれ』


『分かった。

 ところで、あれから鳴戸寺は接触して来たか?

 こっちには現れなかったぞ』


今朝方けさがた僕に接触して来たよ。

 あの施設の情報を引っげて来た。

 施設の名称は【釘尾くぎお送信所そうしんじょ】。

 住所は長崎県佐世保させぼ市。

 釘尾島くぎおじまと言う島に建設されている。

 所属は帝国海軍佐世保鎮守府ちんじゅふで、無線送信所と云う体裁ていさいになっているらしい。

 鳴戸寺が前に言ったけど、完成予定は大昇十一年、西暦では一九二二年だ』


『……なあ今日一郎。

 なぜ鳴戸寺はその情報をこちらに渡したのかな。

 奴は今日一郎達と自分が結託しているのを知っていた。

 それを九頭竜会にばらすと言えば、こちらを脅し放題の筈。

 なのにわざわざ国家機密を渡して来た。

 絶対に裏がある』


『可能性として挙げられるのは次元牢だろう。

 比星一族にしか扱えないからね。

 何が何でも瑠璃家宮由来の授精卵が欲しかったのだろうけど、その授精卵の利用方法は今もって不明だ。

 鳴戸寺についての情報が足りなさ過ぎるね。

 宮森さんは奴の事をどう思う?』


『……瑠璃家宮は目的地に向かい最短経路を驀進ばくしんする気質だ。

 一方の鳴戸寺は道草、寄道、路線変更、途中下車。

 目的だけではなく過程も楽しむ気質に思える。

 つまり……奴は遊んでいるのかも知れない』


 宮森の発した遊んでいる、と云う言葉に、明日二郎が過敏な反応を示した。


『ナルトデラの野郎……。

 オカアチャンの事でオイラ達をおちょくりやがって、絶対に許さん。

 オイラ達が遊ばれるだけの相手かどうか思い知らせてやるぜ。

 どうせこの会話も筒抜けなんだろ、出てこいや!』


 ――⁉


『お呼びかな明日二郎君。

 随分といきり立っている様だが、何かあったのかい?』


 あまりにも滑らかな鳴戸寺の出現に、最大限の警報を鳴らすどころか空恐ろしささえ覚えてしまう比星兄弟ブラザーズと宮森。


 対する鳴戸寺は面食らっている者達に向かって何食わぬ顔。

 まあ、彼らに鳴戸寺の顔は視えないのであるが。


『ナルトデラ……お前一体何を企んでやがる。

 答えろ!』


『今日は追加情報を持って来たのだよ明日二郎君。

 実は、釘尾送信所には手本モデルがあった』


 宮森が反応して会話に加わる。


『……あった? 過去形ですね。

 戦争絡みですか?』


『昨年取り壊されたんだよ。

 場所はアメリカ合衆国のニューヨーク州、名称は【ウォーデンクリフ・タワー】。

 無線通信、無線送電、無線放送の実験を目的とした電波塔で、【ニコラ・テスラ】と云う人物が設計し建設された。

 竣工しゅんこうは一九〇五年。

 技術力不足で電力の伝送には失敗したとされているが、勿論うそだ。

 電力の伝送はおろか、空間から電気を取り出す事さえ可能だったらしい』


『なんだってー!

 失礼、取り乱してしまった。

 空間から電気を取り出せるなんて、前代未聞の大発明じゃないか。

 そんな施設をなんでまた……ん? もしかして電気を取り出せるからか。

 空間から電気を取り出せると困るやからが出る?』


『中々の洞察力だな、宮森 遼一さん。

 答えは簡単だよ。

 電力会社とその裏にいる金融家達、又その裏の魔術結社が許可を出さなかったからだ。

 ほぼ無尽蔵に電力が得られるのなら、電力会社の商売は成り立たない。

 しかのち、その技術は金融家達と魔術結社に接収され、主に軍事面と邪神復活の為に利用される事となったよ』


『人類史に残る偉大な発明は闇に葬り去られてしまったか……。

 でも、その技術がどうやってこの国に?』


『アメリカ合衆国と帝国海軍は大層仲が良いからね~、一緒になって色々とやっているのさ。

 そうだ……君達に面白い事を教えてあげよう!

 ウォーデンクリフタワーが完成した翌年の一九〇六年、カリフォルニア州サンフランシスコで地震が発生した。

 公式発表での死者数は五百人とされているが、地震の規模からかんがみると三千人は下らないだろう。

 どう云う事なのか……解るね?』


 鳴戸寺のほのめかしは比星兄弟ブラザーズと宮森を見事に怖気おぞけ立たせ、同時に怒髪衝天どはつしょうてんの心持ちにもさせる。


 今日一郎にしては珍しく、怒気を発して抗言した。


『この国にも同様の災禍が襲うと言いたいのか?

 お前は僕達に、災禍の阻止か帝都からの脱出か、二者択一を迫る気だな!』


『災禍の阻止に取り組むも良し、災禍に乗じて帝都からの脱出を試みるも良し。

 君達次第だ、ヘヘヘヘフフフフハハハハッ!』


『遊んでやがるな……楽しんでやがるな……この、ドグサレ野郎があぁ!』


『明日二郎君も温まった様だし、私はここらで御暇する事としよう。

 くれぐれも、明日の儀式では瑠璃家宮由来の授精卵を流し忘れない様にしてくれ給え。

 では、混沌の這い寄るままに…………』


 鳴戸寺の気配が談話室チャットルームから消えた。


『クソッ、行っちまったか……』


『ここで愚痴を言っても始まらない。

 先ずは明日の儀式での仕事を成功させよう』


『そうだなオニイチャン。

 ミヤモリ、お前さんも気張って臨めよ!』


『分かったよ、御シショー様。

 瑠璃家宮の好きにも、鳴戸寺の好きにもさせない。

 君達家族の平穏を取り戻す為、この不肖ふしょう宮森、誠心誠意頑張らせて頂きます!』


『流石我が弟子、よくぞ言った!

 事が上手く運んだら寿司食いにいこーぜ、スシスシ!』


『結局それかよ……』


(明日二郎の寿司に対する)決意を新たに、彼らは明日の儀式へと臨む――。





         つかの間の休日、そして仕上げ その三 了

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