邪神復活阻止計画 休憩

 一九一八年 一一月 宮森の自室





「あ、あづーっ!

 ……き、気でも違ったのか今日一郎?」


 宮森は動揺の余り、くわえていた煙草の灰を太腿ふとももに落としてしまった。

 それだけならまだしもつい今日一郎の名が口をついて出てしまい、階下の女将に聞こえてはいまいかと息を呑む。


『注意して宮森さん、肉声が出てしまっているよ。

 明日二郎、女将がうかがっている気配は?』


『ダイジョーブ。

 女将は夕餉ゆうげの支度してるから聞こえてねえ。

 それにしても、驚き過ぎだぜミヤモリ。

 オイラまで仰天しそうになっちまった』


『す、済まない二人共。

 余りに突拍子もないお願いだったもんで、つい……』


『じゃあ、僕が何で〈異魚〉とちぎって貰うなんて言ったのか、儀式当日の仕掛けと共に詳しく説明する。

 その上で段取りを相談しようじゃないか』


『もう大声出すなよ、ミヤモリ』


『もうこうなったら自棄やけだ……』


 起死回生の策を講ずるべく、比星兄弟ブラザーズと宮森の精神感応テレパシー密談は続く……。





 先程比星兄弟ブラザーズから計画の全貌を提示された宮森であるが、その思念には不安と困惑が未だ入り混じっている。


『……理論と方法は大体解ったよ。

 医学と魔術、そのどちらにも精通している君達ならではの着想だ。

 君達の親父おやじ殿の特異な能力とも相まって、計画が感付かれる可能性は低いと思う。

 だが、そう上手く成功するんだろうか?』


『〈異魚〉とだけにってか?

 ミヤモリ、お前さんナカナカ面白いな』


『別に洒落しゃれで言ったんじゃないぞ明日二郎……』


『先ずは、宮森さん自身が生き残る事を最優先として貰いたい。

 残念乍ら僕に、僕の一族に流れる血は邪神に侵されている。

 この計画には、邪神と契約を交わしていない霊能力者である貴方がどうしても必要なんだ』


『そう……だよな。

 自分しかいない。

 ただ、仮に成功したとしても、生まれて来る子は……』


『まだ起こってもいないコトをそこまで心配するこたーないだろ。

 生まれて来る子はオイラ達が何とかする。

 今は、当面の目標を完遂させる事に心血を注ぐべきだぜ』


『明日二郎の言う通りだ。

 兎に角、明日の儀式に集中して臨もう。

 宮森さんは出来得る限りの上級会員、施設職員達と接触してくれ。

 後は機会があればで良いから、綾とは親睦を深めておく様に』


『ここはケイケン豊富なオイラが貴重なアドバイスをしてやっても良いぞ、ミヤモリ』


『明日二郎、お前女性と付き合った事ないだろ。

 いや、そもそも付き合えるのか?』


『オイッ! ソレは差別発言ではないのかねミヤモリ君?

 オイラは普段幻夢界にいるんだぞ。

 幻夢界は人間ヒトの欲望の世界でもある。

 その幻夢界を庭代わりに育ったんだ、オイラ程人間ヒトや邪神の心に精通しているモンもいないんじゃねーかなー』


『じゃあ、一体どんな助言が出来るって云うんだよ?』


『ふふふ。

 幻夢界で数々の浮名うきなを流してきた(積もりの)オイラだ……。

 アドバイスの一つや二つ、出来ないワケがなかろう!』


『な、何だ、本当にあるのか?』


『聞きたいか? ン? キ・キ・タ・イ・カ?』


『オシエテクダサイ明日二郎センセー』


『尊敬の念がイマイチ足りないようだが、まあ良い。

 その生意気な態度もいずれ改まるだろうて。

 ではいくぞ! 雌性の邪神は……』


『し、雌性の邪神は……』



『大概エロい‼』



『……フーン、ソウナンデスネ。

 ソレ、ゲンムカイトカンケーアルンデスカネ。

 アリガトウゴザイマシタ明日二郎センセー』


『てめーコラッ、ミヤモリッ!

 オメーだって女と付き合ったコトねーだろーがー』


『なっ⁉ 明日二郎さてはお前、脳の記憶領域を覗き見したな!』


『ガハハハハッ、引っ掛かりおったわい!

 この誇り高いオイラが、オニイチャンの許可も得ずにその様なコト致す筈がなかろう』


『口が過ぎるよ明日二郎。

 精神感応の中継が疎かになってもいいのか。

 自分の仕事はキッチリと果たすのが仕事人プロフェッショナル、だろ』


『オ、オニイチャンの言う通りだ……。

 オイラはプロフェッショナル。

 任された仕事は、最後まで完遂する、ぜ……』


『宮森さんも童相手にむきにならないでくれ。

 流石に大人げないよ』


『わ、悪かったよ今日一郎。

 それと、明日二郎もな……』


『おう、分かれば良い。

 それよりも女将が台所を出た。

 コッチに来るぞ』


『夕飯が出来たんで呼びに来ようとしてるんだろう。

 今日一郎、どうする?』


『こちらもそろそろ夕食の時間だ。

 一旦休憩としよう。

 食事が済んで会話が出来る状態になったら呼んでくれ。

 明日二郎はそちらにいて貰う。

 明日二郎、頼むぞ』


『ガッテン承知の助!』


『じゃあ、講義の続きはまた後で』


 宮森は呼びに来た女将と共に居間へと向かい、火鉢の隣りに腰を下ろす。


『今日のゴハンはナンだろな♪ ナンだろな♪』


 明日二郎がやけに浮き浮きした思念を放つので、宮森の方まで心が弾んで来てしまう。

 それに、脳中に居着いている明日二郎(の幻影)が、体表に散っている青紫色の輪紋をびかびかと点滅させまくっていた。

 気分がノッているのであろう。


『明日二郎が何で上機嫌なんだ。

 お前食べられないだろ?』


『この身は夢幻ゆめまぼろしの世界にあれど、おぬしと身体感覚を共有し食のよろこびを享受する事は出来るのだ♪』


『要は食べた気になれるという事か、便利な奴め』


 二人が脳内で言い合っているうちに、女将が台所から鍋を持って上がって来た。

 女将が鍋の蓋を開けると暖かい湯気が居間に広がる。


「寒くなって来たからね、今日は湯豆腐にしたよ~」


『よっしゃー!

 イキナリ大好物の豆腐にありつけるなんて、やっぱしオイラはもってるな~。

 さ、早いとこ頂こうぜ、ミヤモリッ♪』


 我慢出来ず浮かれだした明日二郎や、寒くなって来たと言っていた割には額に汗して鍋をつつく女将と共に、満悦の舌鼓したつづみを打つ宮森であった――。





                邪神復活阻止計画 休憩 了

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