第五節 打ち上げ談合

打ち上げ談合 その一

 一九一八年 一二月 宮森の自室





 着床と胚盤胞への邪霊定着の儀式翌日、談話室チャットルームは和んでいた。


 昨日の成果を比星兄弟ブラザーズに問う宮森。


『今日一郎、仕事の首尾はどうだった?』


『瑠璃家宮由来の受精卵と宮森さん由来の授精卵の擦り替えは上手く行ったよ。

 着床の方も完璧。

 明日二郎はどうだ?』


『オイラも良い仕事が出来たぜ。

 迷彩もバッチリだったし、擦り替えは誰にも気付かれてない筈だ。

 ああ、ナルトデラの野郎以外はな』


『二人共お疲れ。

 やっと一段落だな。

 はあ~激動の九日間だった~。

 一生分の緊張感を使い果たした気がする……』


『これで宮森さんも暫くは重荷から解放されるね。

 協力してくれてありがとう』


『よ~し、そうと決まればスシ食いに行こうぜ。

 な、な?』


『明日二郎、先ずはこれからの身の振り方を考えてからだろ』


『堅い事言うなよオニイチャン。

 スシ食い乍らでも通信は出来るじゃんかー』


『お前は食べ乍らだと確実に通信が疎かになる。

 弟子の自分が断言する』


『ミヤモリまで~。

 弟子の分際で生意気な~』


 話題はこれからの行動指針に移る。


『九頭竜会の情報を集めるに当たって、宮森さんには間諜かんちょうまがいの仕事をやって貰わないといけない。

 その為にある秘術を習得して貰う』


『秘術? どんな術なんだ今日一郎?』


『【御霊分みたまわけの術法】と云ってね。

 この術法はこんはくの繋がりを限りなく希薄にする。

 前に僕が魂魄こんぱくに関して講義したのを憶えているだろう。

 魂は聖霊、魄は邪霊。

 魂は邪神の分御霊わけみたまである魄にたがを掛けている。

 一言で言うとこの箍を外し、魂と魄を文字通り分断する術法だ』


『そ、そんな事して大丈夫なのか?

 邪霊が定着したりしないのか?』


『するよ』

『するぞ』


 彼ら言葉に宮森も当惑する。


『邪霊が定着って、自分は一体どうなってしまうんだ……』


『宮森さん、箍を外す事は不利点だけじゃない。

 ちゃんと利点もある。

 それはね、この術法を使用している間なら、幾ら魄に邪霊が定着しようと聖霊である魂には影響がない点だ』


『それは今日一郎の講義にもあった、堕落が起こらないと云う事?』


『厳密には少し違うのかな。

 非人道的行為を繰り返すと魄が汚染され、魂が魄を調整出来なくなる状態が堕落だね。

 この術法の真髄は、魄に邪霊が定着するなどして汚染された場合でも、魂への影響の大部分を削減出来る事。

 例を用いて解説すると、宮森さんがどれ程人の道にもとる悪行をなそうとも、良心の呵責かしゃくが全く起こらなくなるんだ。

 この術法を完璧に使いこなせる様になれば、魄に由来する邪悪な人格と魂に由来する聖善な人格を、なんと自在に使い分けられる様になる』


『要は二重人格になれると云う事だな。

 然も都合に応じて人格の切り替えが可能とは……』


『宮森さんにこの術法を習得して貰いたい理由は、貴方が聖霊と交信出来る能力を持っているかも知れないからだ。

 魄につられて魂が汚染されてしまっては、肝心の聖霊との交信が不可能になる。

 それを防ぎたい』


『分かった、自分にやれる事はやってみる。

 君達に負担を掛けてばっかりでは申し訳ないしな。

 でも、邪霊に定着された魄の人格が聖霊である魂の人格から主導権を奪い取る、なんて事態にはならないんだろうか?』


『そこをなんとかする為に修業するのさ。

 宮森さんには是非ともやって貰う。

 心配しなくてもいい、明日二郎が付いてる(憑いてる)』


『その、御霊分けの術法だったか?

 それ、使って見た感じはどんな風だ?』


『出来ないよ』

『出来ないぞ』


『え、出来ない? 今日一郎も明日二郎も出来ないの?』


『宮森さん、前に話した様に人間には霊的特質、略して霊質がある。

 残念乍ら僕達はこの術とは相性が悪い様で、全く使えないみたいなんだ』


『今日一郎も明日二郎も全く使えないの?』


『全く使えないよ』

『全く使えないぞ』


『じゃあ、その術どうやって覚えるんだ?』


 宮森の尤もな質問に、今日一郎は含み笑いで答える。


『先ずは宮森さんが大好きな座学さ。

 九頭竜会は魔術結社だよ。

 いかがわしい魔導書に眉唾物まゆつばものの秘伝の巻物なんかがごまんとある。

 それを利用しない手はないだろ、とは言っても貴方はまだ新米会員。

 蔵書閲覧の許可は下りにくいだろうから、僕が読んだ内容を明日二郎に据え付けて貰ってくれ。

 早速頼むぞ、明日二郎』


『ほいきたオニイチャン。

 ミヤモリ、お前さん覚えるコトが山積みだからな。

 サクサク行かせて貰うぜ。

 トリャ~!』


 明日二郎の霊力が二人の脳へと染み渡り、二人の記憶領域が連鎖リンクする。

 今日一郎の知識が宮森へと送信アップロードされ、無事据え付けインストールが完了した。


 今日一郎が出来を問う。


『感触はどうだい宮森さん?

 出来そうかな?』


『う~ん、明日二郎の補助があれば何とかいけるかも……』


『なら、今日からでも練習だね。

 明日二郎もしっかり監督してくれよ』


『アイアイサーだオニイチャン。

 ミヤモリ、オイラの扱きは格別だぞ~。

 覚悟するのだ』


『はいはい。

 宜しくお願い致しますよ御シショー様。

 あ! 御シショー様はたしか、御霊分けの術法……出来ないんでしたっけ?』


『コイツ……調子に乗ってんな。

 あまり調子に乗ってると、また体の自由奪ってみたいにしてやる』


『聞いたか今日一郎。

 こんな暴挙が許されていいのか?

 誇りとやらは何処どこへ行ったんだ明日二郎』


『まあ、二人共ほどほどにね。

 御霊分けの術法に関してはこの辺にしておこう。

 話は変わるけど、着床を迎えたあやが出産するまで凡そ十箇月。

 その時が来る迄、宮森さんだけなら帝都を一時的に離れる事が可能だろう。

 勿論監視付きだろうけどね』


『確かに。

 綾が出産してからは、持衰じさいである自分は生まれて来た子からは離れられないもんな。

 その間にやらなければならない事でもあるのか、今日一郎?』


『うん。

 帝都脱出後に備えて、日本にある魔術結社の情報を得たい。

 帝都で収集出来る情報だけでは限界があるし、宮森さんの霊力開発も兼ねて下見したいんだ。

 何処か行きたい所はある?』


 宮森が一考している所に明日二郎が割り込んで来た。


『特にないんなら、オイラ温泉に行ってみたい。

 いいだろ、いいだろ?』


 明日二郎らしい申し出に、渋々しぶしぶ仄々ほのぼのが半々と云った感じの宮森。


『この大変な時に明日二郎は……。

 まあ、いいだろう。

 綾が出産したら、もう温泉どころじゃないもんな。

 一生に一度の贅沢だと思って行ってみますか、温泉』


『……ミヤモリが浴場に入ると、そこには妙齢の女性客が……。

 女性客は恥じらい後ろを向くも、浴場で欲情が高まるミヤモリ……そして遂に……!』


『明日二郎、自分はそう云うやつ期待してないから。

 後、お前の駄洒落だじゃれにも』


『あ、怒った?

 相変わらず淡泊だな~お前さんはよー。

 モチッとガツガツしたら?』


『明日二郎、宮森さん個人の事情に妄りに立ち入ってはいけない。

 あんまり冷やかすと、温泉に連れて行ってくれないぞ』


『それは困る。

 オイラは温泉でウマいものを召し上がりたいのだ!』


 ここで、今日一郎がややしんみりした口調で語り掛ける。


『それと、もし良かったらだけど。

 綾が出産してしまう前に、一度帰省してみてはどうだろう』


『帰省か。

 自分は故郷に良い思い出が少ない……。

 今日一郎、何故そんな事を?』


『今のうちに里帰りしておいた方が良いかと思ってさ。

 帝都からの脱出が成功するにしろ失敗するにしろ、宮森さんの家族の方々には多分、もう……逢えない』


 帰省が話題に上り思う所があったのか、宮森からの思念はやや複雑だ。


 沈思黙考ちんしもっこうを続ける宮森を案じてか、今日一郎は提案をひっこめる。


『宮森さんの気が進まないのなら、無理に帰省せずともいいと思うよ。

 明日二郎も温泉の方を優先したいだろうし』


『ああ。

 帰省は余裕があったら考える事にする。

 他に相談しておきたい事はあるか、今日一郎?』





                 打ち上げ談合 その一 了

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