エピローグ3 上郷悠里

「お待たせ」

「いえ、私も丁度来たばかりですから」

「ん、そっか」

 乗換駅で音羽と合流して、二人で目的地へ向かう電車に乗り込んだ。

 昨日も顔を合わせているので、久しぶりという感じはない。

 車内が空いているおかげで、二人とも座ることができた。

 だから、というわけではないけど、音羽の表情が少し気になる。

「面接、どうだった? もしかしてやらかした?」

「いえ、反応は良かったと思います。まぁ、いつも通り、ですね」

「いつも通り、ねぇ」

 音羽は平然とした表情で答えたけど、やっぱりおかしい。

 自分の直感を信じて、もう少し踏み込んでみることにした。

「そのわりになんか、浮かない感じじゃない? なんかあった?」

「……あったというか、それこそいつも通りですが」

 微かに苦笑を浮かべた音羽は、疲れの混じったため息を漏らす。

 長い付き合いのあたしに対して隠そうとしても無駄だと、よくわかっている感じだ。

「自覚はしているつもりですが、どうしても上辺だけの受け答えしかできなくて。一緒に面接を受けた他の学生と自分を比較すると、熱意という面で劣っているだろうな、と」

「あー、いかにも音羽らしい自己分析。いやまぁ、否定はしないけどさ」

「普通はそんなことない、と慰める場面では?」

「いやだって自覚してんでしょ? あたしもそう思うし」

「手厳しい先輩ですね」

「そこがあたしのウリだから」

 自信たっぷりな笑みを浮かべるあたしに、音羽はまた苦笑した。

 なぜかホッとするような気配が混じっている。

「ま、これだって希望がないならないでさ、気楽にいけばいいじゃん。選択肢がいくらでもあるってことでもあるわけだし」

「そこまで前向きになれたら、こんな風に悩んだりしません」

 そう言った瞬間、音羽はしまったと一瞬目を逸らした。

 やっぱり悩んでいるのだと自白してしまったのだから、当然だ。

「……上郷先輩と話していると、今一つ調子が出ません」

「あんたの数少ない可愛いとこだよ」

 冗談めかすあたしを見て、音羽は目を細める。

 半分くらい本気なんだけど、本人的には複雑なようだ。

 どんな葛藤の末か、下手に誤魔化すのもバカらしいとばかりに、音羽はため息をついた。

 そしてどんな風に悩んでいたのかを、あたしに話してくれる。

 要約すると、周囲との温度差みたいなものが気になってしまうらしい。

 わりと器用で真面目な子だと思っているけど、生き方という点で見るとやっぱり不器用なのだろう。

 ついでにその真面目さが、余計な悩みを抱く原因でもあると思う。

 そういうのをひっくるめてまぁ、可愛いところなんだけど。

「先輩は悩んだり……していなさそうですね」

「ま、あたしもそのあたりは変わらないけどね」

 進学や就職に対するモチベーションの、周囲との温度差みたいなものは。

「んー、就活に関してはあたしも素人みたいなもんだし、アドバイスができないかも」

「……そういえばそうでしたね」

 顔を見合わせ、二人で笑う。

 少しだけ音羽の肩から、力が抜けたように思う。

 音羽ほど真剣に悩みはしなかったけど、気持ち的な部分はあたしも似たようなものだった。

 最終的に大学へは進んだとは言え、その先に就きたい職業なんてものはなかったし。

「希望らしい希望って言えば、小姑になることだしなぁ」

「……桜葉家の、ですか?」

「うん。何年も前に宣言済み」

「本気で言ってます?」

「当然。逆に冗談だと思うわけ?」

「……厄介な小姑になりそうですね」

「そういうもんでしょ、小姑って」

「断言するのはどうかと」

 呆れたように言いながら、その光景を想像したのか、音羽は口元を綻ばせる。

「と言ってもまぁ、あたしも稼がなきゃいけないわけだけどさ。その点、今の状況はありがたいかな」

 就活らしい就活を、あたしは一度もしていない。

 就活を始める前に、あの研究施設で働かないかとスカウトされたのだ。

 話を持ってきたのは、施設の運営に関わる組織だった。

 だからある意味、コネ採用と言えるかもしれない。

 もちろん、成績や研究施設での働き方などの条件はあるけど。

 ただどう考えても、普通の就活生に対してはアドバイスをしようがなかった。

「遺伝子工学に関する研究、でしたっけ?」

「イメージ的にはそんな感じ」

「研究って普通、そのあたりははっきりしているものじゃありませんか?」

「そうなんだけどさ。まぁ、特殊な感じだし。なによりあたしの仕事はさ、実験するとかレポートを書くとか、そういう本格的なとこじゃないから」

 半分本当で、半分は嘘だった。

 上手く説明するには、守秘義務が多すぎて難しい。

 そのあたりは音羽もわかっているので、納得するように頷いてくれた。

 まぁ、守秘義務うんぬんがなくても、話せないことは多いんだけど。

 その最たるものが、あたしの役割だ。

 あそこで求められている一番重要な仕事は、実験への協力。

 別に投薬を受けるとかなにかをさせられるとかは、ない。

 ただ、血液などを提供することがあったりする。

 どうやら、上郷っていう血筋が特別なのは本当らしく、非常に貴重なのだという。

 正直、自分の血筋なんてものには嫌悪感しかないが、献血程度のことで報酬が貰えるのなら、それもありかなと思えた。

 後ろめたさが完全にないと言えば嘘になるので、タカ兄たちにもそのことは話せないけど。

 もちろん、それだけが理由なんかじゃない。

 奏さんはいい人だし、小難しい実験内容をあれこれ考えるのは、ちょっとだけ楽しくもあった。

 難問を突破するときの、頭が熱く回転する感覚は、悪くない。

 だから本来必要のない書類関係の仕事も、手伝ったりしているのだ。

 それに、嫌悪以外の興味も、少しだけあった。

 自分のルーツというか、自分が何者なのか、という点において。

 いろいろな経験があって、ようやく少しは向き合えるようになってきたのだと思う。

 親がどうこうとかではなく。

 あたしがあたし自身を、もっと知りたいと思うから。

 どうせ他に興味があるものもないんだし、利用できるものは利用すればいい。

 そう割り切ってしまえば、意外と嫌な感じはしなかった。

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