14-12

「…………最悪、だ」

 薄暗い天井を見上げてぼやく。

 たったそれだけで、頭痛に悩まされる。

 まさか、本当に風邪をひいてしまうなんて……。

 原因はどう考えても、昨日の電話だ。

 くしゃみは出たが、すぐにシャワーを浴びたので大丈夫だろうと高を括っていた。

 せめて風邪薬くらい飲んでおけば、結果は違ったかもしれない。

 まぁ、常備薬なんて一切ないので、どうにもならなかったのだが。

 今後はちゃんと、最低限の薬は置くようにしておこう。

 と、そんなことを考えるだけでも辛くなってくる。

 スマホに表示されている時間は、まだ昼前。

 起きた瞬間から熱がある自覚はあったので、会社に連絡を入れて今日は休ませてもらった。

 病気で仕事を休むなんて、学生時代のバイトを通じてもこれが初めての経験だ。

 どうしても拭えない罪悪感と無力感に苛まれる。

「……冷却シート、買っておけば良かったな」

 それすらないのが、今は辛い。

 体温計ももちろんないので、正確な熱は測れないが、頭痛に悩まされる程度には高いはずだ。

 灯々希の看病をしても大丈夫だったからと、完全に油断していた。

 寒気に布団を顎まで引き上げるが、特に効果は感じられない。

 一人暮らしを始めてから、こんなに体調を崩したのは初めてだ。

 多少の怠さを感じたりすることはあっても、出社を断念するほどのことはなかったのに。

「……まいったな」

 一人暮らしで体調を崩すことが、こんなに辛いとは思わなかった。

 ちょっとした看病をしてくれる誰かがいるだけで、どれだけ助けになるかが、今ならよくわかる。

「……あぁ、だからあれは、正解だった」

 灯々希が風邪を引いたとき、お見舞いに行って良かったと改めて思う。

 あれは間違いじゃ、なかった。

 なのに、自分のときのために備えを怠っていたのだから、笑えない。

「…………知られないように、しないとな」

 風邪をひいて仕事を休んだなんて知られたら、なにを言われるか……。

「……とにかく、寝よう」

 正直、飲み物を取りに行くだけでも億劫なくらい、頭が痛い。

 眠れるかどうかはわからないが、目を閉じて少しでもよくなることを期待しよう。

 そうすれば、最低限の買い物に行けるのだから……。


「…………何時、だ」

 記憶が飛んだような感覚がある。

 スマホに表示された時間を見る限り、もう夕方のようだ。

 どうやら、眠ることはできたらしい。

 が、体調は期待したほどよくなってはいない。

 頭痛はマシになったような気はするが、身体の怠さは相変わらずだ。

「……当たり前、か」

 食事もとっていなければ、薬も飲んでいないのだから。

 気持ち悪いくらいに汗を掻いているのがわかる。

 着替えたいが、生憎とそんな気力は湧いてこない。

「って、言ってる場合じゃ、ないか……」

 このまま我慢して横になっているだけで治る保証はない。

 少しくらい無茶をしてでも、薬と飲み物は買ってくるべきだ。

 そう自分に言い聞かせ、どうにか立ち上がる。

「っと、あぶね……」

 立ち上がった瞬間によろめき、ベッドに尻餅をつく。

 今のは本当に危なかった。

 怪我をしてもおかしくはなかったと思う。

 ベッドに腰かけたまま、両手で頭を抱え、ため息をつく。

 それで体調がよくなるわけじゃないが、他に方法が思いつかない。

 内側から割くような痛みに、とにかく耐える。

 朝はしていなかった耳鳴りがひどい。

 この調子では、また眠れるかどうかもわからない。

「――――」

 だからその音も、耳鳴りの延長か、聞き間違いかと思った。

 が、もう一度チャイムが鳴る。

 そうだ、チャイムが、鳴っている。

 いや、気のせいか……?

「――――」

 あぁ、幻聴かなにかか……。

 そうだ、そうに決まっている。

 でなければ、おかしい。

 今の音は、玄関の鍵が開く音なのだから。

 俺がここにいるのに、鍵が開くわけがない。

 だからきっと幻聴で、この光景は、幻覚。

「起きていらしたのですね」

 やけにはっきりとした幻聴と幻覚に、いよいよ自分が心配になる。

 このまま倒れたら、ヤバいかもしれない。

「とりあえずベッドに戻ってください」

「……は? え?」

「すみません。部屋の合鍵を使用させていただきました。大丈夫です、許可は貰ってきましたから」

「おとは、ちゃん?」

「えぇ、私です。具合、どうですか?」

 わけが、わからない。

 幻覚であるはずの音羽ちゃんが、俺の肩に手を置いて、顔を覗き込んでくる。

「……なん、で?」

「話はあとです。とりあえずこれ、飲んでください」

 ペットボトルのキャップを開け、音羽ちゃんが俺の口にそれを添える。

 何一つ理解できないまま、数時間ぶりに水分を補給した。

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