6-6
「結局、共同作業になってしまいましたね」
などと笑いながら、アンジェは料理を皿に盛りつけていく。
変な意味に聞こえかねないので、本当に言葉のチョイスは考えて欲しい。
「こんなところだな」
夕食というには少し遅い時間になってしまったが、無事用意はできた。
材料を買い込み、冷蔵庫に入れるために一度自室へ戻った俺は、一息ついてからアンジェの部屋を訪れた。
作る物は決めていたので、アンジェはすでに料理を始めていた。
が、よく考えればアンジェは、一人で料理をしたことなどない。
「スマホでレシピを見れば大丈夫です!」
などと豪語していたが、結果は案の定だ。
見ていて危なっかしすぎるので、途中から俺も手伝うことにした。
アンジェはそれを共同作業だ、などと笑っていたわけだ。
そこはたぶん、恥じるポイントだと思う。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
これじゃあ今までとそう変わらない気もするが、今日は特別だと思っておこう。
「あぁ、この味。孝也さんの味って感じがしますね」
「普通って言っていいぞ」
特徴のある味付けなんてしていない。
この数週間で、それはよくわかっているはずだが。
「いえいえ、私にとっては特別ですから。孝也さんの料理が基準なんです」
「なら、いくらでも美味いものにありつけるぞ、良かったな」
「もう、どうしてそう捻くれたこと言うんですか」
「必要以上に持ち上げようとするからだ」
アンジェが上げた分、俺が下げる。ただそれだけのことだ。
「この際ですから、もっと自分アゲアゲな感じで生きてみませんか?」
「アホか」
前向きに生きるとは言ったが、そんなバカげた生き方をするつもりはない。
だいたいなんだよ、自分アゲアゲな感じって。
どこから仕入れた知識か知らないが、女神の威厳なんてあったものじゃない。
「んー、美味しい。もう毎日食べていたいです」
「明日からは一人で頑張れよ」
「はい、頑張ります。せっかく人間界で生活できるんですから、無駄にはしません。いつか、孝也さんに美味しいと言ってもらえる料理を作ってみせますね」
「……そんな難しくないと思うけどな」
俺基準で褒めて欲しいのなら、一週間とかからない気がする。
まぁ、やる気になるのはいいことなのだろう。
あとは、実力さえ伴えば。
「料理もいいけど、他にはなにかするのか?」
「なにか、とは?」
「普段の生活。俺が願い事を決めないと、帰れないんだろ? 何ヶ月かかかると仮定して、その間はどうするつもりだ?」
引っ越しの手伝いをしているときから、気になっていたのだ。
これだけの物を揃えるのなら、長期的に滞在するつもりで間違いない。
だとして、アンジェはその間、どんな風に生活するのか。
「私の役目は、孝也さんの願いを叶えることです。なので、あれこれサポートはするつもりですけど」
「うん、しなくてもいいんだけどな」
余計に引っ掻き回されそうなので、一応遠慮しておく。
まぁ、聞く耳は持ってくれないだろう。
「生活費とかは、全部天界持ちか?」
「はい。限度はありますが、生活面での心配はないです。なので遠慮なく、じっくりと考えてください」
つまり、俺のことを除けば、仕事らしい仕事もないらしい。
ついでに、生活するために働く必要もない。
ただひたすらに、俺が願いを決めるまで待つだけの生活、か。
「とんでもないニートだな」
「なんですか、それ?」
「いい身分ってことだ」
薄々そんな気はしていたが、とんでもないな、女神というやつは。
不思議と羨ましいという気持ちは湧いてこないが、引っかかるものがないわけでもない。
「あ、でもでも、料理の勉強はしますよ? さっきも言った通り、孝也さんに認めて欲しいので」
「好きにすればいいと思うけど……」
「なにか?」
「いや、仮に半年くらいその生活をするとしてだな」
「はい」
「今のまま俺の願い待ちしてると、堕落するぞ?」
「え、えぇ⁉」
意外にもアンジェは驚き、狼狽える。
「そそそ、それはもしかして、堕天するということですか?」
「堕天……あー、まぁ、どうだろうな」
また女神なのか天使なのかわからなくなる発言だ。
俺にとってはどちらも同じようなものなので、ここもスルーしておく。
「どどどど、どうしましょう⁉」
「いや、実際どうかは知らないけど、そういう生活に慣れると、天界に戻ってから大変じゃないかと思ってな」
「どうしてでしょう?」
「そりゃあ、楽な生き方に慣れたら、普通に生きるのが普通よりも面倒になるだろ」
「なりますか?」
「たぶん、な。まぁ、俺も似たようなもんだから」
アンジェに言いながら、その言葉はそっくりそのまま、自分に返ってくる。
他人を遠ざける生き方は、ある意味楽だったと思う。
これからは普通に生きようと思うが、それはきっと、他の人よりも大変なことなのだろう。
みんなが当たり前のようにしていることを、当たり前のようにできるかどうか。
自分の中に不安があるだけでも、足は重くなる。
それでも向き合って進もうと思うのなら、普通の人より大変なのは、当たり前だ。
「わ、私はどうすれば……」
「そうだな……一人暮らしに慣れてきたら、アルバイトくらいはしてもいいんじゃないか?」
「アルバイト、ですか」
「必要はないんだろうけど、どうせ俺は平日の昼、仕事だし。その時間を使うって感じでなら、悪くないと思うぞ」
「……なるほど。アルバイトですか。はい、検討してみます」
堕落という言葉によほど危機感を覚えているのか、アンジェは真剣に頷く。
「まぁ、気楽にな」
「はい」
気楽とは程遠い、硬い返事だ。
変な空回りさえしなければいいのだが。
俺が新しい生き方を始めるように、アンジェにも新生活が待っている。
それがどうなるかは今のところ、神すら知らないのだろう。
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